変わりゆく石川県沿岸の社会生態学

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書は、「適応能力」を高めることによって社会生態学的システムの回復力を強化する必要性を認めている。日本には海洋の社会生態学的システムが数多く存在する。その1つが石川県にあり、私たちの研究はそのシステムに注目した。

日本海に長く伸びる石川県の沿岸部は、自然地理学、地誌学、地形学の面で異なる特性を帯びる、多様で対照的な数々の生態系から恩恵を受けている。北部(能登)から南部(加賀)まで、石川県の人々は沿岸および海洋の生態系と資源に頼る暮らしを営んでおり、漁業、観光、輸送、農業といった主要な社会経済的活動は、そうした資源に依存している。特に能登は日本有数の漁港がある地域 として称賛されている。

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一般的に、石川県の気候は湿潤であると言える。夏は高温多湿で、冬は雨と積雪が多い。しかし、長年にわたる自然の作用と人為的影響が相まって、海岸線は深刻な浸食が急速に進んでいる。私たちの最近の研究により、過去30年間で水質に関する幾つかのパラメーターに空間的および時間的変化が著しく生じたことが明らかになった。沿岸における土地利用と人為的影響の変化に伴って、非常に対照的な複数のシステムが存在する沿岸地域の水質は引き続き劣化するかもしれない。

社会生態学的システムの違いを生む要因

化学的酸素要求量、生活環境の保護のための環境基準、有機的汚染物質の標準的な水質指標が沿岸の地域によって著しく異なることが私たちの分析で分かった。さらに、過去30年間で水素イオン濃度(pH)は0.13~0.20減少した。つまり、pH値が相対的に低い値に変化したために沿岸海域の酸性はより強くなったと考えられる。

二酸化炭素が海水に吸収されると、「海洋酸性化」として知られる化学反応が起き、海水のpH値や炭酸イオン濃度が低下し、生物学的に重要な炭酸カルシウム・ミネラルの飽和度が低下する。炭酸カルシウム・ミネラルは、食料連鎖の底辺にいる多くの海洋生物の骨格や殻を作る原材料であるため、重要である。

“「日本海は地球温暖化の影響を受けた最初の海洋の1つかもしれません。もしそうであれば、世界の主要な海洋も、いずれは地球温暖化の影響を受ける恐れが大いにあるのです」”

尹 宗煥 教授

したがって上記のようなpH値の低下は主に、ココリソフォア、サンゴ、有孔虫、棘皮動物、甲殻類、軟体動物といった海洋の石灰化生物にネガティブな影響をもたらすと考えられる。その理由はいくつかあるだろう。

「日本海は地球温暖化の影響を受けた最初の海洋の1つかもしれません。もしそうであれば、世界の主要な海洋も、いずれは地球温暖化の影響を受ける恐れが大いにあるのです」と応用力学研究所 (日本海に面した福岡県に所在)の尹 宗煥 教授は2001年、ロイター通信に語った

水質の観点で見た場合、脆弱性の高い主な沿岸地域は南部(加賀)地方だろう。この地方で急速に進む深刻な浸食の原因は、かなり大規模な工業地があることや港の開発である。

石川県沿岸の生物資源や非生物資源、例えば漁業などは、人間が誘発した環境の変化によって大きな影響を受けてきた。その原因はクラゲのような侵襲的な種、沿岸部の開発、高齢化による漁業従事者数の減少である。漁獲量を減らせば漁業は再び盛り返すと考えられがちだが、その一方で、こうした現状は、人間の影響を受ける複雑な生態系に関する深い示唆を含んでいるのかもしれない。つまり、石川県の沿岸地域のような生態系は、人間の配慮と徹底した管理を必要とするようになったのに、全体として、人間は自然資源の管理をしなくなり、海から離れてしまったのだ。

ある興味深い指標として、1965年から2000年の間に現地の漁業管理組織の数は45パーセント減少したという統計がある。さらに石川県の年間統計によると、同様の傾向が過去10年間にも見られる。こうした海と人間の離反は、里海というコンセプトが現在抱えている課題だ。OurWorld 2.0で以前に議論されたように、里海とは人間の管理を通じて生産性と生物多様性が高められた沿岸地域と定義される。里海は生産活動や分配活動だけではなく、豊かな生産性と生物多様性を特徴とする豊かな文化と異文化間交流も支えてきた。陸地と沿岸海域の統合的な管理は、物質循環機能(例えば窒素やリン)を維持し、その結果、豊かで多様な生態系と生態系サービスの維持に大きく貢献してきた。

積極的な政策の展開

石川県の沿岸地域では環境の質が明らかに劣化しているにもかかわらず、日本全体での海洋汚染の発生確認件数は、1973年の2460件(うち油関連の汚染は2060件)から2004年の425件に82パーセント減少している(図表をご覧ください)。石川県に限定したデータはここでは報告されていないが、ここで報告されている傾向は日本全体に見られると推測される。

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このように海洋汚染が減少している傾向は、1970年に海洋汚染防止法 が制定された以降の様々なプログラムの成果だ。有害な汚染水を海洋に出た船舶が排出することは、1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書(MARPOL 73/78議定書) に対応する法律で規制されている。さらに、水質汚染を規制する法律が強化され、特定の施設を届け出るシステムが全国共通の排水規制として導入された。その規制には、水質の継続的なモニタリング、閉鎖的海域での水質汚濁総量規制 や国内の廃水対策が含まれる。

より最近では、2008年、日本の環境省(MOE)が地方自治体や県と市の役人と協力し、里海創生支援事業 を開始した。石川県の七尾湾は4つの里海モデル事業の1つに選ばれた。その後、2011年初頭にMOEは「自然の恵みをいかした活力あふれる地域づくり」 に向けた国家戦略の実現を促進するため、里海ガイドラインを策定した。この戦略の主要な構成要素の1つに「豊穣の里海の創生」があり、その他の関連目標には藻場や干潟の保全と再生と創出、水質汚濁対策、持続可能な資源管理などが含まれる。

しかし、里海のランドスケープは様々な脅威にさらされており、土地造成や工場の建設などによって人々は引き続き海から遠ざかっている。さらに、閉鎖的海域では物質循環機能の低下によって栄養バランスが崩れ、海洋資源や生態系の劣化が見られる。長年の間に里海での慣習に変化が起きており、特に水域内の森林の保全や、里山の森の保全や利用、沿岸の森、海洋資源(塩、海草、漂流物、薬、燃料)の利用は変化を遂げた。こうした文化的サービスは、沿岸地域の生態系サービスや海に関連した地域文化の重要な一部であるため、里海の持つ主要な特性が失われつつある。

こうした問題に対する効果的で積極的な政策展開として、地域のステークホルダーたちが里海戦略を通して沿岸域の保全をさらに押し進めることが考えられる。これを実現するには、現在主流となっているボトムアップ型アプローチと、特に漁業資源の持続可能な管理に関する適切なトップダウン型政策をバランスよく両立させなければならない。また、より大きな組織のステークホルダーが関与することも必要であるほか、現存する里海ランドスケープの未来の管理者である若い世代の人々の認識を高めることも重要である。

最後に、水質に関する政策は動的な社会的価値観と科学的理解を反映したものであるが、地元特有の状況も反映させるように柔軟に策定すべきだ。したがって、石川県の沿岸地域の持つダイナミックな空間的特徴をベースに、意志決定者たちは沿岸地域の都市計画/規制を、変化しつつある生物多様性や漁業体制、海面レベルの上昇、浸食に伴って生じる人々の暮らしや経済の変化に適応したものにしなければならない。

日本では水質基準の改善に向けて画一的なアプローチがなされているが、都庁府県が産業界やステークホルダー団体、沿岸地域の資源利用者たちと共同し、より厳しい基準を打ち出すことが必要かもしれない。そうした戦略が沿岸域の水質の管理において最も功を奏するためには、沿岸の開発や活動を継続的に監視することが必要である。

翻訳:髙﨑文子

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変わりゆく石川県沿岸の社会生態学 by ジュリアス・イブクン・アブウアラ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ジュリアス・イブクン・アブウアラ氏は最近、国連大学高等研究所(UNU-IAS)のポストドクトラル・フェローシップを終了した。UNU-IASいしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットで勤務し、海洋ガバナンス、沿岸管理、里海関連の研究に関する調査を行った。現在は、ナイジェリアのラゴス州立大学水産学部および環境と科学教育センターで教鞭ととり、研究を行っている。アブウアラ氏は、海洋資源の持続可能な利用と管理を目指した人間と海のよりよい関係の構築に関心を持ち、陸と海の相助関係、社会生態学的システムの変化、環境変化が沿岸地域のシステムに与える影響について探究している。彼は環境資源管理学で理学修士号を修得し、日本の北海道大学では環境科学の博士号を修得した。

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