途上国を狙う、大企業

ネスレは、スーパーマーケットを乗せた小型船を運航し、アマゾン川流域の人里離れたコミュニティで自社製品を販売している。ユニリーバは、インドや東西アフリカの村落の低所得者層を訪問する戸別販売員を多数採用する。ビール醸造会社であるSABミラーは、自社のプレミアムラガーの「価格設定の手段(price ladder)」の一環として、アフリカ数カ国において安価なビールを開発し、世界最大級のコカ・コーラ製造販売会社として、南アフリカ共和国のタウンシップ(旧黒人居住区)において、炭酸飲料の販売の倍増を目指している。

西欧先進諸国の市場が飽和状態に達するにつれて、グローバルな食品・飲料企業は、低・中所得国の1日2ドルで生活する人々に新たな市場を見出しつつある。世界の貧困層はそのような企業の成長の手段となったのだ。

グローバルな食品・飲料企業は、富裕層が長年享受してきたさまざまな選択の機会を孤立した人々に与える画期的な手段を見出し、極貧層のためになる職と収入を提供しているという。しかし、健康志向の人々は警鐘を鳴らしている。加工度の高い食品や飲料が生活に持ち込まれると、肥満、糖尿病、心臓病、アルコール依存症など、生活習慣病の誘因にもなると、彼らは恐れている。こうした生活習慣病は、開発途上国においてかつてない勢いで増加している。

南アフリカ共和国のアーロン・モツォアレディ保健大臣は、生活習慣病の増加が自国にとって何を意味するのかについて厳しい見方をしており、今月初旬、ガーディアン紙に次のように語った。「保健予算は、切断手術、義肢、車椅子、心臓手術などのコストにより破綻するでしょう」

9月にニューヨークで開催された国連サミットは、健康危機の規模を確認した。2008年の世界の死因のほぼ3分の2は生活習慣病であった。こうした非感染症による死亡(non-communicable diseases: NCD)は、2030年までには結核、マラリア、エイズなど、貧困国がこれまで苦しめられてきた感染症による死亡のほぼ5倍になると予測されている。

多国籍企業が加工食品の販売先を貧しい人々に見いだしたことにより、糖尿病、肥満、心臓病の比率が急激に増えている。

写真: ネスレ

写真: ネスレ

Grocer’s OC&C Global 50 league table(グロッサーズOC&Cグローバル50リーグ・テーブル)によると、2008年には消費財企業による買収取引の1パーセントが新興市場で行われたに過ぎなかったが、昨年は39パーセントにも上った。

開発途上国における食事と生活様式が変化するにつれて、その疾病傾向は、北半球の先進国で見られる傾向を等しく急激にたどっている。しかし、これは貧困国にとっては、二重の苦しみを意味する。つまり、飢えと栄養失調の問題を解決する前に、NCDの高い罹患率に悩み始めることになった。この二重の負担は、貧困国の経済成長と保健予算の双方に計り知れない影響を与えている。

南アフリカ共和国では、今では就学児の約4分の1が肥満あるいは過体重であり、成人については女性の60パーセント、男性の31パーセントがそうである。糖尿病率は急増しており、しかも、1~9才の子どものほぼ2割は発育不全であり、回復不可能な障害を残すような長期の栄養失調を患っている。

さらに、ケープタウン大学犯罪学センターの研究者であり、食料安全保障に関する近刊書の著者であるレオニー・ジュベール氏によると、肥満と栄養失調は、同じ家庭内で起こることも多いという。

「状況の一極に大規模な飢えがあるわけではないし、対極に暴飲暴食があるわけでもありません。このような『隠れた飢餓(hidden hunger)』が存在し、貧しいコミュニティではほぼ蔓延しています。こうしたコミュニティでは、目先の空腹を満たすために栄養価の低い、安価なカロリーエンプティの食品で胃を満たすのは簡単ですが、長期的に体の必要栄養量を充足させることはできないのです」

思い切った対策を

モツォアレディ博士は医学部卒の元反アパルトヘイト活動家であり、ドラマチックなことも嫌いじゃない。博士は、世界人口に70億人目の子どもが誕生すると言われた日を祝い、手をしっかり洗ってから、帝王切開で赤ん坊を取り上げた。それから、家族計画のために、その新生児の母親に不妊手術を施した。

NCDに対する思い切った対策を推し進めることは、博士の優先課題の1つである。博士は、「アパルトヘイトのもとで私が医学生だった頃、黒人が心臓発作を起こすことはめったにありませんでした」と語る。

「その頃の主な疾病は、結核、マラリア、クワシオルコル(タンパク質欠乏症による栄養失調)でしたが、もはやそうではありません。昔からある食事の代わりに、高カロリー低栄養の加工食品を食べるアフリカ人がますます増えています。私の母は、ほとんど買い物には行きませんでした。食べたいと思うものは何でも、自分で育て、直接土から収穫しました。鶏を放し飼いにし、野菜を育てていました。私は学校までの長い道のりを歩いたものでした。私の子どもたちは車からほんの1メートルも歩きません。子どもたちはテレビの前に座らされ、そこでジャンクフードを食べます。活動的な生活ではありません。それがグローバル化した世界であるなら、私たちは放っておくことはできません」

モツォアレディ大臣は、たばこやアルコールのマーケティングを抑制し、ジャンクフードを規制したいと考え、パンに含まれる塩分を減らし、トランス脂肪を取り除くことから始めたが、この行動がやがては闘いになると考えている。「来年、この件をめぐっての争いが起こるでしょう」

「それは気候変動と同じです。最悪の事態を突きつけられた時、つまり予算が疾病コストによる重圧で管理不能になった時に、私たちは何かしようとするでしょうか。政権にある私たちが今何もしなければ、いずれは管理不能になるでしょう。非感染症(NCD)問題に関してぐずぐずしていれば、手がつけられない事態になってから措置を取ることになってしまいます」

措置を取る際の一番の障害は利益である。「業界は当然、非常に強く抵抗しています。人々が十分に対処しないのは、結局、お金が原因なのです」

マーケティング活動を制限しようとした各国政府は、法廷で争うことになった。モツォアレディ大臣は、たばこ産業がオーストラリア政府に対して起こした訴訟に注目している。オーストラリア政府は、たばこの箱へのブランド名の表示をすべて禁止することを求めている。「アルコールを管理するのに同様のしくみを考えています」とモツォアレディ大臣は言う。

彼は、厳しいロビー活動のほか訴訟の対象にもなるであろうことを承知している。

国民の健康に関する「責任政策(responsibility deals)」に食品・アルコール企業の参加を仰いだ英国の保健大臣とは違い、モツォアレディ大臣は、業界が政策策定に一役買う余地はないと考える。「業界とともに政策を立てることはできません、自分たちの利益になるように決めるだけでしょうから。ビール会社と同じテーブルに着き、国民のためになるようなアルコール政策を策定することはできません」

モツォアレディ大臣は、大企業とは強力かつ迅速に保身するものだという見方をしている。南アフリカ共和国で最大手のビール企業であるSABミラーは、自社の「アルコールに対する責任(alcohol responsibility)」というウェブページの中で、同社は南アフリカ共和国の雇用全体の3パーセントを支え、税を生み出し(ほとんどは自社製品にかかる物品税)、それは政府の税収の5パーセントを占める、と指摘している。業界は健康問題への対処にあたり一翼を担うことができるとSABミラーは考え、企業のマーケティングはブランド・ロイヤルティを高めるものであって、多量の飲酒を助長するものではないと主張する。

SABミラーのアルコール政策長であるクリスティン・ウルフ氏は、次のように述べた。「私たちは、対象となる消費者に商品を売っているだけで、お酒を飲まない人まで狙ってはいません。国連がニューヨークで考えたことは、全社会に対するアプローチなのです。マーケティングは、原因の1つであるとしか考えられていません。もちろん責任を負わなければなりませんが、有害な飲酒とマーケティングは全く別のものです。業界ができることをするために、業界を参加させることは賢明なアプローチです。私たちはもっとうまく進展させることができるでしょうから」。SABミラーは、アルコールの害に取り組み、無許可の販売店を規制するプロジェクトへの投資を例に挙げる。

ウエスタンケープ大学のタンディ・プオーネ教授は、アパルトヘイト廃止以降のNCDの増加を追ってきた。1994年、全人種が参加する選挙が行われた後、制裁措置が解除され、移動が自由になると、疾病の特徴に急激な変化が現れた。黒人の多数が、水のために何マイルも歩かなければならないような農村部から移動し、都市の端にあるタウンシップに集まった。タウンシップは過密となり、失業率は高くなり、電気、公衆衛生設備などのインフラは、貧弱であるか、存在しないこともあった。市場が再開されると、ファストフードの販売店と加工食品の輸入が急増した。

そして多くの人がインフラの貧弱なタウンシップへ移動した。

「ここ(タウンシップ)に来る人々は、脂肪や砂糖分の多い食品や飲料を買います。なぜなら、安いうえ、料理しない贅沢感を味わえるからです」とプオーネ教授は言う。「調理用燃料は高いし、露店商からは、つけで買い物ができるのです。アルコールによって煽られることが多い犯罪への懸念が、黒人たちの運動不足を招いています。彼らは太ったことで、故郷の農村部に戻ると、『太ったのだから、きっと成功したのね』と言われるため、自分たちは幸せであると考えています」。 痩せていたり、体重が減ることはエイズや結核に関連付けられ、そのため、太り過ぎがさらに受け入れやすいものになっているようだ。

スポーツクラブの設置

カエリチャは、ケープタウンからケープ草原まで幹線道路に沿って何マイルにもわたって広がるタウンシップであり、南アフリカ共和国のなかでも急速に拡大したタウンシップの1つである。非公式の見積もりによると、その人口は100万人である。ここで、肥満やその他のNCDの危機を大規模に見ることができる。失業率は60パーセント近くに上り、居住者の70パーセントは水道のない掘っ立て小屋に住んでいる。アルコール摂取と暴力犯罪の割合は高く、とくに女性や十代の少女を中心に、多くの人が太り過ぎである。

ウエストケープタウン大学の公衆衛生学部では、この問題に取り組むためにスポーツクラブを初めて設置した。

健康プロジェクトに取り組む栄養士であるランギスワ・トソルキール氏は、私を視察に連れて行き、こうした環境で健康になろうと思っても文化の壁が立ちはだかっていることを説明してくれた。

すべての露店に、また教会のホールにさえも、コカ・コーラの広告があふれていた。

手頃な価格の生鮮食品を入手するには限界があった。 露店では、家禽工場が廃棄した鶏の皮などの、安いが脂肪分の多い食品、あるいは鶏の足、胃袋、羊の頭などを売っていた。加工したスープは塩分の高いものが多く、主食であるトウモロコシ粥に合う安価なソースとして人気が高い。その他の露店にはすべて、また教会のホールにさえも、コカ・コーラの広告があふれていた。巨大小売店が現れ、ウォルマートが、南アフリカ共和国の最大チェーンの1つに取って代わったばかりだった。しかし、新鮮な野菜や果物を販売する一番近いスーパーマーケットまでミニバスに乗るには4ランドの料金がかかり、なしで済ませる人が多い。彼女は、アルコールを宣伝する多数の広告も指し示した。

私たちが訪れたショップライト・スーパーマーケットは、ショッピングカートを押して買い物する客で込み合っていた(もっともここでの平均支出は、欧州の基準からすれば少ない)。生鮮食品は手に入るが、トマト1キロが、2リットルサイズのコカ・コーラより高かった。店のエントランスには、携帯電話による通話料無料で購入できる安売りのアルコールを宣伝するチラシがあった。通路の端には、ネスレのコーヒー風のカフェイン含有飲料Ricoffy(リコフィ)とネスレのコーヒーミルクCremora(クレモラ)の特価品があった。リコフィの主成分は、デキストリン(でんぷん糖)とブドウ糖(糖類)、クレモラの主成分はグルコース・シロップの固形物とヤシの脂肪である。レジの横には皮肉なことに、葬式費用の利用時払いプランのスターター・パックと一緒に、甘い食べ物が山積みになっていた。

「私たちは、従来の食材を使った体に良い食べ物の作り方などの料理講習会を含め、健康の他の面を支援するための手段として、スポーツクラブでの運動を利用します。高血圧、高血糖、糖尿病などの情報を多数集めています」とトソルキール氏は語る。

ネスレは、「健康的で安全なうえ、どこにいても消費者が無理なく買える商品を提供している」と自社を見ている。また、健康に良い選択をするのに必要な情報を、表示や後援する教育プログラムを通じて、消費者に提供していると言う。

「新興市場では、加工食品が消費者の興味を引くことが多いが、それは安全であることが保証済みだからです。また欠乏症に取り組む一助にもなります。私たちは、こうしたニーズを満たすために、広く出回っている自社製品の多くは栄養価を高めています」とネスレの広報担当者は述べた。「南アフリカ共和国やブラジルにおけるネスレ製品は、多数の競合企業が提供しているものより幅広い製品を取り扱っている。私たちは自社製品の味と栄養価双方を改良する方法を日々模索しています」

ユニリーバは、自社の個別販売網は、人々が貧困から脱出する一助となったと考えている。ユニリーバの世界メディアの広報窓口責任者であるトレバー・ゴリン氏は、次のように語った。「農村のコミュニティには、多くは女性であるが、起業家になるための基本的な能力のある人々がいて、収益を生んでいます。個別販売網は、こうした所得創出につながっているのです」

「個別販売網を通じて販売されているユニリーバ製品のほとんどが、公衆衛生を改善し、自分の身を清潔に保つためのホームケア及びパーソナル・ケア製品です。食品は通常、固形スープの素や紅茶といったものです」

ネスレの小型船によるスーパーマーケット

ネスレのスーパーマーケットを乗せた小型船は、昨年、アマゾン川を初めて運航し、それ以来毎月、川沿いのおよそ80万もの孤立した人々へ自社製品を販売している。「Nestlé Até Você(あなたを訪ねるネスレ)」と命名された小型船は、アイスクリームや乳児用ミルクをはじめ、およそ300の加工したブランド製品を置くが、その他の食品は置いていない。商品は無理なく買えるよう、小さめのパックで売られている。

小型船は、ネスレが自社ブランドの販売促進のために採用した個別販売の女性販売員のネットワークの集合場所としても機能する。社会経済階層の最下層の消費者を対象にすることは、企業の成長戦略計画の一環であるとネスレは言う。ネスレはまた、リオデジャネイロやサンパウロのスラム街やその他のブラジルの主要都市の底辺にいる人々に販売するために、7,500を超える再販業者と220の非常に小さい販売業者のネットワークを構築した。

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この記事は2011年11月23日にguardian.co.uk で公表したものです。

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著者

フェリシティ・ローレンス氏はガーディアン紙の特派員であり、食料ビジネスの内情を暴いたベストセラー「Not on the Label」、「Eat Your Heart Out」の著者である。