データは世界経済の生命線だが、データの越境流通は規制されがち

データの価値が高まる中、国境を越えたデータ流通は、国家安全保障、プライバシー、経済的利益といった各国政府課題の焦点となっている。

私が最近中東のとある裕福な国を訪問した際、目を見張る技術インフラが整備されていたものの、WhatsAppでの通話はできなかった。通話ができなかったのは技術インフラに不備があったからではなく、WhatsAppでの通話が禁止されていたためであった 

専門用語で言えば、WhatsAppには越境データ流通が存在しないということである。越境データ流通は、経済や人権などにどのような影響を及ぼすのだろうか。 

現在のデジタル時代において、データはもはや単なる取引や交流の成果物ではない。データは資産であり、イノベーションのきっかけであり、世界経済にとって不可欠な要素である。 

データは国境を越えて流通し、予測分析や人工知能パーソナライズされた顧客体験に至るまであらゆるものの原動力となることから、現代ビジネスの生命線となっている。しかし、データの価値が高まるにつれ越境データ流通を中心に、各国の政策論議の焦点となっている。 

簡単に言えば、越境データ流通とは国境を越えた情報のやり取りである。ロンドンと南アフリカの事務所間で従業員データを共有する多国籍企業であれ、米国のクラウドストレージを利用するナイロビのスタートアップであれ、日本のサーバーから動画を視聴する欧州のユーザーであれ、越境データ流通は常に発生し、莫大な量となっている。 

こうした流通が企業の効率性、規模の拡大、イノベーションを促進し、消費者向けのさまざまなサービス、コンテンツ、テクノロジーを可能にする。その一方で国家安全保障、プライバシー、経済的利益の観点から各国政府を悩ませる課題にもなりうる。 

データの無制限な流通に関しては、正当な懸念がある。各国は自国民のプライバシーについて懸念し、データの漏えいや不適切な利用を警戒している。 

各国はまた、自国の企業が多国籍テック企業によって埋もれてしまうといった、潜在的な経済的不利益についても懸念している。データはスパイ行為やサイバー攻撃にも悪用できることから、国家安全保障の観点からも懸念点の一つとなっている。 

しかし、データの国内保管を企業に義務付けるデータローカライゼーション規制などの過度なデータ流通の規制は意図せぬ結果を招くおそれがある。 

制限の代償

データ移動の制限は、企業がグローバル市場にアクセスし、最先端の技術インフラを利用することを妨げるおそれがあるほか、コストを引き上げ、競争力を低下させる可能性がある。 

またこうしたデータ移動の制限は、イノベーションの停滞につながるおそれがある。多くの技術的進歩、特に人工知能の進歩には膨大な量のデータが必要である。そのような情報へのアクセスが制限されると、イノベーションの速度が低下する可能性がある。 

越境データ流通が制限されると、企業は新たな製品やサービスを開発するために必要な情報にアクセスしにくくなる。なぜなら世界のデータの大半が米国と中国を中心とした一握りの国によって保管されているためである。外国企業がこうした情報にアクセスできなければ、競争上の不利益を被ることになる。 

国境を越えたデータの移転が制限されると、多国籍企業の事業コストが増加するおそれもある。なぜなら多国籍企業はデータセンターを現地に開設したり高額なデータ移転サービス費用を支払ったりすることを余儀なくされる可能性があるからである。こうした出費は中小企業の世界的な競争力を低下させるおそれがある。 

データへアクセスしにくくなり、コストが上昇すれば、企業がイノベーションに投資しづらくなる。イノベーションにはリスクと費用が伴うため、企業は投資を回収できるという確信がなければならないからである。新たな製品やサービスを開発するために必要なデータにアクセスできない企業が、イノベーションを行ってリスクを取る可能性は低い 

イノベーションが経済成長に不可欠な原動力であることを踏まえれば、イノベーションの減退は、経済の拡大を妨げかねない。企業がイノベーションを起こせなければ、生産性と競争力も損なわれる。これにより雇用が失われ、経済生産高が減少する可能性がある。 

インターネットへのアクセス

データ流通の制限はインターネット上の分断を招く。かつては普遍的だったインターネットも、各国が独自の法令や規制を課すにつれて断片化する危険性があるその結果独自のユーザ体験、接続性の低下グローバルにつながった世界というビジョンからの後退に至るかもしれない 

各国のセキュリティ基準やプライバシー規制はそれぞれ異なるため、企業が自分たちのデータを保護し、こうした基準・規制をすべて順守することは困難になっている。そのため、企業はセキュリティやプライバシーの基準が緩やかな国で事業を行うことを選択し、インターネットが断片化するおそれがある。 

国家間の政治的緊張が国際的なデータ通信の制限につながることがある。これは各国が敵対的とみなす国との情報共有に躊躇する可能性があるためだ。政治的緊張がある国では企業活動ができなくなるおそれがあることから、インターネットの断片化につながり得る 

越境データの通信量の規制はインターネットの断片化など、さまざまな悪影響を及ぼすおそれがあることから、各国政府はプライバシー、セキュリティ、国家安全保障の保護と、すべての人がインターネットにアクセス可能な状態を維持することとの間で適切なバランスを取らなければならない。 

制限的アプローチではなく、各国は統一的でバランスの取れた体制を推進する原則を採用することができる。第一に、各国が互いの規制枠組みを尊重し、手法の違いにかかわらず共通の目標を認識する相互承認の原則を導入する 

第二に、法域を越えた基準を確立し相互運用性の原則を実施することで、現地法を順守したデータの移転が可能になる。各国政府は、自国のデータ政策に対する透明性を確保でき、企業に対し、活動に必要な施策を明確化することができる。 

第三に、転送中のデータのセキュリティを確保するための強固な暗号化を推進してリスクを軽減し、信頼性を高める 

第四に、責任ある越境データ流通を支援する世界的なデータ流通メカニズムを発展させる。 

優れた事例として、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)が挙げられる。これは、2019年に日本政府が提案した構想で、プライバシー、セキュリティ、知的財産権の保護を保障しながら、自由な越境データ流通を推進するものである。 

したがって、私たちは公正公平と人権の原則に基づいた自由な越境データ流通に関する国際条約を策定しなければならない。この点に関し、アフリカ連合は、アフリカ大陸を対象とするプロトコルを策定すべきである。 

データの本質は公平性にある。データの価値は、その応用、解釈利用によって実現される。私たちは自由で安全な越境データ流通を保証することで、進歩やイノベーションを促進し世界中で相互に接続したコミュニティの実現を育むことができる 

デジタルコヒージョン(デジタル上の結束を追求する世界において、責任ある越境データ流通を確保することは不可欠である。 

・・・

この記事は最初にDaily Maverickに掲載されたものです。Daily Maverickウェブサイトに掲載された記事はこちらからご覧ください。

 

著者

チリツィ・マルワラ教授は国連大学の第7代学長であり、国連事務次長を務めている。人工知能(AI)の専門家であり、前職はヨハネスブルグ大学(南ア)の副学長である。マルワラ教授はケンブリッジ大学(英国)で博士号を、プレトリア大学(南アフリカ)で機械工学の修士号を、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)で機械工学の理学士号(優等位)を取得。