スブラマニアン氏は国連大学高等研究所の研究員である。彼女はバイオ事業会社に関する利益分配、そして社会、経済、政治への影響について研究している。現在、研究対象として関心があるのは、多様なステークホルダーとスカラーの観点から見た生態系サービスの評価、そしてコミュニティーの福祉を向上し生態系を改善する政策の実施の関連性を見いだすことにある。
人間の福祉は、個人レベルと社会グループのレベルの両方における人々の幸福という包括的な問題を含む。しかし近年、特に脆弱なコミュニティーでは、生物資源と健康な生態系と様々なレベルにおける経済的発展には強い関連性があることが認められつつある。
国連教育科学文化機関(UNESCO)によれば、文化的多様性と生物学的多様性の数多くの関連性は、持続可能な開発やミレニアム開発目標を達成するための重要な要素として見られつつある。
そのような生物と文化の関連性を強化あるいは再構築する政策を計画し、実行する方法は今でも模索されている。その一方で、コミュニティーが自らのニーズに応えるために、積極的な起業活動を行っていることが明らかになっている。そういった活動を引き起こすきっかけは、持続可能性への懸念だけでなく、聖地や聖なる山などのように昔からの文化遺産を保護したいという欲求でもある。彼らの文化遺産は、サル、鳥、カメ、植物、昆虫など、地元の生物学的多様性が長年にわたり息づいてきた場所だ。
地元レベルで見ると、農村部に住む人々は多くの場合、民族、宗教、関心事、活動を基準とした社会的グループに分けられている。彼らは大抵、自然資源に依存しており、暮らしは主に生産活動によって支えられているため、生態系や生物・文化的資源への依存度が非常に高い。
こうした地元の人々と生態系の結びつきは、処理や管理、ガバナンスのシステムを生む。そのシステムは地元の規範や価値観や行動様式に基づいているものの、各国の法的な枠組みに則して機能する。
グローバル化が進む経済では、自然資源への脅威が増大すれば、往々にして地元のコミュニティーは資源を利用したり利益を得たりするのが困難になり、貧困が増す。その結果、コミュニティーは乱開発的で持続不可能な自然資源の利用をせざるを得なくなり、多くの場合、生活の手段を危険にさらすことになる。
しかし、地元のコミュニティーが持続不可能な資源利用をやめて、より起業家的な発想で資源を利用し始める例もある。その過程で、コミュニティーは国際法や国内法、慣習法で保障された自らの権利を再強調するだけでなく、「ボトムアップ型の」開発を促進する規範について交渉し、その規範を構築している。
そのような内発的(内側からの)発展では、一次的ステークホルダー(地元のコミュニティー)が自らの福祉を改善するための戦略を決定し、先導し、コントロールする。
ボトムアップ型の開発の1例として、カラヴァティ氏(インドのカルナタカ州の農民)は、Rajmudi(ラジムディ米)というポピュラーな伝統米の保存に携わっている。彼女が耕作するラジムディ米は有機栽培の認定を受けており、Sahaja Samrudha(サハジャ・サムルーダ)のセールス部門であるSahaja Organics(サハジャ・オーガニクス)によって販売されている。サハジャ・サムルーダは「アイデアや種子を交換し、持続可能な農業に関する知識を共有する」ことを目指し農民のグループが設立した組織だ。
サハジャ・オーガニクスは広範囲にわたる生産物を販売している。例えば20種もの米、小麦、雑穀、豆類、フルーツ、野菜、ベビーフード、加工食品(例えば揚げせんべいや健康ドリンク)、すぐに食べられる食品などだ。
サハジャ・サムルーダのバイオ事業が成功した主な要因は、この企業が約140人の農民と30の組織からなる民間のパートナーシップであり、参加者が直接マーケティングに従事していることと関連している。農民のグループや女性グループ、消費者グループが南インドの農業文化とコミュニティーの復興を目指して協働しているのだ。
バイオ事業とはコミュニティー主導による自然資源に依存した事業と定義され、自決権を求めて事業が誕生する場合もある。その目的は単なる経済発展だけではなく、自然から生産される資源を増大させることや社会の調和、さらに精神的な充足感であるケースもある。
生物多様性条約(CBD)は、生物の多様性や生態系の保全に関する懸念を実利的な枠組みにおいて明らかにした。その主要な焦点は生物多様性の保全に置かれているが、同条約は生物資源の供給チェーンにおける持続可能で公平な利用法も明らかに認識している(第1条および第15条7)。
またCBDはコミュニティーの有する資源、知識、慣行、制度という点で、コミュニティーに敬意を配した相互活動の必要性も認めている(第8条jおよび第10条c)
特に強調すべきなのは、地元のコミュニティーの生物資源への依存だ。生物資源と生態系はコミュニティーの福祉を確立するための手段であり、財産であると考えられている。
政策立案に関連した幾つかの指標はコミュニティーというコンテクストでも影響力を持っているが、それぞれのコミュニティーにとっての福祉の定義は考慮されることがあまりない。
健康保障は「医療施設を利用しやすくすること」と定義されているが、予防医療や健康増進に配慮した結果、活動としては栄養の確保に重点を置き、その点を強調するコミュニティーもある。そうした観点からコミュニティーは、(サハジャ・サムルーダが行ったように)コミュニティーの人々の食事と近隣の国内市場にとって重要な種の多様性に焦点を置き、有機農業を行うようになった。
より明確な世界観の違いの例は、様々なコミュニティーにおける公平性や自治の概念に関連している。外部のステークホルダーとの公平なパートナーシップがコミュニティーの福祉にとって重要な要素だと考えられている一方で、男女平等や無差別に関するコミュニティー内部の公平性は均一的に定義された概念ではない。
例えば多くのアフリカ文化では、男女が異なる役割を担うことは様々なコミュニティーで典型的な規範として受け入れられている。その一例として、ガーナの伝統的な女王とその相手である族長は、それぞれ異なるが等しく重要な役割を担う。政治的な意志決定では族長が表立った働きをするが、女王は族長が王になる過程において表立った働きをする。
内発的発展の強化は文化的相互作用を促進し、それが結果的にコミュニティーに受け入れられる新たな世界観を生む可能性もある。
部外者から見れば、男女がそれぞれ異なるレンズを通して男女の役割を見るという状況は不平等だと思うかもしれない。そして族長と女王が政治的決断をする際になぜ平等な立場でないのかと即座に疑問を抱くだろう。しかし、文化を繊細に捉えた場合、世界観はダイナミックなものであり、ネガティブな側面を修正するために変化することも可能だ。そうした変化がコミュニティーでの内発的発展過程を強化する際には必然的に起こる。
内発的発展の強化は文化的相互作用を促進し、それが結果的にコミュニティーに受け入れられる新たな世界観を生む可能性もある。あるコミュニティーは女性主導型の戦略や、国のガバナンス・システムの枠内あるいは枠外で一定の自治権や自己決定の権利を獲得することで利益を得てきた。こうした状況は一般的に、コミュニティーの人々全員の参加や同意を必要とする、権利をベースとした活動形態を伴う。
コミュニティーは自治や資源のガバナンスに関する権利を保持したがるが、国はコミュニティーの権利を国家的な優先課題の枠内に収めようとする。そのため人権の主張、資源や民族固有の土地や生態系への権利、伝統的な知識と慣行といった点で、コミュニティーがどの程度、法的に自治権を行使できるかが問題となる。
バイオ事業に携わるコミュニティーは、生物資源が入手しやすいこと、生態系、知識という要因が事業活動の確立のために重要だと考えている。さらに、ほとんどのコミュニティーは金銭のやり取りではない経済活動と相互依存関係を、可能であればバランスよく取り入れたいと考えている。
慣習的な価値や信条や規範を見れば、地元の人々の福祉や、バイオ事業の発展における物事の優先順位がおのずと分かる。一般的に、誰もが自身の文化的および精神的慣習を肯定しようとするものだ。地元民や先住民の活動に現代的なシステムやプロセスや技術が含まれていても、その行動は慣習の基盤となる規範とリンクしている。
現代的システムとのつながりは、利益を目的とした生産活動、外部市場への産物の提供、新しい種子や掛け売りシステムの導入に見ることができる。こうした例はすべて、コミュニティーにとっては外来的なものだ。しかし、コミュニティーの精神的および社会的価値を認める伝統的な方法、すなわち種子の発育、商取引、そして生活の糧を得る経済活動は、現代的システムとうまく調和している場合もある。
慣習的な価値や信条や規範を見れば、地元の人々の福祉や、バイオ事業の発展における物事の優先順位がおのずと分かる。
その一例がAGRUCO(ボリビアのサン・シモン大学の農業生態学センター)による事例研究にある。ボリビアのコチャバンバ近くの小さな町、シペシペでは毎年復活祭から7週目の金曜日に特別な市場が開かれる。異なる農業文化的な生態系に従事する農民たちが収穫したばかりの産物を次の3つの方法のいずれかで交換する。
金銭によって農民たちは砂糖、調理油、ラジオ用の電池を買い、交通費を支払い、チチャと呼ばれる地元特有のトウモロコシでできたビールを買うことができる。
アンデス文化では、相互依存経済の3つのレベルがある。
このような例やその他の例から分かるように、発展を目指すコミュニティーの行動や思考は動的で、絶えず進化し続ける一方、彼らの行動を導く「地域に深く根を下ろした」強い感覚がある。この「地域に深く根を下ろした」感覚は文化的価値や帰属意識に染み渡っている。
例えば、聖地の管理を他の土地利用よりも重んじる傾向は、地元のコミュニティーの土地や資源との関係では聖地が重要であることを強調している。また、伝統的な芸術や工芸やそれに類似した行為を実践することも同様の帰属意識と関連している。
現在、森林減少・劣化による温室効果ガス排出削減(REDD)やクリーン開発メカニズム(CDM)のような保護活動の拡大を目指す世界的な環境政策が計画され、実施されているが、その費用は高額になると見積もられている。
それと同様の目的を達成するための実現性のある効果的な選択肢が、コミュニティーによるバイオ事業かもしれない。しかし事業の実現には、地元のニーズや願望を考慮した、繊細で明確な政策的アプローチが必要となるだろう。
この記事は、スニータ・スブラマニアン氏、ウィム・ヒイムストラ氏、バス・ヴェルシュレン氏による国連大学高等研究所(UNU-IAS)政策要領からの引用であり、国連環境計画(UNEP)、内発的発展比較支援(COMPAS)および国連開発計画(UNDP)赤道イニシアティブとの共同でUNU-IASが行ったコミュニティーの福祉の評価に関する研究の一部である。
翻訳:髙碕文子
バイオ事業と内発的発展と福祉 by スニータ・M スブラマニアン, バス・ヴェルシュレン and ウィム・ヒイムストラ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.