なぜ偏見が世界の安全保障上の脅威なのか

この10年間で、移住問題を新たな安全保障上の問題の1つとみなすことがかなり一般的になってきた。昨年開催された第68回国連総会では、さまざまな指導者たちが、移住と安全保障というテーマがいかに密接に結びついているかを強調した。こうした移住の「安全保障問題化」は、ハイレベル会合に出席する専門家や実務家たちにとってだけでなく、一般市民の日常生活においても顕著になっており、その実例が、偏見によりもたらされた人類の悲劇という形で現れる場合もある。

その代表的な例が、最近イタリアで起こった痛ましい事件である。2014年11月14日、ローマの労働者階級が暮らす住宅地の難民センターで、地元住民が暴力行為に及び、機動隊が介入しなければならないほどの事態となった。

暴徒の一部は、「イル・ドゥーチェ(統帥)」(ファシストの独裁者ベニート・ムッソリーニの称号)という言葉を繰り返し唱え、人種差別主義のスローガンを公然と掲げていた。イタリアのある報道機関によると、1人の女性に対する暴行事件(近隣に住む数人のルーマニア移民によるものとされる)が、極右グループによって難民センター攻撃の大義名分にされたようである。この難民センターは、主にシリアの紛争地域から逃れてきた未成年者を受け入れていた。

これらの難民たちは、戦争の中で命を落とすシリアの若者たちの衝撃的な映像を世界の人々が目にするようになってからイタリアに受け入れられたティーンエイジャーである。その同じ子どもたちが、他の一部の移民が罪を犯したらしいという理由によって、脅迫の対象となったのである。しかし、はたしてこれが本当の理由なのだろうか?

民衆の不満に火をつける

政治社会学者の目から見ると、きっかけはそれほど単純ではない。一部の急進的な極右グループが、この機に乗じて、8年間に及ぶ経済的苦難がもたらした民衆の不満に油を注ごうとしているように思われる。この8年間で、失業と闇ビジネスは増加し、家賃や一般的な生活費も上昇した。他方、所得と給料は減り続け 、労働者の権利と公共医療サービスは縮小した。

1980年代(イタリアがいわゆる「イタリア経済の奇跡」の絶頂にあった10年間)の富裕な労働者たちが、今では、そのわずかな年金の中からなんとか月々の支払いをやりくりしながら、失業中の子どもや、時には失業または退職した兄弟姉妹をも養わなければならないのである。

失業率はかつてないほどに高く、長期失業者がとくに多い。実際のところ、南欧諸国の場合と同様、ほとんどの失業者が困った時に頼る相手は家族や親せきしかいない。そのことは統計にも表れている。イタリアでは91%の人が、経済的に困った時に頼ることのできる人がいると考えている。結束の強さは一見好ましい傾向のように思われがちだが、それは実のところ、危機に対処するために個人や家族の強力なネットワークを構築するしかないという個人的戦略の結果なのである。

これらの失業者は、移民が「違法に」自分たちの国にやってきて、自分たちが就けたはずの仕事を闇市場を通じて横取りしていると主張する、偏った、時に扇動的ですらあるテレビ報道を来る日も来る日も見ているのである。

イタリアの中でも極右グループの数がつねに最も多い都市の1つであるローマでは、古くから移民の犯罪者扱いがたびたび行われてきた。しかし移民排斥政策は極右グループに限ったことではない。ポピュリスト政党の北部同盟は、最近の報道からもわかる通り、この面でとくに積極的である。

人々の不満が、欧州のあらゆる場所で過激主義や移民排斥主義の政党に勢いを与えている。 このような状況は決して目新しいものではなく、すでに10年以上も続いている。しかし今のところ、移民排斥主義政府の台頭によって、一般市民にとっても移民にとっても、状況が改善されたようにはみえない。懸念されるのは、第二次世界大戦前に起こったこととしてカール・ポランニー氏が指摘していたように、市民がさらに過激な解決策を求め始めるのではないかということである。

事実、「現在の欧州とポランニー氏の描写の間には著しい類似性がある」と、すでに10年以上も前にある著者が指摘している。ピューリッツァー賞受賞者であるクリス・ヘッジズ氏も指摘するように、「私たちは人類にとって最も危険な瞬間を迎えようとしている」のかもしれない。

処方箋としての対話

したがって問題は、「移住の安全を保障する」ことというよりは、「誰のためにそうするのか」ということである。移民と一般市民の双方がより安心して暮らせる未来にしなければならない。2015年9月に「暴力の世界」というテーマで開催される9th Pan European Conference on International Relations(第9回国際関係に関する汎欧州会議)では、移住と安全保障の問題に1つのセクションが割かれることになっており、移住と安全保障の問題に関するあらゆる議論の中心に人間の安全保障を据えるべきだということが強調されるとともに、偏見が最も恐ろしい世界の安全保障上の脅威の1つだということが認識されている。

国連大学移住ネットワークの構成機関の1つである 国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所が実施した過去の研究からも明らかな通り、人種差別主義と偏見は、平和と国際安全保障への貢献を目指す包括的戦略における重要課題である。そのことをあらためて思い知らせてくれるのが、平和と安全保障のための異文化間対話に関する安全保障理事会での潘基文(パン・ギムン)国連事務総長の発言である。

「偏見と憎しみがはびこる時、扇動やアイデンティティに基づくアピールによって過激主義者が新兵を募る時、政治家が選挙に勝つための戦略として不和を利用する時、対話が処方箋となります。対話は、紛争を予防し、管理し、解決するための力です」

危険性を過小評価しないことはもちろん重要だが、ポランニー氏が描写した第二次世界大戦前の時代とは大きな違いがあるという点を考慮することも同様に重要である。とくに、私たちが暮らすグローバルな世界では、1つの社会の中で起こっている問題が国際関係や国際安全保障に影響を及ぼし得るという見解がある。潘事務総長がいみじくも述べたように、「極端な例では、冷酷な指導者が偏見を煽り、大虐殺や戦争犯罪、人道に対する罪を引き起こす」のである。

したがって、「暴力の世界」の移住と安全保障に関するセクションは、すべての人にとっての状況を改善することを目的として、移住関連の事象が国家の国際安全保障と人々の人間安全保障の双方にどのような影響を及ぼすのかについて、徹底的な分析を行う機会となるだろう。

翻訳:日本コンベンションサービス

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なぜ偏見が世界の安全保障上の脅威なのか by ヴァレリア・ベロ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

ヴァレリア・ベッロは、バルセロナにある国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)のリサーチ・フェローであり、最近発足した国連大学移住ネットワークのコーディネーターである。彼女は政治社会学者として、偏見、民族間紛争、および人間の安全保障と国際安全保障における非国家主体の役割といった問題にとくに関心を持っている。