スマートグリッドはエネルギー環境を一変できるか?

ジョイ・ラベンガさんには、停電のない生活などほとんど想像できない。彼女はフィリピンのビサヤ諸島にあるコロン市場でイワシを売っている。商売を滞りなく続けるために、ロウソクを常備しておくことを覚えた。

3基の発電機の力を借りて行われているビサヤ諸島の電力供給は、頻繁に停止する。多くの開発途上諸国と同様に、フィリピンでの停電はほぼ日常的に起こる。

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コロン魚市場では停電は日常茶飯事だ。写真:© ロクサナ・イザベル・デュール
エネルギー分散化が鍵

世界の電力使用に関して、国の統計は信頼できないと考える人が多い。国のイメージをよくするために数字が誇張されている場合が多いからだ。スリドハー・サムドラーラ氏は分散型エネルギー世界連合(WADE)のアジア担当部長だ。WADEは分散型エネルギーの世界的な展開の加速に努める非営利組織である。

サムドラーラ氏は現在、再生可能エネルギーをスマートグリッドに統合するタイでのプロジェクトに携わっている。「不安定な石油価格により、世界規模でのエネルギー安全保障はもはや存在しません。ですから私たちは地元の資源をより賢明に利用しなくてはなりません」と彼は語る。

 

エネルギーのためのインターネット

しかし、スマートグリッドはなぜスマート(賢明)なのか? 分かりやすく言えば、その理由はデジタルネットワークの通信能力にある。スマートグリッドとはエネルギーのためのインターネットのようなものだ。接続されたすべてのエネルギー装置は、コンピューターが制御するネットワークを通じて情報を送受信することができる。個々の構成部分は、モデムやADSL接続に補助され、データ転送を経由して情報をやりとりする。

具体的に説明しよう。システムが国の南部で曇り空を認識すると、北部にある風力発電地域にエネルギー生産開始を命じる信号が届く。沿岸で風が吹いていない場合、水力発電所やバイオマス施設にゴーサインが送られる。需要以上にエネルギーが生産された場合、余剰分を特殊な施設に貯蔵し、必要に応じて利用することができる。

今日のスマートグリッドは通常、化石燃料と再生可能エネルギーの両方を統合するハイブリッド型システムだ。クリーンなエネルギー源だけを利用する大規模なスマートグリッドは、現在の技術段階ではまだ費用が掛かりすぎると多くの専門家は考えている。

先頭を行くイタリア

しかしデジタルエネルギー技術の採用において先駆けとなった国もある。イタリアは12年前、スマートグリッドの開発に世界で初めて乗り出した国の1つだ。

「スマートグリッドは持続可能で安定したエネルギー供給を可能にし、需給のバランスを常に保つことができます」と、イタリアの電力会社エネル社でスマートグリッドや新技術の開発を率いるマルコ・コッティ氏は語る。

このデジタル計測器は各世帯のエネルギー消費量を計測し、再生可能エネルギーの供給量が多くなり価格が低くなると、洗濯機や乾燥機などの家庭電化製品の電源を入れることができる。

現在、エネル社はイタリアの半数以上の世帯に、いわゆるスマートメーターを提供している。このデジタル計測器は各世帯のエネルギー消費量を計測し、再生可能エネルギーの供給量が多くなり価格が低くなると、洗濯機や乾燥機などの家庭電化製品の電源を入れることができる。

近年、ポルトガル、ドイツ、オランダ、アメリカがスマートグリッド・システムの構築に着手した。

エネルギー革命の第1歩は旧式の電力供給網の改良

しかし既存のネットワークを根本的に改良し、老朽化した装置を交換しなければ、スマートエネルギー革命は夢のままだと、サムドラーラ氏のような専門家たちは警告する。

サムドラーラ氏は、スマートエネルギーへの投資から成果を引き出すには、政府はエネルギー生産業者も参画させなければならないと言う。そうすることにより、例えば電力会社は家電のエネルギー消費を左右する要因を改善できるようになる。

それこそがスマートグリッドが将来的にさらに効率性を高める唯一の方法だと、サムドラーラ氏は言う。サムドラーラ氏によると、効率的なスマートグリッド装置やサービスや電化商品への消費者の投資額は、1世帯当たり500~1500USドルになる見込みだ。彼はこの投資を「採算性のある長期的な投資」と呼ぶ。

残る課題

しかしながら、スマートグリッドの展開はいまだに幾つかの障壁に直面している。開発途上諸国での最大の課題は、大規模なエネルギー基盤を整備することだ。急増する出生率と急速な産業化が大量のエネルギー消費に拍車を掛け、多くの国がエネルギー需要への対応に苦戦している。

「スマートグリッドは今のところ、私たちには手の届かない代物です」とインドネシアのエネルギー起業家であるトゥリ・ムンプニ氏は語る。「テクノロジー、設備、訓練に掛かる費用が、とにかく高額すぎるのです」

Tri-Mumpuni

トゥリ・ムンプニ氏はIBEKAの創設者だ。IBEKAはインドネシアのコミュニティ発電に取り組む受賞歴のある組織で、余剰電力を供給網に販売する小規模な水力発電プロジェクトを起こした。

彼女はアジアの農村地域向けに小規模水力発電所を設置した。彼女のプロジェクトの大部分は公的資金の支援を受けている。このような分散型のエネルギーシステムは、高性能のインフラストラクチャーが不要なだけではなく、高度なスキルを持つシステムエンジニアも必要としない。

そのためスリドハー・サムドラーラ氏は、開発途上諸国の政府はこうしたプロジェクトへの多国籍機関からの融資の透明化だけでなく、さらに効率的な資金活用を図るべきだと考えている。

消費者は王様

しかし、プロセスの透明化と民間のエネルギー消費を綿密に監視することが、スマートグリッド技術に不可欠な要素だとすると、消費者の立場はどういったものになるのか?

サムドラーラ氏は、消費者はスマートエネルギーのプロセスにおいて重要な役割を担うと考えている。「結局のところ、消費者はエネルギー転換を促進する原動力になるでしょう。消費者は消極的な受け取り手から、エネルギー市場における積極的なユーザーに変身するのです」

フィリピンで魚を売るジョイ・ラベンガさんにとって、それは時間の掛かるプロセスだ。その日が来るまで、彼女はまだ何本もロウソクをともさなければならないことを知っている。

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本記事はOur World 2.0のパートナー、ドイチェ・ヴェレのご厚意により、 Global Ideasから転載させていただいています。

翻訳:髙﨑文子

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