幸せは 環境を救えるか?

人によっては、幸福と環境は無関係であるように見えるかもしれない。しかし、多くの意志決定者が社会の福祉と幸福の向上という目標を掲げて環境と経済の問題に取り組むようになってきた。過去数年間に経済学者政策決定者は、よりよい規則作りのための道具として幸福の尺度を利用する注目すべき取り組みを行ってきた。国連の国際幸福デーの発表にあたり、潘基文(パン・ギムン)事務総長は次のように述べた。「(世界は)新たな経済的パラダイムを必要としています。それは持続可能な開発の3本柱が同格であることを認めるパラダイムです。社会と経済と環境の幸福は分割できません。それらすべてが一体となって、世界の総幸福量を決定するのです」

政策指針としての幸福の利用は今に始まったことではない。例えば1970年代以来、ブータンは国民の集合的な幸福動向を測るために、国民総幸福量を支持してきた。

幸福の実用的活用はまだ初期段階である。しかし日本の環境問題を考えるリーダー的存在である枝廣淳子氏は、幸福の概念を政策ツールとして日本国内と世界中に広めようとしている。

枝廣氏はジャパン・フォー・サステナビリティを創設した環境ジャーナリストである。同組織は、より幸せで持続可能な地球社会の創造を支援している日本での活動に関する情報(英語と日本語)の共有を目指す非営利組織だ。今回、枝廣氏はOur Worldとのインタビューで、自身の最近のプロジェクトである幸せ経済社会研究所(ISHES)について、また、今日の最も難しい環境問題の解決における日本の役割について語ってくれた。

Our World(以下、OW): あなたが環境や持続可能性の問題に関わるようになった経緯を教えてください。

枝廣淳子氏(以下、枝廣): もともと私は通訳者として働いていました。その頃に、異なる分野で活躍するさまざまな国の多くの人と話して、環境問題が以前よりもずっと大きくなりつつあることが分かりました。私自身、教育や心理学、そして私たちがどのように他の人や環境と関係しているかということに関心がありました。私たちが環境問題を生み出し、その解決法を見つけなければならないのですから、人間と環境の関係が最も面白い部分だと思ったのです。

OW: あなたが子供の頃に、環境について考えさせられる特別な場所はありましたか?

枝廣: 山の中で私がよく行く特別な場所がありました。春になると、いつもそこに行って遊んだり、食べられる野生の植物を採ったりしていたのです。ところがある日、その場所に行くと、宅地開発のために木々が伐採されていました。私の大切な場所を失ってしまったというのが、子供時代の思い出です。小学生の頃は、向こうの方には1軒の家が建ち、目の前の山は丸裸になっているという状況を目にして、周囲のあちこちで開発が進んでいました。それは私が大きな影響を受けた出来事でした。

OW: あなたは10年にわたって、ジャパン・フォー・サステナビリティのウェブマガジンで環境問題に関する記事を執筆されてきましたが、幸福というテーマを扱い始めたきっかけは?

枝廣: 私は当初、気候変動などの環境問題について執筆していて、それは今でも書き続けています。環境問題に取り組んだ結果、私はそうした問題の根源は幸福の問題であると考えています。今でも環境問題は、継続される経済成長から生まれています。経済が成長するために、私たちは地球から多くの物を抽出しなければなりません。そして大量に生産し、消費し、廃棄しています。これを続けなければ経済成長は終わってしまうでしょう。

経済成長の目標について考えてみると、その究極の目的は私たちの幸福だと思います。でも、幸福を手に入れるために経済成長がいまだに重要なのかどうか、疑問に思います。環境問題は重要ですが、それは症状なのだと思います。症状の1つが気候変動であり、また別の症状が生物多様性の喪失です。その根底にある問題というのが、私たちがどう幸福を捉えるかという点です。幸福を手に入れるために何が重要だと考えるのか、幸福を手に入れるために経済成長が必要なのか、ということです。ですから持続可能性を考える場合、持続可能性の中には幸福が含まれていると思います。私が幸福について執筆し始めたのは、そのためです。

OW: 経済成長の抱えるジレンマとは何でしょうか?

枝廣: 経済成長のジレンマが最初に提唱されたのは、英国の研究者、ティム・ジャクソン氏の著書でした。地球の資源は限られており、その限られた地球上で無限の経済成長を続けるのは不可能です。これが第1のポイントです。経済成長を続けることは可能ではありません。

しかし今日の社会が存在する前提は、成長に基づいています。例えば、日本の社会保障と年金について考える場合、経済が将来も成長し、人々が税金を払うだろうという前提の下で、私たちは労働しています。「経済成長をやめてしまおう」ということになれば、私たちが社会の中で築き上げたあらゆるものが崩れ落ちてしまうでしょう。これが第2のポイントです。つまり、経済成長を現在の速さで継続することはできないけれども、現行の経済システムを停止した場合、社会は不安定になるでしょう。そうだとすれば、経済システムは継続しながら、私たちが地球の資源に及ぼす影響を低減すべきなのです。

経済活動、資源利用、二酸化炭素(CO2)排出量は同時に増加してきました。これらの傾向を切り離すことはデカップリングと呼ばれています。経済を成長させながらCO2排出量を削減するということです。エネルギー効率性の研究はだいぶ前から行われており、今後も重要であり続けるでしょう。デカップリングが行われたとしても、炭素排出が完全に削減されるわけではありません。経済が成長する限り、CO2排出量は増え続けるでしょう。ですから、デカップリングを行う場合、透明性が重要ですが、それは究極の答えにはなりません。経済成長を継続することは持続可能ではありませんが、その一方で経済成長を止めてしまうと不安定な状況が生じます。いわゆるデカップリング策は成功しないでしょう。
そうなると、「私たちは何をすべきか?」という問いかけが次のステップです。唯一の答えというものはありませんし、可能な限りにおいては成長に依存しない社会やライフスタイルや産業を創造すべきです。私たちにできることは、こうした新しい生活様式のためのアイデアについて考え、そのアイデアを試し、創造し、広めることです。

OW: ISHESを始めた経緯と、現在の活動について教えてください。

枝廣: 3月11日の震災の2カ月前に、幸せ経済社会研究所は設立されました。私は環境問題に取り組んできた結果、問題の表面を見るだけでは解決できないと考えています。なぜなら問題は今後も増え続けるからです。幸せと経済と社会を集合的に考えなければならないと思います。そういうことを私はだいぶ前から考えていて、この研究所が創立されたのは、そのためです。

[活動の]1つですが、問題に関心を持つ他の人たちと勉強会を開き、この分野に関する本を読んだり議論したりして勉強を続けたいと考えています。その後、レクチャーや資料を通してもっと多くの人たちにアイデアを伝えたいと思います。また、ISHESのウェブサイトでは、理解しやすい情報を提供しています。

OW: あなたにとって幸福とは?

枝廣: お金や物をどのくらい持っているかを考えるのではなく、生活への向き合い方や充足感、仲間に支えてもらえる本当に重要な事柄といったことを考えます。私にとって、そういったことが心の幸せをもたらしてくれます。

OW: 今日の日本が直面している最も大きな問題は何でしょうか?

枝廣: 日本は世界で初めて人口が減少する[国]でしょう。人口が減少すれば、人口増加の時代に作り出した枠組みや思考は変えなければなりません。私たちがどのように移行していくのか、それが日本で最も重要な課題です。人口増加と経済成長には、ある特定の思考回路がつきものです。非常に長い間、私たちはその思考回路に基づいて行動してきました。削減すること、あるいは縮小することは常に、人々が考えたくない負のイメージを付加されてきました。でも私は、この国がダウンサイズしながら美しくあることは可能だと思うのです。日本だけではなく他の国でも人口は減少するでしょう。ですから日本は、美しく幸せな小さな社会として他の国のお手本になり得ます。

OW: 今日の日本で何が持続不可能でしょうか?

枝廣: 日本で食されているものの60%が外国から輸入されています。エネルギーでさえも、日本は使用エネルギーの約10%しか生産していません。このような外国に依存する傾向は、まったく持続可能ではありません。日本にとって、国内で食料を生産し、国内でエネルギーを生産することは重要です。また、もちろん他国との交流は重要ですが、日本が自立して食料とエネルギーを自給しない限り、私たちは持続可能にはなりません。

OW: 持続可能な日本の暮らしの一例を挙げていただけますか?

枝廣: 日本では、特に若者を中心に、ますます多くの人々が「半農半X」というライフスタイルを送るようになってきました。販売目的ではなく、家族の食べ物を確保するために、生活の半分の時間を農業に費やすのです。家族が食べる分だけですから、半分の時間だけ農業に従事すればいいのです。残りの半分の時間がX、つまり、その人の目標や、やりたいことに充てる時間です。食料を自給できるので、必ずしも他の人を頼って食料を手に入れたり、たくさんのお金を稼いだりする必要がないのです。

とはいえ、日本に住んでいる限り、エネルギーは今後も輸入されるでしょう。ですから、「半農半X」のライフスタイルに加えて、日本人は再生可能エネルギーを活用したりエネルギーを節約したりするかもしれません。ただ持続可能な生活を送るということではなく、それぞれのペースで暮らし、やりたいことをするということです。こうしたタイプの人々がますます増えています。

OW: 日本はどのように環境問題を解決すると予想しますか?

枝廣: 日本にはさまざまな種類の技術を創造する優れた能力があります。こうした長所を生かして、環境問題を解決できるかもしれないと思います。それと同時に、どんな社会を築いていきたいのか私たちは考えなければなりません。

経済を成長させる社会を築いたとしても、技術は環境問題を解決してくれません。私たちが持つ多くの技術と知識を活用しても、理想的な世界が拡大していくわけではないと思います。ハードなアプローチは、技術で環境問題を乗り越える方法です。一方、ソフトなアプローチは、みんなで作り、考える社会を築く方法です。この2つのアプローチを使って、私たちは持続可能な方向に前進し始めることができます。

OW: 持続可能性について、何か最後におっしゃりたいことは?

枝廣: 私たちは持続可能性の分野で一生懸命活動してきましたが、気候変動の影響は悪化し、人々の行動は変わっていません。がっかりするのは簡単ですし、絶望して諦めてしまう人もいるかもしれません。でも諦めてしまったら、私たちは本当の窮地に身を置くことになります。私は自分にできることをやれるのがうれしいのです。その結果について聞かれれば、環境は今でも悪化し続けていると言わざるを得ません。でも、もし私が1人か2人の人とつながることができ、その人たちが問題について考え、彼らが他の人たちとつながれば、少しずつ、私たちは正しい方向に向かうことができると思います。

翻訳:髙﨑文子

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著者

ユージン小林氏はフリーランスのビデオグラファーで、以前は国連大学のコミュニケーションオフィスのインターンだった。彼はより持続可能で衡平な世界づくりにビデオを通して貢献したいと望んでいる。