なぜ米国には国としての気候政策がないのか?

「これから数世代にわたり、私たちは間違いなく、今、この時を振り返って、子どもたちに伝えることができる。あれから私たちは病気の人には治療を、失業者には良い仕事を与え始めることができたのだと。海面の上昇はおさまり、私たちの地球は傷を癒し始めたのだと」

さて、これは誰の言葉だろうか?

信じていただけるかどうかわからないが、バラク・オバマ大統領である。2008年、大統領選挙に向けてのキャンペーン中の発言だ。しかし、それから4年がたった現在、米国にはいまだに国としての気候政策がなく、オバマ大統領が言った「この時」は来ていない。

2010年の中間選挙で保守派のティーパーティーが優勢になったために、この政策は実現しなかったのだと考えれば話は早いだろう。また、Our World 2.0のこの記事における白熱した議論が明らかにしたように、気候懐疑論者と政府懐疑論者が手を結んだことも確実に絡んでいるはずである。

こうした米国の右派の復活とさらに結びつくのは、コメンテーターがよく引用する独自のルール、すなわち「上院の法案通過には100票の内、60票の圧倒的多数が必要という制度」だ。ちなみにこれは、議論をいつまでも長引かせて採決を妨害する、おぞましい「フィリバスター(議事妨害)」を避けるためのものである。

オバマ政権が医療保険改革に重点を置いたことも、米国がいつまでも気候変動法を通せない理由かもしれない。さかのぼって2009年、下院は民主党が多数派で決定的な力を持っていたにもかかわらず、「米国クリーンエネルギー安全保障法案」(ワックスマン・マーキー下院法案第2454号)を成立させられなかった。

しかし、日本を拠点とする地球環境戦略研究機関(IGES)の研究者によると、話はもう少し込み入っている。2012年5月に発表された報告書「 Why the US Lacks a Federal Climate Policy(なぜ米国には国としての気候政策がないのか)」で、著者のエリック・ザスマン氏らは、このように重大な政策がなかなかまとまらない理由については、ティーパーティーの台頭以前からあった「集団行動の問題」と「ブルードッグ民主党員」を名乗る党員の存在を持ち出す方がわかりやすいと言う。

この報告書でIGESは、しばしば見過ごされがちなこれらの背景を理解することがなぜ重要なのかを統計的に説明しようとしている。著者らが指摘するように、何と言っても現在の状況は米国だけでなく、地球の未来に関わっているのだ。そして、米国は世界最大の経済大国で、歴史的に世界全体の30%にもあたる炭素を排出してきた

集団無行動の問題と民主党スタイル

読者の皆さんは 「フリーライダー」の基本的な問題についてはよくご存知だろう。 気候変動に関して言えば、フリーライダーとは米国のように、歴史的な意味も含めて、「安定した気候の恩恵」を率先して享受してきたにも関わらず、二酸化炭素の排出量を削減して世界全体の役に立つことには腰が重い国々のことを指す。IGESの研究者は、このような状況が米国の他、オーストラリアのような国々でも見られることを明らかにしている。もっとも現実には、供給不足が問題になっている公共財から実際に利益を得ている人々はごく一部で(化石燃料業界の株を持っている人や働いている人など)、それも間違いなく短期から中期的なものに限られている。

さまざまな組織や個人が、気候変動に対して行動を起こすように働きかけている。その中には環境保護団体だけでなく、低炭素を推進する業界や米軍まで含まれる。そういった多方面からの力が、特別な利益を得ている少数派に抑えられているのはなぜだろうか?

ここで登場するのが、いわゆる「ブルードッグ民主党員」である。政界の半分を占めるリベラル派の中でも、より保守的なこれらの議員は、地理的には石炭生産などの重工業が中心の州の出身者である。IGESの報告書の著者らの指摘によれば、民主党の集団行動の問題(2009年には上院の過半数と共に効果を発揮した)に対する解決策は、気候対策法が成立することで地元の石炭火力発電所が影響を受ける民主党員によって阻まれている。

一方、共和党議員については、著者らは「自由市場に介入することをもともと嫌悪することと、そのような市場介入にあたる気候法案に反対することは本来的に矛盾しない」と述べている。ここで決定的な点は「民主党員が一致団結して気候変動法を支持するより、共和党員が一致団結して気候変動に反対する方が容易」ということだ。

実際、ザスマン氏らは統計モデルを用いて仮説を検証した。そのモデルは、気候変動法案に対して下院議員が投じる票とその議員が選出された地域の1人あたりの二酸化炭素排出量の関係を示している。予想通り、共和党員は気候法案に賛成票を「おそらく投じない」ことがわかった。それは、排出量が少なく、賛成することによるリスクが少ないと思われる地域の出身であっても同じだった。

分析モデルは、気候変動法案に対して下院議員が投じる票とその議員が選出された地域の1人あたりの二酸化炭素排出量の関係を示している。

民主党員については、まったく異なる結果が得られた。1人あたりの排出量が10トン程度の選挙区の出身であれば、75%の民主党員が気候法案に賛成票を投じるが、1人あたり17トンに増えると、賛成票を投じる議員は50%に減少した。言い換えれば、地元の排出量が高い場合、民主党員は排出量削減を提案する政策に賛成しないらしいということだ。

民主党内では、このように重要な政策プラットフォームについても一枚岩ではないのだが、さらに悪いことに、この法案ではまだ物足りないと考えるリベラル派の下院議員からの反対もある。

今後の気候対策法

政治においては、しばしば「不和は命取り」と言われる。民主党内は今日までこのように党内の見解が分かれていたので、気候変動に立ち向かうために意味のある法案を通すことができなかった。

では、このような政治の現状は今後にどのような意味を持つのだろうか。次期アメリカ大統領候補のロムニー氏はまさに彼のスタイルを貫いていて、この問題については態度を微妙に変えながら、最も保守傾向の強い党員の票の獲得を目論んでいる。共和党の中でも、彼が本当に保守的なのかについては疑問に思っている人が多いため、ロムニー氏は大統領の座についたとしても、途端に身を翻して気候法案推進の立場をとることはないだろう。

一方、共和党議員の姿勢が劇的かつ進歩的に変わったところで、それさえも阻んでオバマ大統領が2期目を務めたとしても、まず実現しなければならないのは、民主党が上院で必要とする魔法の数、60議席以上を取り戻すことだ。

その上でさらに、IGESの研究者たちが指摘しているように、民主党議員はまず、気候変動対策のメリットについて党内のより一層の説得に努めなければならない。問題は、石炭火力発電が富と雇用を生み出している地域でどのように説明するかということだ。この点については、IGES報告書の著者やその他のオピニオンメーカーにさらに深く探ってもらいたい。

それまでは、私たちは事実を受け入れなければならない。米国の気候変動対策によって海面の上昇がおさまり始め、私たちの地球が傷を癒し始める瞬間は、まだこれから訪れる誰かの時代に向けて抱く想像でしかないのだということを。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。