赤十字・赤新月気候センターの元「若き研究者」であるバダル氏はロンドンのキングズ・カレッジで災害・適応・開発に関する修士号を取得し、最近卒業した。彼の関心は気候変動とエネルギーの安全性についてであり、これまでに「ガーディアン」、「オブザーバー」、「エコロジスト」に寄稿している。
イエメンは人口2500万人、アラビア半島の南部に位置する国である。豊かな詩やユネスコ世界遺産でも知られているが、最近は3つの地域での激しい暴動によって世界の注目を集めている。
イエメンには以前から北部で戦うホーシー派、 南部で軍隊と衝突する分離独立派があり、さらにテロ組織アル・カイーダ関連の過激派が国の一部を支配している。暴動の激化によって、アブドラ・サーレハ元大統領を平和的な抗議活動によって退陣に追い込んだという事実にも陰りがさしている。サーレハ元大統領は「アラブの春」の動きの中で失脚した4人目の独裁者である。また、2011年にはイエメンの人権活動家タワックル・カルマン氏がノーベル平和賞を共同受賞した。この賞をアラブ人女性が受賞するのは初めてのことだ。
それでも政局に気を取られ、この国が直面する重大な人道的危機を見落としてはならない。世界食糧計画のComprehensive Food Security Survey 2012(2012年食の確保に関する総合調査)によると、1000万人のイエメン人が食を確保できず、子供たちのおよそ半数は慢性的栄養失調に陥っており、10人に1人が5歳になる前に命を落としている。
この問題の根本は基本的には自然ではなく人工的なものだ。2009年、イエメンは食料の90%を輸入していたが、現在は 暴動、強制退去、貧困、失業の悪化に伴い、世界の高額な食料市場に手が届かない。セーブ・ザ・チルドレン・イエメンの事務局長、ジェリー・ファレル氏によると、「政治的不安、紛争、価格高騰によって、全国の家族が飢餓に苦しみつつある」。そして後で述べるが、伝統的な麻薬植物の栽培を食料より優先していることが切迫した状況を作る主な要因となっている。
今のところ、国連はイエメンへの人道支援として要請した4億5900万米ドルの半分以下しか得られていない。この状況に直面し、イエメンの国連常駐調整官イスマイール・ウイルド・シェイク・アハマッド氏は特にイエメンの裕福な近隣諸国に向け、熱のこもった支援要請を行わざるを得なかった。
この要請を受け、サウジアラビアからの32.5億米ドルを含め、数カ国が支援を約束した。また国際的な援助資金供与者による合同派遣団は最近 イエメンを訪れている。そこには国連、イスラム諸国会議機構、湾岸協力会議(GCC)、アラブ連盟、アメリカ合衆国国際開発庁と欧州連合が含まれる。このような努力は評価されるべきものだ。他の地域同様、イエメンには協力と効率性が必要不可欠である。
とはいえ人道支援は当座の必要をとりあえず満たしてくれるに過ぎない。根本の原因に対策を施すには長期の戦略が必要である。確かにイエメンは政治的危機に対応すべきであり、特に対話が必要ではあるが、いくつかの強力な潮流がイエメンに対する逆流となっている。それを理解することは極めて重要だ。
石油資源が豊かな近隣諸国と異なりイエメンの石油産出量は少ないが、それでも経済上重要な役割を果たしている。実際のところ、2010年75%の国家の歳入と90%の輸出は石油生産によるものだった。 しかしイエメンが2004年に生産のピークに達して以来、状況は急速に悪化している。世界銀行の予測によると、イエメンは2017年までには石油生産による歳入は見込めなくなり、最近の暴動はこの傾向に拍車をかけているだけだという。
イエメンでは、エネルギー不足と水不足は切り離せない問題だ。2010年、コンサルティング会社マッキンゼーは、サヌア(イエメンの首都)では2025年までに水が枯渇するかもしれないと報告している。 さらに水不足が深刻化し、今後10年の間にイエメンの収入は25%減少するとも述べる。だが、この予測は、ある情報通の国連職員に言わせると楽観的すぎる数値だ。彼はある会議で10年後ではなく2014年にはそうなるかもしれないと述べている。長い目で見れば明日も同然だ。
要するに、イエメンの経済的基盤はこれまでにない試練に直面するだろう。
ここでイエメンでのカートの栽培についても述べなければ全体像は見えづらい。麻薬植物カートは食欲減退剤でもあり、食料危機の際には特に魅力的だ。2008年、イエメンの農業大臣は少なくとも地下水の30%が栄養価のないカートの栽培に使われていると報告している。ガーディアンの記者はこの窮地を巧みに表現している。「イエメンは麻薬植物のカートを渇望するあまり、自らをかみ殺しつつある」。
カートの文化的・社会的重要性を認めることも大切だが、この飢餓の時代には当然食料生産を優先すべきだ。第二次世界大戦中のイギリス、その他諸国がそうしたように。
ここに人口の劇的な増加も加わって状況を加速させる。1975年以来イエメンの人口は倍増したが、今後20年以内にさらに倍になると予想されている。現在の失業率を考えると、特に懸念されるのは、今後25年間で倍増する10歳から20歳の子供のうち何割かが過激派に入信してしまうかもしれないことだ。
気候変動が世界の食料市場にも影響を与え、イエメンを襲う洪水と干ばつの頻度と強度を増すことについても触れねばなるまい。
この背景を考えると、イエメンは次のソマリアとなり得るのではないかと考えても不思議ではない。実際イエメンは破綻国家の特徴のほとんどを満たしている。 犯罪的・政治的暴動の増加、宗教的対立の深刻化、ぜい弱な体制、腐敗の増大、インフレ、GDPの減少、医療システムの崩壊、乳児の死亡率増加、食料不足は既にこの国でも起こっている。
今日、イエメンで最も懸念されるのが「破綻国家の中でも珍しい極端な崩壊」、つまり完全崩壊が起こるのではないかという点だ。ロバート・I・ロトバーグ教授は10年前にフォーリン・アフェアーズの記事でイエメンは「地理的な境界線のみを残して形骸化し、その内側は権力を発揮する効果的な方法を持たない国となってしまうだろう」と述べていた。イエメンはやがては過激な準国家主体に支配されるだろう。既にそうなっているという者もいる。
イエメンの国民にとっての状況は既に切迫している。そして地域的、世界的安定への影響も重大であることを忘れてはならない。タイムリーに包括的な対策を施す必要がある。
第一に、イエメン人は無力な被害者というわけではないことを理解せねばならない。彼らには才能があり、国としての能力、特に市民社会の能力は高く、それは決して他の団体に取って代わられるのではなく、強化すべきものである。イエメンのNGOやイエメン赤新月社には強力なボランティアネットワークがあり、更なる援助と技術的専門知識を必要としている。イスラム慈善事業も重要な役割を担う。
第二にGCCのような湾岸地域の組織も主に国連のような国際コミュニティの援助を得て、積極的で一貫した戦略を練る必要がある。即座に必要な援助だけではなく、長期的対策だ。例えば、非常に効率の悪いかんがい用水路、災害リスク、特に女性のリスク軽減のためのコミュニティベースプロジェクト設立、全国規模の再生可能エネルギー増大などが考えられる。当然、このような努力と同時に安全面強化も必要である。
現在のところは緊急救済策を優先すべきなのは当然だが、近いうちに早期回復と開発プログラムが導入されるべきだろう。例えばドイツの赤十字社は2009年に興味深い災害リスク軽減プロジェクトを行っている。だが現実的に課題に対処するには「マーシャル・プラン(復興援助計画)」のイエメン版が必要だろう。裕福な近隣諸国にその金銭的余裕はある。では意志はあるだろうか。
最後に最も大切なことだが、イエメンに協力するいかなる努力も根底の潮流に対応したものでなければ無駄である。1991年モハメド・シアド・バーレ大統領が失脚した後のソマリアのように、イエメンは現在重要な岐路に立っている。今後何が起こるかは、現時点では不明だ。
翻訳:石原明子
岐路に立つイエメン by ライオネル バダル is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
Based on a work at http://ourworld.unu.edu/en/yemen-at-a-crossroads/.