クリストファー・ホブソン
早稲田大学クリストファー・ホブソン博士 Christopher Hobson は、早稲田大学政治経済学部の講師で、国連大学の客員リサーチフェロー。それ以前は、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の「平和と安全保障」部門のリサーチ・アソシエイト。オーストラリア国立大学国際関係学部で博士号を取得し、過去にはアベリストウィス大学国際政治学部の博士研究員を務めていました。
この数週間、日本政府が福島第一原子力発電所(福島第一原発)における多重危機の管理において直接的な役割を担うよう求める声が、国の内外からます ます高まってきている。最新の世論調査によると、国民の91パーセントが政府の介入を望んでいる。エコノミスト誌は福島を「悪夢」と表現し、ブルームバー グの編集者は福島を安倍政権にとっての「グラウンドゼロ(爆心地)」と考えている。東京電力(東電)による損傷した原発の対処は怠慢と失策を重ねており、 東電が福島第一原発の廃炉という途方もなく困難かつ重要な課題を遂行できるかどうかについて、きわめて深刻な疑念が強まっている。安倍政権にとっては政治 的に不都合なことかもしれないが、手遅れになる前に福島第一原発に介入し、政府に管理を移行させるべきときである。
当然のことながら、福島第一原発に関する論評の多くは、高レベルまたは低レベルの放射能が混入した大量の汚染水漏れに集中している。ストロンチウム 90を含む、推計300トンの高濃度汚染水が、事故後数カ月で急きょ建設されたタンクから漏れ出している。この状況は、8月21日、国連の7段階からなる 国際原子力事象評価尺度(INES)に基づき、「レベル3(重大な異常事象)」に引き上げられ、福島第一原発の最初のメルトダウン以来報告された中で最も 緊急を要する問題となっている。この貯蔵タンクからの汚染水漏れは、最初に事故が起こった2年半近く前から汚染水が海洋に流出していることを東電が認めた 直後の発覚となった。危機が頻繁に発生していることから、原子力規制委員会(NRA)の田中俊一委員長は、福島第一原発は「次から次へといろいろなことが 起こるお化け屋敷」のようなものだと述べている。
今のところ福島でこれ以上にひどい問題が起こっていないというのは、日本にとっては非常に幸運なことである。しかし運はいずれ尽きる。東電が廃炉工 程の担当に留まりつづける限り、それだけ日本の状況は悪化する。福島第一原発での深刻な汚染水の問題やその他の失策を軽視せずに、事態は容易に、そして一 瞬のうちに悪化しうるものであることを認識する必要がある。
11月には、東電は原子炉4号機から使用済み燃料を除去するという細心の注意が必要とされる作業を開始する予定である。4号機のプールには 1,300本の使用済みの燃料棒がある。それらの重量は合計400トン、広島の原爆で放出された14,000倍に相当する放射線が含まれている。使用済み 燃料プールは地上18メートルに設置されており、地震と津波により損傷し、劣化が進んでいる。さらに衝撃を受ければ被害を受けやすく、地盤の液状化現象の 危険にもさらされている。核分裂生成物の中でもきわめて有害なプルトニウムを含む、使用済み燃料を除去することが緊急の課題である。
本来ならば、使用済み燃料の除去は、通常コンピューターを必要とする困難な作業である。しかし損傷により、4号機と他の5つの原子炉からの使用済み 燃料の除去は手動で行わなければならない。この作業は困難な条件で実施されるため、さらに別の事故が発生する危険性を高める。何か不具合が起こった場合、 これまでに世界で発生したいずれの原発事故よりもはるかに深刻な結果を招く可能性がある。燃料棒の除去作業中に、落下、破損、絡まるといったことが起こっ た場合には、大爆発、プール内でのメルトダウン、大規模な火災など、最悪の事態になる可能性もある。これらいずれの事態でも発生すれば、大気中に致命的な 放射性核種が大量に放出され、東京や横浜といった大都市を含む日本の広い範囲、そして近隣諸国さえも深刻な危険にさらされることになる。
このように危険性が高い時に、誰に任せたいと考えるだろうか? 東電の実績は、失策に次ぐ失策、不手際に次ぐ不手際と救いがたいものである。現在で さえ、東電そして私たちが直面している状況の深刻さを、東電が完全に理解しているという兆しは見えない。したがって、福島第一原発の廃炉を国際的な専門家 による対策委員会の支援を受けて日本政府が遂行することは、きわめて重要な、文字通り、国家安全保障の問題なのである。汚染水の問題については、茂木敏充 経済産業大臣が、「今後は国が前面に出る」ことを、月曜日に発表した。これはスタートに過ぎず、まだ十分ではない。東電は、廃炉工程全体の管理から退くべきである。
福島第一原発の事故を調査した独立委員会による主要な調査結果のひとつは、この事故は「人災」であるということだ。というのも、リスクと警告の兆候 が繰返し軽視またはないがしろにされてきたからである。この種の警告は、危機が始まって以来、原発から絶え間なく発せられている。政府が問題の重大性を認 識し、介入するには、いったいあといくつ警鐘が必要なのだろうか?
安倍首相らが直接この仕事を引き受けたくないというのも、もちろん理解できる。政府がさらなる事故の責任の汚名を着せられる危険性があるからだ。し かしこの危機が東電にとって手に負えるものではないことは明白であり、大多数の国民は政府の断固とした介入を望んでいる。したがって責任は首相が引き受け るべきである。また、日本の経済と国の威信の復活を含む、首相としての重要な目標の多くの成否は、福島第一原発における危うい状況をうまく管理できるかど うか次第である。原子力推進のアジェンダさえも福島で何が起こるかに左右される。というのも、新たな問題や新事実の発覚のたびに、原子力に対する国民の疑 念は深まるばかりであるからだ。好むと好まざるとに関わらず、安倍首相の最終的な評価はこの問題への対処にかかっている。
今こそ行動を起こす時である、手遅れになる前に。
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この記事はThe Japan Times(2013年8月30日)に発表されたものを許可を得て再掲しました。
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