テラマス氏はサウスカロライナ州チャールストン在住の医学部教授・生物学者である。アクセント、教育、育ちはニュージーランド人だが、最近アメリカ国民となった。石油業界の外側から、石油に関する斬新かつ中立的な科学的知見を紹介している。
2009年、Oil-Price.netの記事に、2000年から2010年の間に石油価格ボラティリティ(変動率) が7回も乱高下を繰り返したことを示す図表を載せた。大荒れの2008年は1バレル140ドルにまで急騰したが、それもこの一連の動きの1つだ。予想外だったのは、石油価格ボラティリティの乱高下の特性が2000年代のごく初めに現れていることだ。
この点を掘り下げたところ別の驚きがあった。7回の価格ボラティリティの乱高下ごとに株式市場、金相場、その他経済指標にも連鎖反応が起こっていたのだ。そして、その相関性は2000年代だけにとどまらない。別の図表(図表1)は、過去50年の間、アメリカの不況と相場の下落の直前には必ず石油価格ボラティリティの乱高下があったことを示している。
株式市場で、1日としては過去最大の暴落を起こした1987年の不可解なブラック・マンデーですら、このパターンに当てはまるようだ。歴史的データをグラフにすると、1986年のOPECカルテル崩壊後の価格ショック後にブラック・マンデーが起こっていることがよく分かる。
石油価格のノコギリ形の変動と経済的混乱が鮮やかに対になっていることが分かり、私はこの関係性にはより深い関連性があるのではないかと考え始めた。特に2000年以降に現れた石油価格ボラティリティの特性がアメリカの投票者たちの気分や好みに影響を与えているのではないかと興味を持った。
アメリカはほぼ間違いなく、世界で最も化石燃料に依存している国だ。ここ数年でアメリカでは政党支持の不安定さと政治的党派心が増したことも広く認識されている。最近のアメリカの政治により険悪なムードが漂う理由の1つは、不安定な原油価格による不満なのだろうか。
この疑問の答えを求め、1999年12月から2010年7月の石油価格ボラティリティと3つの選挙関連の世論調査の関連性を検討した。調査は1)大統領支持率、2)議会の支持率、3)国の方向性について(投票者にこの国は「正しい方向に進んでいる」か「誤った方向に進んでいる」かを尋ねたもの)だ。
これらの調査結果のデータはRealClearPolitics.comとPollingReport.comで見られる。調査の意図、方法、アプローチについては2010年11月から始めたa wiki に詳しい。図表2 はwikiから得られた最初の発見をまとめたものだ。ここには2000年から2010年の間の石油価格ボラティリティと大統領支持率の調査結果のボラティリティのグラフが並べて示されている。
図表2によると、2000年から2004年までは石油と大統領人気に相関性は見られなかった。しかし第二期ブッシュ政権が始まってからは何かが変わり始めた。石油と経済指標の相関性に似た関係が見えるようになるのである。2004年以降には、石油価格の急騰が起こるたび、その約1カ月後には大統領の人気にかげりが見られる。
ホワイトハウスでは、石油価格の急騰と大統領支持率の関係についてのパターンに注目をする人はあまりいないようだ。この傾向はブッシュ政権に始まりオバマ政権になってもほとんど変わっていない。同じ傾向がほかの2つの調査においても見られる。違いがあるとすれば、「議会の支持率」と「国の方向性」の揺れ幅は大統領支持率より明らかに石油価格変動の影響を受けているという点だ。
図表2の2本のグラフをじっくり眺めてみるのも、両者のボラティリティサイクルの相関性を探る一つの方法ではある。だが、このようなデータを客観的に見て、そこに潜むリズムを探り、そのリズムに相関性があるかどうかを知るために、フーリエ変換という便利な数学を使ってみよう。
音楽はフーリエ変換が使われる一例だ。調律されたピアノの中央C(ド)は私たちの鼓膜を1秒に261.6回振動させる音波から発する唯一の音だ 。この音波がコンピュータに記録されフーリエ変換されると、そのグラフ、つまりその音の周波数スペクトルは中央C音の振動数(すなわち261.6ヘルツ )を頂点とする尖った波形となる。
1999年12月から2005年3月までの64カ月におよぶ調査では石油価格ボラティリティと振幅にリズムがないかを見るためフーリエ変換が行われたが、石油市場の不安定さとアメリカ政治の調査の間に単純な相関性は見られなかった。2000年代に入ってからの最初の約5年は、周波数スペクトルはラフマニノフのピアノコードのように複雑だった。
2005年4月から2010年7月までの64カ月では話は単純かつぐっと興味深くなる。図表3で見られるとおり、石油、大統領支持率、国の方向性の周波数スペクトルはこの約5年で1つの頂点を描いて落ち込んでいる。つまりフーリエ変換は石油価格ボラティリティ、大統領支持率、国の方向性が同じ「音」または繰り返しサイクルに調律されており、山形は32.3カ月ごとに現れていたのだ。
結論としては1999年~2010年の石油と政治は、最初は相関性がなかったものの、後に強い相関性を示すようになったということがフーリエ変換によってわかったのである。
この分析が過去にさかのぼっての分析であることは強調すべきだろう。この結論は1999年12月からの128カ月におよぶ検証期間から引き出されたものだ。同じパターンが安定して今後も見られるわけではないということも警告しておくべきだろう。この32.3カ月の遡及的フーリエ解析は、石油市場が変動的であるのと同レベルで予言的なわけではない。
とはいえ、新たな10年紀の最初の石油価格急騰は2011年4月に起こっている。2008年に石油価格が史上最高値を記録した2008年7月からちょうど32カ月後である。さらに特筆すべきは、その直後2011年9月にはオバマ大統領の支持率は任期中最低レベルにまで落ち込んだということだ。
相関性があるからといって因果関係を表すわけではない。しかしこれらのデータには一考の価値がある。石油価格ボラティリティの乱高下は何が原因なのかという疑問にも突き当たる。これはウォール街のカジノ性が暗く顕在化したものの一例に過ぎないとこれまでは考えられてきた。つまり商品取引業者が市場ボラティリティの諸悪の根源だという考え方だ。だが別の説明もある。ただこちらの方が厄介だ。
米エネルギー省によると、石油世界的生産率は2005年以降 目立って伸びてはいない。生産はここ5、6年は横ばいである。すぐに石油を使い尽くすという危険はない。むしろあの黒い物質がこんなに有り余っていたことはない。とはいえ、需要は伸び続けているが石油埋蔵量は限界に近づいていることを示す証拠はたくさんある。
世界の石油生産の横ばい状態は今後しばらく続き、その後減少していくだろう。この供給の横ばい状態と需要の増加こそ、2000年から2010年の図表1、2で示される石油価格のノコギリ形の変化の要因だろうと考える専門家もいる。
すなわち、現在の石油価格ボラティリティのギザギザの波形は心臓の鼓動のように自動的な過程なのかもしれない。このリズム的な波形は、この限りある世界での石油に対する限りない欲求に対する自然の副産物で、それに対し私たちはごく限られた支配力しか持たないのである。
今後、掘削活動をどれだけ増やしても石油価格の乱高下を抑えることはできないという予測を、次期大統領選の候補者が語ることはないだろう。同様に全ての政治家がしっかり聞き入れるべきなのは次の点だ。選挙戦に勝てるか否かは石油価格ボラティリティの繰り返しのサイクルが決定要因となってしまっているかもしれない。
一般の私たちにとって、ボラティリティのサイクルによる経済、派閥政治、社会機構への影響は深刻さを増すだろう。「ティーパーティ運動 (アメリカ保守派による反オバマ政権の運動)」や「ウォール街を占拠せよ」のような不満の表明、さらに保守的な共和党が大統領候補を決定できないことも、この繰り返しのサイクルが顕在化したものかもしれない。
たびたび起こる石油価格ボラティリティの激しい変動による見通しの不透明さと政治不安に適応することは今後私たちが直面する最大の試練の1つとなるかもしれない。
フーリエ変換解析を手伝ってくれた”メカニック”マイクに感謝を申し上げる。
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本記事は石油価格の情報サイトOil-Price.netに掲載されたもの。
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