環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)は、ドイツのボンにある国連大学の研究所。環境災害や地球規模の変化に関連したリスクや適応について研究しています。
異常気象事象が、多くの小島嶼開発途上国(SIDS: Small Island Developing States)に壊滅的な影響を及ぼしている。ここ数年間で発生した熱帯性サイクロンは、地域社会にどのような影響を及ぼしてきただろうか?国連資本開発基金(UNCDF)、国連開発計画(UNDP)、国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)の共同プログラムである「太平洋保険・気候適応プログラム(PICAP)」に参加するUNU-EHSとミュンヘン気候保険イニシアチブ(MCII)のメンバーらは、南太平洋大学(USP)と協力して、フィジーで質的調査を行った。調査員は、過去数年間に熱帯性サイクロンの被害を受けた農家にインタビューを行った。調査の焦点は、異常気象事象が農家や地域社会の住民にどのような影響を及ぼしてきたかに当たられた。
質的調査は、フォーカス・グループでの意見交換という形式で行われ、被災後に多くのフィジー人が直面する困難について、研究者やプロジェクト・チームは多くのことを学んだ。例えば、サイクロンが農作物にもたらす被害の大きさである。サイクロンの被害を免れる作物はなく、収穫量の半分以上が失われる場合もある。激しい強風による被害を減らすため、農家らは作物の種まきの時期を変え、サイクロンの季節に草丈が高くなりすぎないように工夫した(丈の低い植物のほうが強風で倒れる可能性が低い)。また、サイクロンの襲来が予想される時には、風の影響を弱めるため、作物の一部を刈り取った。とはいえ、このやり方にはリスクが伴う。もしサイクロンが来なければ、彼らの努力は無駄になり、刈り取ったせいで収穫期に得られる収穫高が減ってしまう。フォーカス・グループでの意見交換からはっきりしたことは、一部の作物については、リスク削減策に明確な限界があるということだ。実際、作物を刈り取ることは気象事象の影響を少し弱めることにしかならず、例えばサトウキビなど多くの作物については、作物を強風から守るための現実的な対策は存在しない。
農家たちは、サイクロンによる被災後の対応策についても詳細に語った。多くの農民が述べたところによれば、強風や豪雨により被害を受けた作物は、おおよそ2週間以内であれば食べることができる。この短い2週間が過ぎると、作物は腐り始める。このような問題が生じるのは、多くの農家が、被害を受けた食品を保存するための冷凍庫や他の手段を持たないためである。こうした事態に備え、各家庭では日頃から食べ物を蓄えておこうと努力しているが、最低水準の生活を送る彼らにとって、大量の食べ物を蓄えておくことは難しい。金銭の蓄えについても同様である。家庭や個人は、このような気象災害に備えて貯蓄をしようと努力するが、家族の誰かが医者にかかったり、葬儀を行わなければならなかったりといった突発的な出来事があると、その貯蓄を使わざるを得なくなる。サイクロン後の期間、農家たちは農地の片づけや作物の植え直しに尽力するが、最も早く成長する作物でも、十分に成熟し、実を結ぶまでには、2カ月から3カ月を要する。すなわち、サイクロンによる被災の2週間後から2カ月後までの間、多くの家庭や村は、代替となる食料源を探す必要がある。このため、多くの場合、彼らはバスに乗って町に出かけ、家族に食べさせるための米などの商品を購入しなければならない。
今回の調査により、異常気象事象が発生した際に家庭に流動資金を提供するために、パラメトリック型保険*などの気象・災害リスクに備えた資金調達手段を整備する必要性が再確認された。パラメトリック型保険では、事象の発生から2週間以内に支払いが受けられ、困難な復興期間中も、家族は町に出かけ、栄養のある食品を購入できる。
さらに重要なのは、さらなる農家の支援のためにPICAPプロジェクトが何をすべきかが、今回の調査で示されたことである。フィジーにおける現在のパラメトリック型商品の限界の一つは、それが協同組合を介してのみ販売されているということだ。農家らと話し合う中で、農家が個別に購入できる商品の必要性が明らかになった。保険商品に関心はあるものの、地元の協同組合には加盟していない地域住民が多くいたのだ。また、例えば携帯電話などを使って、オンラインで購入できる保険商品の必要性も明らかになった。農家らにとって、バスに乗って、保険会社がある町に出かけることは、大きな出費となる。保険商品へのアクセスを容易にするには、時間とお金を費やし町に出かけなくても個人が保険を購入できるよう、携帯電話から購入可能な保険商品が作られるべきである。
太平洋保険・気候適応プログラム(PICAP)は、UNCDF、UNU-EHS、そしてUNDPの共同事業である。同プログラムは、複数年にわたる地域事業で、現在はフィジー、トンガ、バヌアツを対象とし、段階的に他の太平洋諸国に拡大することが計画されている。プログラムの目的は、SIDSの政府や地域社会に対し、気象・災害リスクファイナンスと保険(CDRFI: Climate and Disaster Risk Financing and Insurance)のソリューションを提供し、ますます大きくなる気候変動の影響に対処できるよう支援することである。同プログラムは、ニュージーランド政府(MFAT)、オーストラリア政府(DFAT)、並びに、南南協力のための国連事務所が管理するインド-国連開発パートナーシップ基金、そしてDruaインキュベーターを介したルクセンブルグ政府の資金援助を受けている。
PICAPは、この質的調査の結果を2022年後半に発表する。様々な作物を作る農家たちがサイクロンにどのような影響を受けたか、また、彼らの対処戦略や金融商品の需要を調べるため2022年4月にアンケート調査が実施され、今回の質的調査はそのフォローアップとして行われた。
*パラメトリック型保険:一定の基準を上回る降水、強風、サイクロンなど、契約時に設定した条件を満たせば、予め定められた一定額の保険金が自動的に支払われる種類の保険。