キヌアがアンデス地方に富をもたらす

ボリビアの砂漠で、モノクロのパノラマを背景に色鮮やかなキヌアの花畑が広がる様子は目を見張るほど美しい。収穫できる頃には、キヌアは人の背丈より高くなり、その穂は紫、真紅、黄土、オレンジ、黄色などの色を呈する。

ロイヤルキヌア(キヌア・レアル)は過酷な環境でもよく育ち、夜の霜にも40度を越す日中の気温にも耐える。海抜3600メートル以上で酸素が薄く、水が少なく、土は塩性で他には何も育たないような土地でも育つ高山植物である。

キヌアの小さな種子は、栄養士にとって夢のような食物であり、今や先進国での重要は高騰している。キヌアは世界で1グラムごとの栄養価が最も高い食材の1つだ。スペイン人による征服以前のアンデス文化でかつでは神聖な作物と呼ばれていたキヌアだが、現在はヨーロッパ、アメリカ、そして徐々に中国や日本においても中流階級の間で5つ星の健康食品となっている。

世界的な需要が高まるにつれ原産国であるボリビアとペルーではキヌアの消費が減っている。価格が3倍にも跳ね上がったからだ。生産者である彼らは貧しい食事を補うため長く依存してきたこの食料を自分たちで食べずに全てを売ろうとしており、栄養失調になるのではと懸念されている。また国際価格の急上昇は土地紛争をも引き起こしている。

「ロイヤルキヌアはボリビアの忘れ去られた極貧地域に希望をもたらしたのです」ボリビアのChamber of Quinoa Real and Organic Products Exporters(ロイヤルキヌアとオーガニック商品輸出業者委員会)の委員長パオラ・メヒア氏は語る。

キャビアならシロチョウザメのものが極めて優れているように、ボリビア南部の乾燥地域にのみ生育するロイヤルキヌアは穀物の中で最高のもので、他の一般的な種よりたんぱく質、ビタミン、ミネラルをはるかに多く含んでいる。
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キヌアは2011年に1トンにつき平均3115ドル (1930ポンド)となり、2006年の3倍の価格となった。色つきの品種はさらに高い値がつく。赤のロイヤルキヌアは1トンにつき4500ドル、黒のものなら8000ドルにまでなる。この穀物は、南米の最貧国の1つボリビアの中でも最も貧しい地域であるオルロ県とポトシ県の人々にとっての命綱となっている。

キヌアは今や世界から注目を浴びている。国際連合食糧農業機関 はこの穀物の耐性、適応力、「飢餓と栄養不良への解決策となり得る可能性」を認識しており、2013年を国際キヌア年と定めた。

ボリビアのエボ・モラレス大統領はキヌアの利点を強調し、次のように話している。「長い間(キヌアは)民族運動と同様に、見下されてきました。過去を思い出すことは、キヌアに対する差別を思い出すことでもあります。長い時を経た今、やっとキヌアが最も重要な食べ物であることが正しく再認識されるようになりました」

しかし、5000年も昔からあるこの穀物が昔からの消費者、つまりキヌアの生産農家に食べられる量が減少しているという懸念がある。「利益も収入も増えた彼らは、食生活が欧米化しているのです」と農学者でもあるメヒア氏が言う。「10年前には彼らの目の前に出されるのはアンデス料理だけでした。他に選択肢はなかったのです。でも今では選択肢があるため、彼らは米や麺、キャンディ、コーラその他、あらゆるものを求めています」

ラパスのキヌア共同農業を営むダイシ・ムニョス氏も同意する。「価格が高騰したため、ボリビアではキヌアの消費量はどんどん減っています。生産者たちにとっては、キヌアを売ってパスタや米を買う方が価値があります。それで、もうキヌアを食べなくなったのです」

主要なキヌアの畑では苦い闘いが繰り広げられている。昨年2月、かつては放棄されていた土地をめぐって農民らが投石具やダイナマイトで闘い数十名が負傷した。

より良い生活を求めて都市へ越していた人々が、乾燥したこの地域に戻りロイヤルキヌアを栽培しようとしているとメヒア氏は言う。土地のほとんどが共同の所有地なので「政府が境界線を引かなければ、今後も紛争は避けられないでしょう」

チチカカ湖の近くにあるラカヤという村で、最近キヌアの種がまかれた。湿度の高いところでは成長が早いが、このキヌア・デュルセはロイヤルキヌアほどの人気はない。

アルティプラノ高原に垂直に降り注ぐ強烈な日差しの下、ペトロナ・ウリヒェさんの顔に山高帽が色濃く影を落としている。彼女によると、この村がキヌアを栽培するようになって3年経ち、最大の収入源になったという。「キヌアは輸出用にのみ生産しているんです。その方が利益が高いから」11.5 kgのキヌア1袋で数年前の8倍の値がつくそうだ。「1キロにつき2ドルぐらい」だという。

しかしボリビア政府は、隣国のペルー同様栄養不良の対策として国内消費を奨励しており、ボリビア人はこの穀物をもっと食べていると主張している。1人の年間消費は「国際価格の高騰にもかかわらず」4年の間に0.35キロから1.11キロに増え、約4倍となったと、農村開発・土地省の副大臣ビクトル・ウーゴ・バスクエス氏が話している。

だが前回の政府の数字は国内消費が5年の間に3分の1減少したことを示していた。

ボリビアの事実上の首都ラパスのスーパーの棚にはキヌア使用のピザ生地、ハンバーガー、カナッペ、朝食用シリアルなどの商品が並べられている。そこから判断するにボリビアで増加しつつある中級階級が主な消費者であるようだ。

一方、ペルーの首都リマでは食品市場の客たちはキヌアが贅沢品になったと嘆く。ペルーの通貨で1キロ10ソルのキヌアは鶏肉(1キロ7.8ソル)より高く、米の4倍である。公的な数字も国内消費の減少を示している。

「残念ながら、貧しい地域ではキヌアは手に入らず、値段は高くなる一方です」ペルーの農業省副大臣フアン・レイネック氏はリマの児童養護施設で5歳未満の子供たちとの朝食会でこう話した。子供たちにはゆで卵、キヌア、アップルパンチが出されていた。これは栄養ある朝食を促進するための政府のプログラムの一環である。「この傾向を食い止めなければなりません。より良い方法でもっとたくさん生産しなければならないのです」

ペルー政府は5歳未満の慢性的栄養不良を2011年には16.5パーセントにまで削減したが、それでも貧しいアンデス地方ではまだその数は多い。世界銀行によるとボリビアでは2008年、5歳未満のうち27.2パーセントが慢性的栄養不良だった。

テレビ映えするペルーのファーストレディ、ナディヌ・エレディア氏は、幼児の栄養不良対策としてキヌアを中心としたアンデスの食事を奨励する派手なキャンペーンを支援している。バスクエス氏によると、2012年、ペルーではキヌアの輸出額は3500万ドルにのぼったが、これは3年前の額の3倍である。ボリビアでは輸出量が3倍の2万3000トンになり、この国の経済に8500万ドルをもたらした。

しかし専門家は、両国とも国外の需要に応えつつも国内の消費用には価格を下げて提供できるよう生産高を増やす必要があるとしている。世界の供給量の半分を生産しているボリビアは、これまでに7万人のキヌア生産者に対し500万ドルの資金を提供してきており、今後は原料をそのまま輸出するのではなく、付加価値をつけて産業化させたいと考えている。

炭化水素と鉱物はボリビアの2つの主要な輸出品目だが、メヒア氏によれば、もしこの国がキヌア農業を全面的に推し進めれば、「10年後には天然ガスと鉱物の収入をはるかに超えることができる」ということだ。

キヌアとは?

キヌア(学名Chenopodium quinoa Willd)は実は「擬似穀物」で 本当のイネ科ではなく、ホウレンソウやテンサイを含むアカザ科に属する。

その栄養価の高さが認められ、NASAはキヌアを長期の宇宙ミッションにおける宇宙飛行士の食事の一部とした。1993年のNASAの専門誌にはこうある。「1つの食材が、人間にとって必要な全ての栄養素を提供することは不可能だが、キヌアは植物界、動物界において何よりもそれに近いものである」

キヌアは10種類の必須アミノ酸を全て含む唯一の植物性食物だ。たんぱく質の含有率(14~18パーセント)は麦、米、トウモロコシ、オーツ麦より高く、動物性たんぱく質の代わりとなり得る。カロリー値は卵、牛乳より高く、肉に匹敵する。

ビタミンE、ビタミンB2 (リボフラビン)が豊富で、他の穀物よりカルシウム、カリウム、マグネシウム、 リンなどのミネラルが多く含まれている。

最近の研究ではキヌアには植物エストロゲンが含まれており、更年期後エストロゲンの減少によって引き起こされる骨粗しょう症、動脈硬化、乳がんを防止または減少させる効果があることがわかった。

この記事は2013年1月14日のthe Guardianで公表されたものです。

翻訳:石原明子

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著者

ダン・コリンズ氏は、ペルーのリマ在住のイギリス人でマルチメディアジャーナリストである。コリンズ氏による執筆、ラジオやテレビでの発言は国際的に発表されている。