この数カ月間、国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)では、格差に関する分野で主要な研究活動が行われた。6月には、世界所得格差データベース(WIID)の最新版が発表された。WIIDは現在入手可能な所得格差に関するデータベースとしては最も包括的なものである。過去1年ほどにわたり、全データの大がかりで綿密な検証が行われた。また、9月初めに開催されるWIDER Development Conference(WIDER開発会議)では格差の問題が取り上げられる。同会議で議論される主要テーマの1つがデータである。多国間で格差を比較するために、どのようなデータセットが入手可能なのか?そうしたデータセットを利用する際に注意すべき点とは何か?さらに、所得格差の程度や変化について、データから何が明らかになるのか?
WIIDは、調査が実行可能なすべての国で所得と支出に関するデータを収集し、保有している。WIIDの背景にある基本理念は、ジニ係数あるいは所得のパーセンタイル値として表現された金銭的格差のあらゆる推定値をWIID利用者に提供することである。しかし、こうした指標だけを注目したとしても、格差は無数の方法で計測することが可能だ。例えば、所得再分配の前なのか後なのか、所得と消費のどちらについて言及しているのか、全人口を使った推計値なのか、あるいは都市人口に限定するなど特定の部分集合での推計値なのか、いずれも考えられる。これらの選択が格差の推計値に大きな差異を生じる。そのため、WIIDはこうした問題のすべてに関する情報を提供している。そしてWIID利用者は、格差に関する国際比較を行う際は相当の配慮を持って、やみくもな比較を行わないように心がけることができる。
データの質は国によって大きく異なる。データの対象範囲や調査方法に関する情報が極めて限られている国もあれば、質の高い標準化されたデータセット(例えばルクセンブルク所得研究データベース)に基づいて記録している国もある。WIIDは、格差に関する記録の質を3つの基準に基づいて評価している。利用者は、データの質が最も高い記録結果に限定した分析を行うことも、対象となった国の範囲を拡大するために、より質の低い記録結果も分析に加えることもできる。その選択は利用者次第である。つまり、このデータベースでは、利用者がそうした選択を意識的にすることが可能で、結果を報告する際には、ここで使用した格差という言葉の正確な定義を示すことができる(また、そうすることが推奨されている!)。
2014年6月のWIID(第3.0A版)の更新内容には、過去のデータ(WIID第2版)の検証と訂正のほか、各国の公式サイトから得られた全国調査統計、ラテンアメリカ・カリブ社会経済データベース、トランスモネ(TransMonEE)、ルクセンブルク所得研究データベース、OECDおよびユーロスタットによる新たな推定値も含まれている。今回のデータは2000を超える新しい記録と新しい国を網羅している。最新版では対象期間が7年拡大され、最も新しい記録は2012年だ。情報源の国に関する詳細な記録とともに、第3.0A版はエクセルとSTATAのフォーマットでUNU-WIDERのウェブサイトから無料でダウンロードできる。
今回の更新で、私たちは極めて有益な訂正の多くを組み入れた。それらはスティーブン・ジェンキンス氏(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)がデータのレビュー(『Journal of Economic Inequality(経済格差)』誌に発表予定)の中で私たちに示唆してくださったものである。残りの訂正は、今年後半に発表される次の改訂版に反映される予定だ。
A版のデータに基づいた下記のグラフは、人口が最も多い開発途上諸国(現在の人口が4000万人を超える国々)で格差問題に対して何が起こったのかを示している。
国によって格差のレベルが大きく異なることがデータから明らかになった。多くの開発途上国の格差レベルは、従来、高いと考えられてきた富裕国での格差レベルよりもはるかに高い(例えばアメリカのジニ係数は48%だ)。
所得格差は、今回サンプルとなったラテンアメリカ諸国では縮小していたが、インドおよび、とくに中国を含む多くのアジア諸国では急速に拡大していた。
アフリカにおける変化は比較的小さかった。
興味深いのは、国内での格差拡大が増加していること(多くの中国人およびインド人の所得レベルは大きく増加した)は間接的に、世界的な格差が縮小したことを意味する点である(参考:Niño-Zarazúa(ニーニョ=ザラズア)他、2014年)。
なぜUNU-WIDERは格差問題にこれほど関心を持つのか? フランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏の『Capital in the Twenty-First Century(21世紀の資本論)』(2014年)が発表された今では、恐らく説明の必要はさほどないだろう。しかしUNU-WIDERは30年近く前の創設時から格差に関する研究を行ってきた。私たちの関心が今でも変わっていない理由は多い。第一に、国内の平均所得は、全国民の生活レベルについて必ずしも多くを語るわけではないからだ。所得格差が極端な場合、極めて貧しい世帯の割合が大きいのに比較的高い平均所得が示されることさえある。同様に、経済成長がどの程度、貧困を削減するかは所得配分に左右される。他の条件が平等だとすれば、所得格差が小さいほど、より貧困削減に親和的な経済成長が実現する。
第二に、人々は所得格差そのものに気を取られがちである。多くの人は、より平等な所得配分を持つ社会の方が生きやすい場所だと考える。ただし平均所得レベルにおいては犠牲が伴う可能性がある。これは、いわゆる公平性と効率性のトレードオフ(一方を優先することで、他方を犠牲にする)というアイデアで、多くの経済分析の主流をなすものだ。そのようなトレードオフが存在している中で公平性と効率性のバランスを取るには、倫理的価値の判断が必要である。格差とその影響に関する情報は、こうした状況に直面する政策決定者にとって極めて重要である。
第三に、極めて不平等な所得配分も成長を妨げる可能性がある。この状況は多様な原因から生じるが、最も重要なメカニズムの1つが、貧しい環境に置かれた技能を持つ個人が適切な教育や雇用へのアクセスを持たない場合、不平等な社会は人材の一部を失う傾向があるという点だ。このような状況はとくに開発途上諸国で広く見られる。公平性を高める政策と成長を促進する政策の間には必ずしも相殺関係がないことは、魅力的な可能性の1つである。
これらの政策、格差の影響、格差を緩和しようとする政策の影響について、9月に開催される会議で詳細に議論される予定だ。読者の方々は同会議のウェブサイトを通じて会議の資料やプレゼンテーションをご覧いただける。また私たちは来月のニュースレターで会議について報告する予定だ。
翻訳:髙﨑文子
本稿は、WIDERAngle newsletterで最初に公表されたものです。(2014年8月 ISSN 1238-9544)
UNU-WIDERの世界所得格差に関する研究 by ユッカ・ピルティラと トニー アディソン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International License.
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