足元にご注意:デリーのメトロ開発

大都市において、機能的で効率的な交通網は欠かせない。多くの都市では交通網はなくてはならないものであり、その歴史は都市開発について多くを語ってくれる。

世界初の地下鉄は1863年、ロンドンで建設された。当初は蒸気機関牽引の列車だったが、1890年に初めて電化された。それは都市の主要地点(鉄道幹線ターミナル駅)を結ぶものから、徐々に触手を伸ばし郊外へと広がった。

イギリスではこの新たな交通手段は2つの大戦の間に「メトロランド」として知られるようになり、眠たげな村々の目を覚まして一様に郊外の景色へと変貌させていった。そのおかげでロンドン西部の大部分が開発されていく。桂冠詩人サー・ジョン・ベッチェマンはメトロランドの精神やこの地域を待つ未来、近代化の波をとらえ、1954年につくった詩『A few late Chysanthemums』の中でこう表現している。

(原文)
Gaily into Ruislip Gardens
Runs the red electric train,
With a thousand Ta’s and Pardon’s
Daintily alights Elaine;
Hurries down the concrete station
With a frown of concentration,
Out into the outskirt’s edges
Where a few surviving hedges
Keep alive our lost Elysium — rural Middlesex again.

(翻訳)
ルイスリップガーデン駅へと愉快気に
赤い電車が滑り込んでいく
「どうも」と「失礼」を繰り返し
エレインが電車から優雅に降りたつ
眉根にしわをよせて集中しながら
コンクリートの駅を急ぎ足ですすむ
都心から遠く離れた郊外の町
そこは垣根がわずかに残る場所
生き続けよ 失われた理想郷-農村ミドルセックスよ、再び

[『A few late Chrysanthemums』の一編「Middlesex」の冒頭部分]

世界初クリーン開発メカニズム登録メトロプロジェクト

それから約1世紀、ロンドンからはるか遠く離れた多くの開発途上の都市では、人口の急増と経済成長により、深刻な交通問題に直面している。そういった都市の1つがデリーだ。ここインドの首都では差し迫った交通問題への対策としてメトロ(都市型電車)プロジェクトが進行中だ。

自家用車と二輪車の使用が急増し、公害、渋滞、事故の増加、二酸化炭素排出など様々な問題が生じている。自動車公害はデリーの大気環境汚染の主要因であり、2001年の大気汚染の72%を占めている。

当初、国家と州政府は車両と燃料効率に基づいて政策を定めていた。例えば、公共交通機関の古い車両を徐々に減らし、圧縮天然ガス(CNG)使用を義務付けるなどだ。しかし最近の政策は公共交通網改良に焦点を絞るようになった。その柱となるプロジェクトが新たなメトロネットワークだ。

デリーのメトロは4つのフェーズに分けて計画されており、既に2つのフェーズは完成している。ネットワークのフェーズ1と2は総延長距離が193キロで、それぞれ2006年と2011年に開通した。このプロジェクトには、主に独立行政法人国際協力機構(JICA) が政府開発援助(ODA)を通して資金援助を行っている。フェーズ1と2の費用の65%はこの援助でまかなわれている。

フェーズ3と4は2021年に完成予定で、ネットワークの総延長距離は414キロになる予定だ。現在、デリーのメトロは市内へ移動する人々の20%足らずの約180万人が利用している。

このメトロの主な特長は、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)クリーン開発メカニズム(CDM)から炭素クレジットを得る世界初の鉄道事業となったことだ。このブレーキシステムは、システム全体を稼動するエネルギーの35%を回生することができる。この電力回生ブレーキテクノロジーにより、車両がブレーキ作動時に発電し、その電力は走行時の車両に必要な電力として再利用される。デリー・メトロ・レール株式会社(DMRC)の試算によると、電力回生ブレーキのおかげで、2007年から2017年の間に毎年41,160トンの二酸化炭素が削減される。この数字には、メトロ利用により減少した自動車の排出削減量は含まれていない。DMRCの2つ目のCDMプロジェクトも進行中で、 これは人々が車からメトロへ乗り替えることを前提にしたものだ。

メトロシステムに対する有識者からの批判

炭素クレジットが得られ、建設も急ピッチで進められているにもかかわらず、デリーメトロは議論が分かれる都市政策の1つである。学者、専門家やメディアの中には、乗客数が予想をはるかに下回るとしてこのプロジェクトに批判的な者もいる。

最近のある報道では、このメトロが世界最安の料金システムであるにも関わらず、費用は増大するばかりで乗客数は少ないことを嘆いている。デリーにあるインド工科大学のディネーシュ・モーハン教授は、このメトロはデリーの拡散した都市構造を考えると、費用のかさむ不十分な対策だとして厳しく批判している。とはいえ、教授は、デリーが世界を舞台に闘うには威信をかけたプロジェクトが欠かせないことも認めている。だがそれは外国の請負業者やアッパーミドル階級の人々に向けたものだ。貧しい地域社会やカーストの下級層の人々と違って、彼らは地メトロ建設にあたり強制退去させられることなどないのだから。

炭素クレジットが獲得でき、建設も急ピッチで進められているにもかかわらず、デリーメトロは議論が分かれる都市政策の1つである。

モーハン教授によると、さらに広い視野で見ると、20世紀前半ならメトロは競合相手も少なく、注目を集めていた。現在の都市には道路網も充実し、バスへの配慮、特に高速バス(専用車線が設けられている)などが代替手段として存在する。限りある資金で複数の開発目標を達成する必要がある開発途上国にとって、道路網が充実していれば、それはメトロよりはるかに安価な交通手段である。

いずれにせよ、自家用車の魅力は否定しがたい。原付や自動車を一度所有してしまった人々をバスや電車に乗せるのはたやすいことではない。しかも今では車にはエアコンが標準装備されており、長い通勤時間にも耐えられるような快適仕様が凝らされているため、事態はいっそう難しい。特に暑くじめじめした気候の場合はそうだ。

メトロをチームプレーヤーに

人が交通手段を選ぶ際、利便性が重要視される。料金が手頃で目的地まで楽に移動できる手段なら利用者は増える。だからアメリカでは車の利用が圧倒的だし、アジアの途上国では原付への関心が高い。

よって自治体は、とりあえずメトロを建設し、新たな交通手段ができたというだけの理由で市民が利用してくれると期待してはいけない。低料金システムは確かに利点ではあるが、メトロを最も人気の交通手段にしてくれるわけではない。デリーの場合がそうだ。ここでキーワードとなるのは「連携」である。

他の重要な都市環境とうまく連携しているメトロのみが、個人的な乗り物と競合でき、自動車利用からメトロ利用へ切り替えさせることができる。

他の重要な都市環境とうまく連携しているメトロのみが、個人的な乗り物と競合でき、自動車利用からメトロ利用へ切り替えさせることができる。最近の調査はデリーのメトロ利用者が少ないのは、他の交通手段、人口の中心地、職場との連携がうまくとれていないことが原因だと指摘している。

都市の交通政策として重大な2つの点は、各種交通手段を連携させることと、公共交通機関を主要な職場、住宅地、商業地区を結ぶことだ。交通手段の連携を良くすれば乗り継ぎの移動も楽で早くスムーズ(バリアフリー)になり、家から目的地までの移動時間が短くて済む。これを考えるとメトロの駅は歩行者にとっても、自転車、バス、原付や車の利用者にも簡単に利用できるものであるべきだ。これは物理的には都市の交通インフラ(メトロはいくつかの駅へのバス運行も行っている)の改善や、スマートチケットやリアルタイムの運行情報提供などによって達成可能だ

さらに効率を改善するには、メトロプロジェクトは土地利用計画と都市開発シナリオと一体となって行われなければならない。そのような統合には関係機関や地域レベルの政策立案者との協力、連携が必要だが、それは必ずしも簡単ではない。デリーではメトロプロジェクトの早期着工のためDMRCは法定免除を受け、膨大な権力を持つ特権企業として設立された。この特権のためプロジェクトの進行は迅速だったが、それによりデリーの交通セクターでは各種機関間の競争が増した。現在いくつかの機関が都市の交通インフラ改善のため高速バス線、モノレール、ライトレールシステムの建設を行っているが、各々の協力と連携はほんのわずかにすぎない。

進め メトロランド

ベッチェマンが捉えた、都心と郊外の生活を幸せに結んだ「メトロランド」全盛期のビジョン。その21世紀版が、デリーの路線の端で繰り広げられている。ドワルカ、グルガオン周辺地域の大規模なビル開発はメトロランド時代とは少し異なるビジョンだ。とはいえ、そのプロセスは変わらない。デベロッパーは、デリーのメトロの完成を間近に控え、新たな集合住宅建設に意欲を見せる。それは人口1600万人の巨大都市のニーズにこたえる、より密度の濃いバージョンだ。

現実的には、急速に開発が進む都市での移動手段に関する問題を解決するには、数多くの戦略を練らなければならない。ライバル同士は自己の利益を守ることばかりにとらわれず、交通手段の連携のために協力することが重要だ。連携の取れた都市交通網は、乗り換えに伴う経済的、物理的コストの削減にもなる。

デリーのメトロが予想された乗客数を得られるかどうかは、後になってみないとわからない。それでもデリー・メトロ・メール株式会社は、今日も進んでいく。彼らがメトロ建設の経験から得た技術や知識は南アジアの各都市にとって参考となるだろう。

翻訳:石原明子

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著者

クリストファー・ドール氏は2009年10月に、東大との共同提携のうえ、JSPSの博士研究員として国連大学に加わった。彼が主に興味を持つ研究テーマは空間明示データセットを用いた世界的な都市化による社会経済や環境の特性評価を通し持続可能な開発の政策設計に役立てることだ。以前はニューヨークのコロンビア大学やオーストリアの国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis)に従事していた。ドール氏はイギリスで生まれ育ち、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジにてリモートセンシング(遠隔探査)の博士号を取得している。