震災で高まる食料不安

次の食事がどこからやって来るのか、しっかり考えなければならなかった時代を思い出せる日本人は少ないだろう。そうした体験を振り返ることができるのは、第二次大戦中や大戦直後の食料不足や配給制の記憶をもつ高齢者のみのはずだ。

しかし、3月11日に起きた地震、津波、原発事故の三重災害以来、食料の確保(地元の店における食品不足など)と食の安全(農産物の放射能汚染)への懸念は、直接の被災地内に留まらず、広く日本国民の間で高まっている。

当初は停電や水に関する本当の意味での不安から、東日本では多くの人がペットボトル入りの飲料水や米、牛乳といった必需品に殺到し始めた。こうした品物の不足は供給量の低下よりもむしろ需要の急増によるものだったが、一方で、納豆やヨーグルト、味噌といったより嗜好性の高い発酵食品は、東北にある主要メーカーの製造施設が被災したために供給不足になった。

少なくとも理論上、食料生産の一極集中は、スケールメリットを生かして価格を下げられるため、誰にとっても有益だ。だが同時に、どのような商品も、集中させれば供給が不安定になるリスクが増す。日本でとても栄養価の高い食品として人気のある納豆に関していえば、国内最大手のタカノフーズ株式会社は、必要な容器の調達ができないために、生産ラインの稼働率が80%に留まっている。

農業の産業化と都市化によって日本の家庭は納豆などの食べ物を自作する技術を失ったが、興味深いことに、納豆や味噌よりは簡単かつ短時間でできるヨーグルトに関しては、スーパーの棚に戻り始めた牛乳を使って手作りするようになった人もいるようだ。

おそらく多くの人にとってより重要なビールの生産に関しては、地震や津波で被害を受けたビール工場が生産正常化に向けて苦闘を続けている。サッポロやアサヒのようにグローバルに事業を営む大企業ならば短期的な経済的損失をおそらく吸収できるだろうが、被災地のより小規模な日本酒やビールの生産者は、生産設備が全壊したか、計画停電の影響もあって操業の正常化に向けて苦しい努力を続けているかのどちらかだ。

花見の自粛まで叫ばれ、実際に自粛ムードもみられた昨今、人々の心配事はアルコール類が手に入るかということよりも、消費低下による経済のスローダウンだ。そんな不安から、例年通りに花見をするようYouTubeの動画で人々に呼びかける岩手県の酒蔵もあった。

食品汚染への恐れ

被災地の人々が日本や海外から贈られる救援物資の食品や食品配給に頼る状況が続く一方、福島原発の南270キロにあり、3600万人が暮らす首都圏では、より長期的な食料不安が広がっている。当然ながら、首都圏の人々は福島県や近隣の県産の果物や野菜、魚介類の放射能汚染を心配しているのだ。

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その結果、半径30キロメートル以内の避難区域内やその周辺、また隣の栃木県で生態系を守りながら暮らしてきたコミュニティのように、かなり離れた地域の農業コミュニティまでもが経済的・社会的にダメージを受けることになる。3月に政府が福島県産の農産物を出荷禁止にしたことで、安全な土壌と作物づくりに歳月を費やしてきた有機農法の生産者が自らの命を断つ事態さえ起きている。

では、放射能汚染は地理的にどこまで拡大すると人々は懸念しているのだろうか? 周辺の県がいったん汚染と関連づけられれば、実際には汚染が狭い範囲や少数の作物に限られていたとしても、東京の消費者はその県からの生鮮食品をすべて敬遠しかねない。日本政府が福島県の南に位置する茨城県産のホウレンソウを出荷禁止にした際には、茨城県産の生鮮食品全般が健康に有害かもしれないという印象が拡がった。

こうしたことへの対応策として、各地のグループは素早くオンラインでのキャンペーンやファーマーズ・マーケットを立ち上げた。「買い控えを吹き飛ばし」、生産者が風評被害で収入を失うのを避けるためだ。

政府も人々の健康不安に対応するため、どの生産物なら食べても安全かを積極的に検査して確認している。だが問題は、政府の原発危機への対処の仕方をめぐって国民は政府に対する信頼を失っており、食の安全に関する政府の勧告も、受け入れられない可能性があることだ。こうした状況で誰のどんな情報を信用してよいのかは、東日本の誰もが日々直面している問題なのだ。

国際社会での評判も危機に

日本の食材や料理は世界に類のない品質と洗練さを持つとして、高い評価を得てきた。2011年版のミュシュランガイドでは、14軒のレストランが3つ星を獲得した東京は、4年連続で世界の一流レストランシティの座を維持してきた。東京が世界のグルメ首都になると同時に、寿司や和牛を中心に日本料理の人気も上昇し、日本は高品質の農産物や海産物の生産国としても高い評価を得てきた。

だが、津波は数十年かけて築き上げられたものがわずか数分にして崩れ去ることもある、ということを見せつけた。特に海産物に関しては、国内で茨城県などが風評被害を被っているのと同じことが、国際的には日本産の食品全体で起きている。日本に来る外国人観光客(もちろんその数は激減した)も海外の輸入業者も、それがたとえ被災地から離れた地域で水揚げされたものだったとしても、特に日本産の海産物を避けている。こうしたボイコットは、すでに2300隻の漁船と125の港を失った日本の漁業全体にさらなるダメージを与えている。

観光客、シェフ、飲食店などの間で放射能汚染への疑いが拡大する中、貿易相手国が日本産食品の輸入を禁じはじめるのも時間の問題だ。米国や韓国、台湾は日本の放射能汚染地域からの様々な食品輸入を禁止している。

同時に、日本からの輸入食品全般に対する国民の恐れや日本の当局が発表する情報の信頼性に対する疑いに応えるため、輸入国の政府は独自の検査を始めている。4月4日に台湾の原子力委員会が実施した検査では、日本からの輸入食品721品目すべてのサンプルが放射能検査に合格した。

全体的に、メディアのセンセーショナルな報道や政府、科学者、活動家からもたらされる矛盾する情報のせいで混乱が広がっている。4月5日には、インドが日本からの食品輸入を3ヶ月間にわたり禁止することを決定した、という報道があった。被災地のみならず日本全域からの輸入をすべて禁止するのは過剰反応にも思えるが、実際にそうだったのかもしれない。4月8日には、インド政府が閣僚会議で、そうした禁止措置はとられないと発表している。

長期的展望

津波で1万もの農場が破壊されたことを受け、農業生産の損失を補うために、日本の食品マーケットは米国やタイ、中国、そして国内の影響を受けなかった地域からの生産品を素早く確保した

しかし、40%という比較的低い日本の食料自給率への長期的な影響について語るのは時期尚早だ。先月の震災がなかったとしても、過疎化の進行、食習慣の変化、そして現政権の農業貿易開放政策が、フードアクションニッポン・キャンペーンのもとで2020年までに食料自給率を50%に高めようとする努力に水を差している。抜本的な政策変更がない限り、日本の食料安全保障の状況がどう改善できるのかは不明だ。

輸入食品への依存が必然的に加速するのを食い止める意志が政治家にないのか、それとも無力なのかにかかわらず、投資のチャンスを探す日本の国際企業は海外の食品・飲料水市場に徐々に進出している。急速に高齢化が進む日本においては、飲料や菓子などはすでに市場にあふれている状態だからだ。

友好的な貿易相手国から食品を輸入しつづけられる日本にとって、なぜ食料安全保障が重要なのかという疑問が出るのは当然だ。世界の貿易システムに組み込まれた日本で、もしも他の国の方がより効率良く生産できるなら、なぜ高いコストをかけて食料を生産する必要があるのか?

ここでおそらく、あまり考慮されていない点は、この数ヶ月間と同様に石油価格が上昇しつづけたらどうなるか、ということだ。食料生産コストが化石燃料に大きな影響を受けることを考えれば、すでに弱体化した経済において、食品価格の上昇に耐えられる住民はどれだけいるのか。ブレンダン・バレットは、日本の震災はピークオイルの予行演習のようなものだとして、未来への貴重な教訓を私たちに与えてくれる、と主張している

先月、東京やその周辺地域の状況が危うくなるや、多くの家族が東京から、都市化のそれほど進んでいない地方にある故郷に戻った。人々はそこで、一時的に現地の食料流通システムに安堵した。選べる食品の種類は少ないかもしれないが、同時に複雑な供給ルートや遠距離の貿易・生産システムに依存する度合いも低い。次回の「トランジション・ジャパン」では、Our World 2.0でも以前取り上げたように、こうした地域に根差したソリューションが日本の未来にどう役立つのかを検討する。

今のところ、日本国民は先月の自然災害と人的被害で最も影響を受けた地域からの商品を購入するよう奨励されている。放射能への懸念がまだ人々を捉えて離さない中、影響の大きい地域に住む数千人の農業・漁業従事者にとっては不幸な話ではあるが、あえてリスクを冒そうという人は多くはないだろう。

福島原発の問題が今後10年続くと言われている中、世界中で日本の食品に対する評価に、あるいは少なくとも周辺地域の農産物ブランドへの評価に疑問符がつく期間が長引くことは疑う余地がない。結局のところ、「チェルノブイリ産」と烙印された食品を買いたがる人など、いまだに誰もいないのだから。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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震災で高まる食料不安 by マーク・ノタラス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。

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