持続可能な開発のための新たなガバナンス

持続可能な開発のための制度的枠組みの改革については、すでに数十年にわたり、研究者と政策決定者の両方が議論しているが、そのプロセスから、期待が一点に収束するような気配はいまだに見られない。理由のひとつは、国連の制度、とりわけ環境や持続可能な開発に関する制度と、持続可能な開発の問題についての政治的な現実の間のギャップが広がり続けていることだ。

21世紀の問題や政治的ダイナミクスは、国連システムが構築された1945年とは異なっている。今日の問題はより強烈、より多様で、時間や空間、セクター間の相互依存性、複雑性、そして不確実性を特徴としている。

増大する変化は、持続可能性に向かう多少の前進をもたらした。しかし、グローバル規模の変化に関係する問題の数や影響、相互依存性、複雑性を考えると、持続可能な開発を管理する現在のシステムはもはや十分ではない。持続可能な開発のためのガバナンスには、根本的な変革が必要となっている。

それゆえに、私たちはイニシアチブを握り、持続可能な開発のための制度的枠組みの改革の状況と方向性について、掘り下げて研究を行ってきた。既存の科学的知識と知見に基づいて、私たちは必要とされている根本的な変革に野心的(しかし適切な)ビジョンを提供することを目指してきた。

このアイデアは、「箱根ビジョン」と呼ばれている。名前の由来は、このアイデアが策定された2011年9月のワークショップの開催地が箱根だったことだ。このワークショップには、約20名のEarth System Governanceの研究者および政策立案者が参加して、現代の社会科学の知識を利用し、集団による社会学習の手法を用いて行われた。ワールド・カフェと呼ばれる手法だ。

ワールド・カフェの考え方では、参加者は「3~4人の人たちと一緒に対話を発展させながら、同時に、より大きな1つの会話の流れの一部でいることができる。花々を行きかうミツバチのように人々がグループ間を移動し、アイデアの他花受粉を行うことで、本当に重要な疑問や問題について新たな洞察を得る。こうして、少人数の間で行われた親密な会話は互いに結びつき、さらに発展する」のだ。ワールド・カフェの共同創始者、アニータ・ブラウン氏とデイビッド・アイザックス氏によると、その結果、「新たな結びつきのネットワークが広がるにつれて」知識共有は膨らみ、「全体の認識はますます強固になっていく。集団で作り上げられた英知はより理解されやすく、行動に向けて革新的な可能性が浮かび上がる」という。

Earth System Governanceをテーマとした箱根ビジョン・ファクトリーは、持続可能な開発のための制度的枠組みの状態を評価し、主要な課題を明らかにし、改革案を評価した。

持続可能性ガバナンスは、明快なビジョンのある根本的な変革を必要としている。変革の重点項目は、到達目標、アクター、構造という、互いに関連のある3点だ。

到達目標

私たちは極めてダイナミックで人間が支配的な地球システムの中で生活しており、そこでは、非直線的で、突然で、後戻りができない変化が起こる可能性があるというだけでなく、起こる可能性が高い。「アントロポセン」時代(人間の行動が地球システムを劇的に変える、新しい地質学の時代)における持続可能性ガバナンスで求められているのは、目的、根本的な価値観、規範が、知識や不確実性と同様に、精緻かつ明確にされていることだ。

第二次世界大戦後の制度が確立されてから、ガバナンスのゴールは大きく変わり、ガバナンスのシステムに変革が求められるようになった。国際コミュニティは持続可能性の優先順位、道筋、質的および規範的目標について議論すべきだ。

この点で、持続可能な開発目標(SDGs)が、ミレニアム開発目標(MDGs)と合わせて、またはそれを補足するものとして議論の対象になってきたのは、重要な政治的ターゲットにつながるものだ。このような傾向は、議論に弾みをつけ、持続可能な開発に関心を惹きつける。今後も関連性と重要性がきわめて高いMDGsを成功させることと合わせて、SDGsがどのように位置づけられるかを決めるには、慎重に考える必要がある。

また、経済的価値に基づく持続可能性ガバナンスへのアプローチは不十分で、持続不可能な開発の原因にもなることが明らかになってきた。開発を測定する際には、GDPや市場価値だけにとどまらないことが明らかに必要だ。人間の福祉やクオリティ・オブ・ライフは重要な付加価値である。生態系サービスやその他の生物の非アントロポセンの価値についても考慮しなければならない。

人間開発指数(HDI)など、GDPに代わる基準が開発されている。持続可能な開発のゴールおよび方法論をさらに探究すれば、持続可能な開発の3本柱の変数を組み合わせた、1つの持続可能な開発指標、あるいはトレードオフなしで同時に追求されるべき、いくつかの指標が明らかになるだろう。こういったものは有益で妥当な政策ツールとなりうるが、制度および資金の下支えの提供があることが条件だ。

アクター(主体)

持続可能性ガバナンスにおいては、人々が人々のために責任を持って参加し、解決策を示すことが必要だ。ガバナンスの進化する性質とグローバル規模の変化の問題があいまって、多様で多数の非国家主体が関与するようになっている。非国家主体を国連の政府間システムに含めるメカニズムは賞賛されるべきものだか、まだ十分ではなく、また徹底的ではない(それゆえにしばしば適切でない人材が登用されている)。

このようなことを踏まえたうえで、現在の政府間システムに、より適切な人材が登用されるようにするには、チェックとバランス(政府と非国家主体間で)のメカニズムを加えるのも1つの方法だ。参考になる例としては、欧州連合理事会に対する欧州議会が挙げられるだろう。このようなメカニズムを計画するにあたっては、機能麻痺に陥らないように注意を払うべきである。尊敬を集める人々や組織、地方自治体、コミュニティ、市民団体を持続可能性ガバナンスに含め、他のアクターの意義ある関与を可能にするメカニズムが必要だ。

さらに、ソーシャルメディアを含む情報技術も、政策決定プロセスでしばしば隅に追いやられるグループや個人が声を上げる場になり、境界を越えたコミュニケーションと審議を刺激、促進することで、持続可能性ガバナンスを支える力を持っている。しかしながら、参加者が分散されること(投票など)の妥当性や責任については、特にこれらの技術があまねく利用できる状況にないことから、まだ議論の余地がある。

このように、新たなアクターが登場すれば、より幅広い手段を備えたガバナンスシステムが必要になる。アクターの中で中心にいるのは国家だが、説明責任がある、効果的な持続可能性ガバナンスには非国家主体が必要だ。選択肢としては、民間のガバナンス(森林管理協議会や海洋管理協議会など)や官民のパートナーシップの強化が挙げられる。非国家主体の説明責任と妥当性を確実にするためには、保障措置も準備しておく必要がある。

構造

持続可能性ガバナンスの構造は再構築が必要で、それに際しては、統合の強化、制度および政策決定メカニズムの改善も行わなければならない。必要とされている根本的な変革に向けて、持続可能性ガバナンスの構造の面で提言されることは、次のような一連の基準に基づいて評価する必要がある。

これらの基準の1つでも、適切な取り決めができていなければ、根本的な変革ができる見込みは低くなる。

持続可能な開発協議会

到達目標、アクター、構造の議論をもとに、箱根ビジョン・ファクトリーでは、ガバナンスを向上させる持続可能な開発のための制度的枠組みの再構築に関する提案の多くについて議論し、評価した。これらの議論から、「持続可能な開発協議会」というような機関を設立する案について、より真剣に考える価値があることが明らかになってきた。

そのような講義会を設立する動きは、その他の持続可能な開発のためのガバナンス改革と慎重にバランスを取る必要がある。また、その組織は持続可能な開発のための制度的枠組み全体(国連システムも含む)に巧みに組み込む必要がある。

持続可能な開発協議会の権限については、さらに調査と審議を重ねる必要がある。それは、2012年の国連持続可能な開発会議で動き出すかもしれない。とりわけ、そのような協議会の権限と憲章には、危機に際してのガバナンスについて、たとえばWHOと同じようなメカニズムと権限を盛り込むことができるだろう。

協議会のメンバーに含まれるのは、GDPなどの一連の基準を元に選出された主要加盟国(貢献能力が高い国々)、持ち回りで任にあたる加盟国(特定の問題に最も影響を受ける国々)、非国家主体(市民組織)などになるだろう。

メンバーの責任はグループ毎に異なるかもしれない。しかし、各グループのメンバーの最適数についてはさらに検討する必要がある。また、全体のメンバー数は必要充分に抑え、しかるべく効率的に決定が行われるようにするべきである。

ガバナンスが徐々に、中長期的に進化する性質を鑑み、協議会は二院制とすることも考えられる。一方は政府、そしてもう一方は、非国家主体から選ばれた、各問題を専門とする代表者で構成する。

一般的に、特定多数決は持続可能な開発のためのガバナンスの政策決定の質と明快性を上げるのに確実な方法である。提案されている協議会のレベルの高さを考慮すると、一般的な「一国一票」の無記名投票による政策決定手続き、総意の再定義、あるいはその他の革新的なモデルのいずれに基づくものであろうと、意思決定プロセスは慎重に策定することが必要だ。

持続可能な開発協議会について、学界および政界で検討と創設を進めていくにあたっては、持続可能な開発において環境という柱の強化が求められていること(UNEPの地位向上など)も除外してはならない。さらに、それは経済的ガバナンスの意義ある関与および強化の文脈において行われなければならない。

重要なことだが、経済システムの基本的な改善も、持続可能性ガバナンスの根本的な変革に加えて必要である。この点では、グリーン経済を持続可能な開発のための制度的枠組みに結びつけるべきである。

箱根ビジョンは最後に「憲章の時」を求めている。その始まりは、2012年の国連持続可能な開発委員会(リオ+20)かもしれない。私たちが「憲章の時」というのは、持続可能な開発のためのガバナンスの根本的なきまりを制定する必要があるという意味だ。それは、21世紀の課題をより良く反映したもので、国連憲章の改正を必ずしも伴うことはないが、いずれはそれも関わってくるかもしれない。

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今後の計画: The Tokyo Conference on Earth System Governance: Complex Architectures, Multiple Agents(Earth System Governance東京会議:複雑な構造、多様な関係者)は2013年1月28日から31日まで東京の国連大学本部で開催予定です。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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持続可能な開発のための新たなガバナンス by ミシェル ベツィル and 蟹江 憲史 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ミシェル・ベツィル氏はコロラド州立大学の政治学准教授で環境ガバナンス・ワーキング・グループの設立者兼共同リーダーである。Earth System Governanceプロジェクトの科学諮問委員会委員も務める。

蟹江憲史氏は国連大学高等研究所の持続可能な開発のためのガバナンス・イニシアチブのリサーチフェローで、東京工業大学大学院社会理工学研究科の准教授である。地球環境変化の人間社会的側面国際研究計画のEarth Systems Governance(地球システム・ガバナンス)プロジェクトにおいて科学諮問委員会委員を務めるほか、Global Environmental Governance 誌の編集委員でもある。