チリの固有種が独占の危機に

チリの環境団体や先住民組織は、外国企業がチリ固有の種子を専有し、トランスジェニック作物に門戸を開いて生物多様性にネガティブな影響を及ぼす可能性に対し、不安を募らしている。

懸念が高まったきっかけは、右派のセバスティアン・ピニェラ大統領の率いる政府が推進する幾つかの法案であり、特に議会がUPOV条約1991年法を批准した5月17日以降に懸念の声が高まった。UPOV1991年条約は、新たな植物種を発見、開発あるいは改変した者に、その新種の特許権を与えるというものだ。

植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)1991年法は、チリがすでに批准していた1978年法の改訂版である。UPOV1991年法の批准は、チリ政府がオーストラリア、アメリカ、日本と締結した自由貿易協力協定での必要条件だった。

議会は2009年にUPOV1991年法の批准を認める法案の審議を開始した。しかし今年3月にピニェラ大統領が介入し、迅速な法案可決が緊急課題であると宣言するまで、審議はほとんど進んでいなかった。

社会問題や環境問題を扱う諸団体は、UPOV1991年法の批准は小規模農家を追い詰め、生物多様性の損失やトランスジェニック作物の導入を促しかねないと警告している。

「私たちは投票による議決をしないように求めましたが、政府は圧力を強め、右派勢力は概ね法案に賛成しました。なぜなら大企業は条約の批准を急いでおり、できるだけ早く自分たちの投資を守りたかったからです」と、生活の質向上/農薬行動ネットワーク同盟チリ支部(RAP-AL Chile)の代表、ルチア・セプルベダ氏はIPSに語った。

「私たちの遺伝子遺産が脅かされています」と農民・先住民女性全国協会(ANAMURI)4代表のフランシスカ・ロドリゲス氏は語った。

「私たちの種子は再び危険にさらされています。私たちの手元に残るのは、ほんのわずかで、繁殖に必要な量さえ残らないでしょう。残った種子はまるで博物館の展示品のように、過去に存在した事実を語るものになるでしょう」

私たちの種子は再び危険にさらされています。私たちの手元に残るのは、ほんのわずかで、繁殖に必要な量さえ残らないでしょう。残った種子はまるで博物館の展示品のように、過去に存在した事実を語るものになるでしょう。

写真:Bizarrako

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一方、バイオテクノロジー産業の組織であるChileBio(チリバイオ)の観点から言えば、UPOV1991年法は有益以外の何物でもない。ChileBioは、モンサント社、バイエル社、ダウ・アグロサイエンス社、シンジェンタ社、パイオニア社といった、遺伝子組み換え作物を研究、生産、開発、販売する企業で構成された組織である。

「すでに存在するシステムが補完されるだけです。新たなシステムや農法は一切、国に導入されません」とChileBio代表のミゲル・アンヘル・サンチェス氏はIPSに語った。

さらに彼は「植物の育成者たちを保護するシステムや農家が負担する経費、伝統的に利用されている種子を使用する機会」に一切の変更はないと語った。

しかし、UPOV1991年法の採択や、先住民たちとの協議がないことによる影響の可能性を懸念して、17人の上院議員の一団が採択の無効を求めて憲法裁判所に訴えを起こした。

上院議員たちの考えでは、同条約は農民の権利を制限し、財産権を侵害し、コミュニティーが保有する伝統的な知識を危険にさらすものだという。

同条約によると、市場で定期的に売買されていない植物、あるいは公的に登録されていない植物は、新品種あるいは別種と見なされる可能性がある。したがって企業は法的な収用権行使やいかなる補償の義務を負うことなく、小規模農家や先住民の人々の遺産である知識や生物多様性を専有することができる。

1月24日、憲法裁判所は採択無効の訴えを却下した。しかし裁判所は、行政的あるいは立法的措置が先住民たちに直接的な影響を及ぼすかどうかを見極め、「起こり得る被害から」先住民のコミュニティーを保護するために、適切な協議を行う適正なメカニズムを立ち上げるのは政府、議会、地方政府、その他の自治体の責任であると述べた。

トランスジェニック作物の世界的な生産網に参入し、遺伝子組み換え作物の栽培にチリの一部の地域を割り当てることは「甚大で取り返しのつかない汚染のリスクを負うことです」(RAP-AL Chileの代表、ルチア・セプルベダ氏)

こうしたシナリオのもと、チリでは「大企業だけが保護されているため、このような法律によって資源が収奪されるのを防ぐ規制の枠組みがない」ことが主な懸念事項だとセプルベダ氏は語った。セプルベダ氏は『Chile: la semilla compesina en peligro(チリ:危機に瀕する農民の種子)』の筆者である。

政府の農業および家畜関連部門の農学者、マヌエル・トロク氏は大学のフォーラムで「繁殖可能な物質を生産したり、販売を持ちかけたり、輸入あるいは輸出したいと望む者は誰でも、その物質の権利保有者から許可を得なければなりません」と語った。

トロク氏によると、チリで売られている果樹木のうち、保護種はわずか20パーセントだが、工業諸国で見られる傾向がチリにも波及した場合、10年後にはその割合が逆転するという。すなわち、80パーセントの種は保護され、その種を育成している者が独占権を所有するようになる。そして残りのわずか20パーセントの種子だけしか自由に入手できなくなるのだ。

環境保護活動家や先住民たちは、UPOV1991年法がトランスジェニック作物に門戸を開くことにも懸念を抱いている。現在、チリでは輸出用の遺伝子組み換え種子は生産されているが、その種子を国内の土壌で利用することは禁じられている。

「チリは南半球でトップのトランスジェニック種子の生産国ですが、国内でその種子を利用することはできません。逆説的なことに、トランスジェニック種子から育てられた作物を私たちは輸入しているのです」つまりチリの農民たちは海外の生産者と比べて不利な立場に置かれていると、農薬に関する国際的なネットワーク、クロップライフ・インターナショナルに加盟しているChileBioは考える。

しかし、トランスジェニック作物の世界的な生産網に参入し、遺伝子組み換え作物の栽培にチリの一部の地域を割り当てることは「甚大で取り返しのつかない汚染のリスクを負うことです」とセプルベダ氏は語った。

本記事は、開発や環境、人権、市民社会などのテーマを扱う独立系通信社インタープレスサービス(IPS)の許可を得て掲載しています。

翻訳:髙﨑文子

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著者

パメラ・セプルベダ氏はインタープレスサービスのレポーターである。インタープレスサービスは世界130カ国以上、330の拠点に370人のジャーナリストを配属している。