開発の創造、創造力の開発:芸術が社会を変える

あらゆる開発プロセスには重要な文化的要素が含まれるということを、多くの開発実務者や社会理論家が認めている。例えば生活の質の向上や不平等の削減といった取り組みは、地方の慣習、価値観、社会制度と本質的に結びついている。それゆえに、文化が開発を促進する場合もあれば開発成果の妨げとなる場合もあるということが、研究により明らかになっている。したがって、文化的な条件や要因に配慮せずになされる善意の介入は、役に立たなかったり予期せぬ悪影響を生んだりする場合もあるため、開発プランナーが文化的な検討事項に留意することは重要である。

しかしこれまでのところ、視覚・文学・舞台芸術などの文化が開発とどのように結びついているのかということについて十分な洞察を提供した研究はない。この結び付きに着目したのが、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS )のジョン・クラマー客員教授である。クラマー教授は、開発の社会学と文化の社会学、ならびにその開発問題への適用に重点を置いた研究を行っている。

クラマー教授の最近の著書「Art, Culture and International Development: Humanizing Social Transformation(芸術、文化、および国際開発: 人間味のある社会変革)」は、芸術と開発の関係を体系的に考察した初めての書籍である。クラマー教授は、芸術が経済や社会の発展に直接貢献できるということ、また創造力の活性化は代替的な開発経路や持続可能な文化形態の基盤を築く可能性があるということを主張している。

クラマー教授の画期的な研究について、本人に詳しく伺った。

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カタリーナ・オイヴォ(以下KO ):芸術と開発の関係について研究しようと思われたきっかけは何ですか?

ジョン・クラマー教授(以下JC ):きっかけは、私が芸術に個人的な関心を抱いていたこと(実は自分でもいくらかたしなみます)と、仕事柄、開発問題の研究に熱心に取り組んでいたことが結びついたことにあります。長い間別々の領域として存在していた芸術と開発を、組み合わせる方法について考え始めたのです。それがこの本の始まりです。そして、いざこのアイデアについて考察と研究を始めてみると、両者の間には数多くの関連性があるということがわかったのです。

KO:開発の世界では、芸術は社会の副産物か、せいぜい開発プロセスの単なる手段とみなされがちです。こうした考え方はどのような潜在力を見逃しているのでしょうか?この本が芸術、文化、開発の認識方法にどのような影響を及ぼしてほしいと思いますか?

JC:残念ながら、芸術が副産物とみなされがちだというのは事実です。しかし、芸術を始めとする文化が、私たちが日常生活のほとんどを過ごす環境そのものであることは、少し深く考えてみればすぐにわかります。

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画家(米国、アトランタ)Photo: C. Elle. Creative Commons BY-NC-SA (cropped).

戦時中に英国のある大臣が、戦争中に芸術への支出を削減するよう求められた時に、次のような非常に核心を突いた質問を返しました。「それなら我々は一体何のために戦っているのか?」開発についてもこれと同じことが言えると思います。私たちは何のために開発をしているのでしょうか?この質問に対するさまざまな答え(生活を豊かにするため、アイデンティティを表明するためなど)のうちの一部を、私の本で明らかにすることができればと思っています。

本当の意味で全体論的に開発をとらえるということは、経済的・政治的・技術的側面と同じくらい、文化的側面にも留意するということだと思います。インフラは、それを使ってなすべきところがなければ意味をなさないのです!

KO:あなたは「文化と開発」に加えて、「文化の開発」という概念も提唱していますね。これはどのような概念なのでしょうか? また、なぜこの概念が重要なのですか?

JC:これはこの本全体の要となる考え方です。私の関心は開発のさまざまなレベルに及びました。すなわち芸術の手段的・教育的役割、芸術が文化のアイデンティティの大部分を構成しているという事実(ダンス、建築、絵画など)、治療法や仲裁メカニズムとしての役割、ならびにジェンダー関連に限らず、若者、少数民族、難民、その他の社会的弱者のエンパワーメントにおいて芸術が果たす役割などです。

とくに、ある分野(この場合は芸術)における創造力とイマジネーションが、私が「社会的創造力」と呼ぶ分野にも波及するしくみに関心を持ちました。「社会的創造力」とは、環境、社会的不平等、新たな家族協定、およびその他さまざまな領域の問題についての新たな考え方です。

KO:あなたは、芸術によって、社会的包摂やエンパワーメントを促進または経済的機会を生み出して貧困を緩和することが可能だとおっしゃっています。芸術と開発に関する革新的な実験手法の中から、文化が社会改革の主体となり得ることを示す実例をいくつかあげていただけますか?

JC:たくさんの実例があります。例えば私は、オリッサ州のへき地に暮らす部族と協力して活動しているコルカタの芸術家たちと関わったことがあります。彼らは貧困緩和の手段として、またジェンダー問題の解決策として、地元の工芸品生産を活性化しています。

宝飾品を作っている女性たちは、コルカタやその他の都心部で自分たちの商品をかなりの高値で販売することができ、収入を確保して自分たちの活動や子供の養育費に充てることができるようになりました。この地域の男性はお酒を非常によく飲み、余分な収入があれば自分のために使ってしまいがちです。しかし工芸振興の取り組みによって、女性たちは収入と自尊心を手に入れ、コミュニティの芸術的伝統が維持されています。

この本では、ルワンダのキガリで実施されているイヴカ・アート・プロジェクト などの事例を紹介しています。ここでは、ジェノサイドによる深い亀裂と精神的痛手(トラウマ)に苦しむ社会において、芸術が社会療法の有益な形態となっています。

演劇についても同じことが言えます。例えばインドでは、社会変革、ジェンダーやカーストの問題、HIV /エイズなどの話題、水の節約のような優良農業慣行など、さまざまなテーマに関するメッセージを伝えるための方法として演劇が利用されています。

この本ではこうした事例をたくさん紹介しており、今挙げたのはそのうちのほんの一部です。お話ししたい事例は他にもたくさんあります。

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阿波踊りを踊る人々(日本)。 Photo: Agustin Rafael Reyes. Creative Commons BY-NC-sa (cropped).

KO:国際開発プログラムの資金を確保するための競争は非常に激しく、芸術・文化関連のプログラムへの資金提供は往々にして論議を呼びます。開発の成功に欠かせない要素として芸術や文化を振興するためにはどうすればよいでしょうか?

JC:これは非常に現実的な問題です。国連教育科学文化機関(UNESCO)は最近、開発の1つの様式として「創造産業」という概念を推進し始めました。これはつまり、音楽、映画、工芸といった活動の振興を、それ自体が重要な経済活動として積極的に促進するということです。問題は、こうした分野への資金提供が優先されることはまずないということです。ある国にたとえ文化関連の省庁があったとしても、たいていの場合はあまり重視されておらず、十分な資金が与えられることもほとんどありません。

しかし、UNESCO のイニシアチブやその他の同様の取り組みは良い影響を生んでいると思います。そうした取り組みは、政府に(観光振興などの目的のためにせよ)文化の重要性を再確認させるとともに、出資機関の注目を集めて、従来的なインフラプロジェクトだけでなく文化プロジェクトにも資金を提供してもらうよう促すことができます。

芸術をめぐる経済的議論はもちろん重要です(芸術家も食べていかなければなりません!)。しかし、芸術の内在的な重要性について、また芸術がなければ私たちの生活はきわめて貧しいものになってしまうという事実について、周知を促し続けることも必要です。結局のところ、ひとたび開発が済んだら私たちは夜ごと何をするのでしょうか?いずれにせよ考えてみると、食べるものや着るものにしろ、家の装飾にしろ、あらゆるところに文化は存在します。開発が目指しているものは何か、何のために開発をするのかという疑問をつねに持ち続けるならば、文化は重要なものであり、「開発」を達成してから(もちろん本当に開発を達成することは決してできませんが)付け加えられるぜいたく品や「余分なもの」などではないという考え方をさらに普及させることが可能です。

もう一つの観点は、よく見られる開発の失敗について考えることです。善意に基づくと思われる政策が、計画や期待通りの成果を生まないことがあるのはなぜでしょうか?多くの場合、その原因は文化的・社会学的な側面が無視または軽視されていることにあります。これは、医療や農業といった分野にとくにあてはまります。地元の農民にとっては、儀式が種と同じくらい重要な場合もあるのです。

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ジョン・クラマー教授 Photo: C. Christopherson/UNU.

KO:創造的芸術を重視する「総体的な開発」という認識を国内および国際的な開発政策に反映させるためにはどうしたらよいでしょうか?

JC:もちろん私は芸術が主流化されることを望んでいます!しかしそのためには、今述べたような考え方がもっと広く受け入れられる必要があります。

芸術と開発について論じたこの本が、先に出版された文化と開発に関する著書「Culture, Development and Social Theory: Towards an Integrated Social Development(文化、開発、および社会理論:総合的な社会開発を目指して)」や、 芸術の社会学に関する著書「Vision and Society: Towards a Sociology and Anthropology from Art(ビジョンと社会:芸術から見た社会学と人類学)」とともに、関心を喚起し、大きな成功を収めているいくつかのモデルについての知識を提供し、より総体的または全体論的な開発の認識とはどのようなものかを示すため、触媒としての役割を果たしてくれることを望んでいます。

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開発の創造、創造力の開発:芸術が社会を変える by カタリーナ・オイヴォ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

カタリーナ・オイヴォは、地球規模の開発問題に取り組んでいる政治社会学者で、市民社会、人権、社会と環境の持続可能性にとくに強い関心を寄せている。国連大学のジュニアフェローを務めた経験がある。