インドのスラムにおける調理用燃料の転換

インドの都市部では、灯油や液化石油ガス(LPG)といった現代的燃料が調理に使用される主要なエネルギー源である。しかし大部分の世帯は今でも、まき、牛馬などのフン、作物残余、石炭、木炭といったバイオマスを使っている。

この状況が顕著なのは、インド都市部の世帯の17.4%を占めるスラム社会である。インドでは、公的機関が「スラム」として正式に指定あるいは認定した町や都市の中の地域や、密集地区の粗末な共同住宅に少なくとも300人(およそ60~70世帯)が暮らす地域がスラムに含まれる。そのような地域では、インフラストラクチャーが不十分であり、適切な衛生設備や清潔な飲み水が不足している。

伝統的な燃料は熱効率が悪いため、かなりの量の燃料炭素が不完全燃焼で失われてしまう。このため、 1食当たりの地球温暖化への影響は大きい。このような伝統的な燃料の使用は、空気の質の悪化を招き、地域の環境や人間の健康に負の影響を及ぼす。特に、燃焼している燃料にさらされたり接近したりする女性や子供に悪影響を及ぼす。さらに、燃料を収集するのは大抵、女性と子供であるため、日常生活の中で教育のような有益な活動に充てる時間が少なくなる。こうして失われた機会が生計の展望をさらに狭めてしまう。

こうした状況にもかかわらず、問題を解決するための政策の選択肢はほとんどない。現代的燃料への転換促進策は、まだ課題が多く、現段階では長期的な選択肢だ。例えば、インフラストラクチャーは高額なため、ほとんどの世帯にとっては経済的負担が大きすぎる。

その一方、改良型の調理コンロや換気のよい調理スペースを利用する戦略は、健康の向上と余暇の増加によって生活の質をすぐに向上させることが可能な短期的な選択肢である。こうした戦略は、ミレニアム開発目標が掲げる重要なターゲット、すなわち「2020年までに少なくとも1億人のスラム居住者の生活を大きく改善する」というターゲット11の達成に役立つ。非常に控えめなターゲットとはいえ、「スラムの改善」は少ない費用で効果的な行動を急速にスケールアップする可能性を秘める。スラムを改善するにあたって重要な要素は、調理や生活空間で使用されるエネルギーのような、世帯への公共サービスの向上である。

考えられる政策の選択肢を明確化するために、私たちはインド都市部で調査を行い、スラム世帯での燃料転換に関連する要因を推定し、伝統的燃料の負の影響を効果的に最小限度に抑える短期的戦略を評価した。

Indian Human Development Survey 2005(2005年インド人間開発調査)に含まれるスラムの725世帯のデータに基づいて、本調査は短期的疾患(発熱、せき、下痢)と、調理スペース、燃料、調理コンロの種類の関連性を確認するために統計的および計量経済学的分析を採用した。その後、世帯収入、燃料価格、その他の社会経済的要因を含む、現代的燃料への転換の促進要因を数量化した。

戦略を比較検討する

調理スペースに関して、屋外あるいは換気設備のない生活空間で調理している世帯は、分離したキッチンを利用する世帯と比較して、短期的疾患の事例が多いことが調査で明らかになった。意外なことに、改良型コンロを利用する世帯は、煙突のない伝統的コンロ(例:裸火)で調理する世帯と比較して、健康面での著しい向上は示されなかった。実際には、裸火による調理設備を使う人々の方が短期的な健康問題に悩まされない傾向があった。また、疾患と燃料の種類の間には統計学的に有意な関連性は確認されなかった。従って私たちは、換気のよい屋内の調理スペースの利用は、スラム社会における短期的疾患の低減にとって最も実用的な選択肢の1つであると結論付けた。

燃料の種類に関しては、スラムで確認されたパターンは定型化した「エネルギーのはしご」理論と一致していた。「エネルギーのはしご」理論とは、現代的燃料の使用は収入増加に伴って増えるという説である。大人数の世帯や、指定カースト指定トライブのような社会的に恵まれないコミュニティの世帯は、現代的燃料を使用しない傾向があった。

さらに、収入に加えて、学歴、社会人口的要因、電気や水の供給施設の利用の有無も、燃料の選択を左右する重要な決定因子であることが明らかになった。この結果は特に、液化石油ガス(LPG)の価格低下と比較すると顕著である。LPGの価格が低下すると、現代的燃料の使用率が高収入世帯でのみ高くなる。

特に、燃料補助金を含む補助金は、インドの国内総生産(GDP)の2%以上を占めている。この補助金を社会資本や物的資本の向上のために転用することが可能である。2010~2011年の会計年度にインド政府は、軽油、灯油、LPG、さらに程度は少ないがガソリンの小売価格への補助金に96億USドルを拠出したが、インドの燃料補助金の非効率性と不平等性が明らかになっている。こうした状況を踏まえ、燃料補助金をやめて、目標を絞り込んだよりよいセーフティーネット対策に置き換えるメリットを考慮した改革が検討されている。例えば、2005年マハトマ・ガンディー 全国農村雇用保障法や、2013年全国食料安全保障法は、困窮した市民全員の暮らしや食料安全保障を改善している。

補助金よりも資本

近々に燃料を完全に転換することは非現実的である。従って、伝統的燃料の悪影響を削減するには短期的戦略を採用しなくてはならない。この観点から、住宅プログラムや政策を通じて換気のよい調理スペースの利用を促進することが、最も効果的な選択肢となるだろう。

さらに、調理コンロの改良対策はささやかであるとはいえ、罹患率の削減への効果は非常にわずかであり、 この選択肢の経済的な持続可能性は決定的とは程遠い。従って、より質の高い調理コンロの導入には十分な調査と開発が行われるべきであり、それと同時に、スラム居住者の経済的持続可能性や社会文化的条件も検討すべきである。

翻訳:髙﨑文子

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著者

ソハイル・アーマド氏は、国連大学高等研究所が東京工業大学と共同で行う「持続可能な都市の未来プログラム」のJSPS-UNUポストドクトラル・フェローである。アーマド氏は、都市計画での博士号をソウル大学校で、(都市計画に特化した)プランニングでの修士号をニューデリーのスクール・オブ・プランニング・アンド・アーキテクチャーで取得している。彼の研究対象には、住居の研究、開発途上国の都市における移住と適応策などがある。