知られざる存在:メキシコで働く移民女性たち

エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラという中米の「北部三角地帯」から、メキシコを通って米国に流入する移民に対し、国際社会の関心が高まっている。しかし、メキシコ自体も移住目的地となってきており、しかもこうした移民の半数は女性である。こうした移民女性は、正規の証明書類や支援を得るのに固有の困難を覚えている。メキシコが北部三角地帯からの移民増加に対処する新たな政策を導入する中、政策立案者は、メキシコに流入しそこで働く移民女性の権利を考慮することが欠かせない。

移民女性の仕事

北部三角地帯からの多くの移民は、労働移住によって、よりよい経済的機会を与えられる。移民を主に受け入れているのは農業セクターであるが、農業に従事する移民女性は、夫や男性の親族とともに移住することが多い。雇用主に移民を紹介する仲介業者は、雇用主が労働者を低賃金かつ長時間働かせることができるよう、女性や子どもを雇用契約上、 男性移住者の「農業補助者」として取り扱うことがある。

その結果、仕事の内容自体は同一であることが多いにもかかわらず、移民女性は独立した存在とみなされず、移民男性よりも常に低い賃金で働かされることになる。現在では、女性が男性移民労働者の補助者としてではなく、個々の雇用契約を結ぶケースも見られるようになってきた。農業移民の大多数は依然として男性だが、移民女性が独自に証明書類や登録を受けられるようになる中で、女性の数も増えてきている。

しかし、雇用主の登録がある場合でも、農作業に従事する移民は男性、女性とも、賃金や書類の取り上げ、低賃金、契約不履行の被害者となっているとの報告がある。とくに法的な証明書類を持たない移民女性は、さらに立場が弱く、地位が低くなる。

北部三角地帯からの移民女性には家事労働者も多く、その割合は農業労働者を超える。家事労働者は低賃金で、手当なしに長時間労働を強いられることが多い。最も虐待を受けやすいのは、住み込みの家事労働者である。こうした状況は、いっそうの長時間労働、さらなる孤立、主体性と権利の後退、そして虐待の増加へとつながりかねない。家事労働者は身体的虐待、言葉による虐待、性的虐待、人種差別、不十分な食料提供、賃金の取り上げや不払い、不当解雇の対象となる恐れもある。例えば、チアパス州タパチュラの家事労働者に関する調査では、65%が雇用主の虐待を受けていることが明らかになった。

雇用主は、家事労働者に関する社会保障負担を義務づけられておらず、これが諸手当や休暇、産休、育児補助、年金等その他の保護へのアクセスも阻んでいる。

他の国々とは異なり、メキシコにおける家事労働は連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)が律している。しかし、1日8時間労働が定められているその他の職種とは対照的に、家事労働者は超過勤務手当なしに1日12時間まで合法的に働くことができる。雇用主は、家事労働者に関する社会保障負担を義務づけられておらず、これが諸手当や休暇、産休、育児補助、年金等その他の保護へのアクセスも阻んでいる。

しかも、正規の滞在許可や就労許可が受けられるかどうかは、雇用主の支援にかかっており、面倒な法的登録を行わない雇用主も多い。このため、多くの家事労働者は正規の証明書類を持たず、そのために権利が制限され、脆弱性が増す結果となっている。多くの移民女性はもともと、低所得で読み書きのできない先住民であるが、このことによって、全面的な権利の獲得とコミュニティへの統合がさらに困難となっている。

移民女性が性差によって就きやすい仕事としては、性労働も挙げられる。この労働自体が公にされにくいため、移民性労働者に関する正確な統計はない。メキシコ南部の国境地帯で我々が行った調査によると、性労働者の32%はメキシコ人であり、残りの69%の内訳は、ホンジュラス人が39%、グアテマラ人が38%、エルサルバドル人が16%、ニカラグア人が5%、パナマ人が1%となっている。調査報告書では、性労働者の70%が正規の証明書類を持たないことも判明した。

性労働においても、移民は虐待を受けやすい。性労働者はそもそも、性的暴力やジェンダーに基づく虐待に遭うリスクが高くなっている。この脆弱性は移民女性について高い傾向にあり、ある調査によると、強制的性行為の被害を受けた女性のうち、移民は73%を占めるという結果が出ている。

性産業は犯罪と定められていないものの、性労働は連邦労働法の適用対象となっていない。事実、家事労働や性労働など、「女性的」とみなされる労働部門はまさに、労働者の保護が欠落している部門と一致する。正規の証明書類を持たない性労働者は、法的保護を受けられないため、仕事やコミュニティ、役人によるさらなる虐待の対象となりかねない。正規の証明書類を持たない性労働者は、適切な医療へのアクセスも困難となり、その労働の性質も相まって、大きな健康上のリスクにさらされるおそれがある。

メキシコの政策とプログラム

メキシコは2011年、移民法(Ley de Migración)を施行した。同法により、メキシコでは越境労働者証(TVTF)が導入されたが、この制度は、グアテマラとベリーズからの労働者、主として農業労働者に対するビザ発給プロセスの迅速化を図るものである。この証明書により、1年以内のテンポラリーワーク(短期特定活動)が可能となっている。72時間限定の越境移民証(FMVL)の制度もあるが、この証明書で就労はできない。

毎日越境通勤する移民についても、1日を超えてメキシコに滞在する移民についても、女性によるTVTFビザの利用はほとんどない。就労はできないにもかかわらず、移民女性労働者の大半はFMVLを利用している。雇用主にとっての初期負担が大きいことと、役所での手続きが煩雑なことが重なり、適切な登録を受ける移民女性は少なくなっている。しかも、労働者を思いどおりに働かせ、搾取する手段として、敢えて移民登録を行わない雇用主もいる。

移民向けのビザや許可証に加え、メキシコの移民法は、移民が移動の自由、健康、平等と非差別、ならびに、教育、アイデンティティ、家族呼び寄せ、正義および移民証明書類を要求する権利の擁護をねらいとしている。例えば、移民にはその法的地位に関係なく、医療を受ける権利が与えられているほか、移民労働者とその子どもは、教育を受ける権利を有する。メキシコで生まれた移民の子どもには、親の書類上の地位に関係なく、出生地主義による市民権が与えられる。

正規の証明書類がないこと、産前保健やリスクの高い性労働関連の医療をはじめとする医療ニーズ、子どもの市民権または教育に関する負担は、移民の男性よりも女性に大きく影響する。

メキシコがこうした政策やプログラムを導入しているにもかかわらず、移民はサービスや権利へのアクセスに困難を覚えている。プロセスを理解し、必要な書類を準備し、手数料を支払い、就労許可とサービスに関する一貫性に欠ける情報を読み解くことに、移民は四苦八苦している。移民は医療や法的保護、教育など、本来受けられるはずの支援の提供を拒否されることもある。

サービスの拒否など、サービスに関わる困難は、情報の不足、または移民に対する支援と保護の提供を担当する下級または中堅官僚による差別的慣行が原因で生じることが多い。サービスの再三にわたる拒否や、複雑で恣意的なルールも、移民がなかなかサービスにアクセスしようとしない理由になることがある。その他、移民が強制送還のリスクを恐れたり、現地住民から「よそ者」扱いされないよう、人目に付かないことを望んだりするといった理由で、サービスが利用されないこともある。

今後の見通し

正式な証明書類がないこと、産前保健やリスクの高い性労働関連の医療をはじめとする医療ニーズ、子どもの市民権または教育に関する負担は、移民の男性よりも女性に大きく影響する。政策やプログラムが進歩的で、移民の支援をねらいとするものであっても、実施面の実効性が伴っていない。

現行の政策とプログラムの実施改善が必要であることを考えれば、南部国境プログラム(Programa Frontera Sur)など、メキシコが導入中の新規政策で、メキシコに流入した移民、とくに移民女性をはじめ、証拠書類や支援を得るのが最も難しい人々の権利とニーズを適切に保護することが欠かせない。移民女性の保護を改善するためには、就労許可を取りやすくすることにより、メキシコが性差の影響がある立場にいる人々、とくに家事労働者や性労働者の登録と証拠書類発給を増やすよう提言する。

その中には、女性が自分の親類や配偶者にも、1人の雇用主にも依存しないで就労許可を取れる能力を改善することが含まれる。また、メキシコは許可証や、支援、サービスを適切に提供すべきでもあるが、そのためには制度的枠組みや訓練、下級・中堅官僚の啓発を行い、移民女性が確実にサービスを受けられるどうかの検証を行うことが必要となる。

北部三角地帯からメキシコへの移民流入が増え、メキシコがこれに対し、新たな政策と保護を確立する中でこれら提言を実施すれば、移民女性のような知られざる存在をより保護し、よりよい援助を実現できるようになるだろう。

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国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)による政策報告書「Women Migrating to Mexico for Safety: The Need for Improved Protections and Rights(安全を求めてメキシコに移民する女性:保護と権利の改善に向けた必要性)」を基に作成。

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知られざる存在:メキシコで働く移民女性たち by アンジャリ・フルーリー is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

アンジャリ・フルーリー氏は、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)の移住、女性、移動に関する専門コンサルタントである。また、世界銀行のコンサルタントも務め、ジェンダー、移住、開発における人権に焦点を置いて研究を行っている。世界銀行では、Global Knowledge Partnership on Migration and Development(移住と開発に関する世界知識パートナーシップ)のチームとともに、「Understanding Women and Migration: A Literature Review(女性と移住を理解する:文献レビュー)」を発表した。フルーリー氏は、ハーバード・ケネディスクールで公共政策学の修士号を取得している。