バイオミミクリー: 自然界の叡智を模倣

出版されたばかりの自著を書店で探していた生物学者のジャニン・M・ベニュス氏は、店員にそれは何について書かれたものかと尋ねられた。執筆中に考えていたことで頭の中がまだいっぱいだった彼女は間髪入れずに答えた。

「自然に目を向けて、そこからインスピレーションを得て、新しいものを考えようということが書かれています」。話し出すと止まらなかった。「自然界の生物が持つ優れた能力を意識的に模倣することで、この地球上で優雅に生きていくことを学ぼうと呼びかけています。厳密にはテクノロジーでも生物学でもありません。生物学のテクノロジーなのです。クモのように糸を作るとか、葉っぱのように太陽のエネルギーを取り込むといったことです」

その時の店員の反応は決して忘れられないとベニュス氏は言う。「しかしお客様、自然のコーナーとテクノロジーのコーナーは分かれています。どちらかにしていただかなくては」

店員は書店内での本の分類について話していただけだったが、ベニュス氏が言うには、その店員の言葉で、「私たちの文化においては、それら2つの間にはとてつもなく深い溝があり、だからこそ、バイオミミクリーが誕生するのは困難だったのだ」と気づいたのだという。

1997年に出版されたその著書が「自然と生体に学ぶバイオミミクリー」(この著書でベニュス氏は「バイオミミクリー」という新語を作り出した)で、同書は米国である種の運動を引き起こした。その成功を受けて、彼女とパートナーらはバイオミミクリー・ギルドというコンサルティング会社(NASA、バイオニアーズ、デュポンなどがクライアントに含まれていた)を立ち上げ、後にはバイオミミクリーの専門教育機関も設立した。そして、その次は、「自然のソリューションに関する世界初のデジタルライブラリー」だというアスクネイチャーを始めた。

発展を続けるチームはバイオミミクリー3.8を通して業務を統合することに決めた。ちなみに「3.8」という数は地球に生命が誕生してから38億5千万年であることに由来する。バイオミミクリー3.8は、非営利団体と営利団体のどちらでもないベネフィット・コーポレーションだ(社会に積極的に働きかけていくために必要とされている新たな法人格、ベネフィット・コーポレーションについてはOW2.0で今後発表される記事をお読みいただきたい)。 バイオミミクリー3.8の目的は、インスピレーションを与えること、教育すること、コンサルティングを行うこと、結びつけることの4つである。その達成のために彼らはイノベーション・コンサルティング、専門家のトレーニングおよびネットワークの構築、教育プログラムの提供、カリキュラムの開発を行っている。

そして、その成果は高い評価を受けている。ベニュス氏は、2007年にはタイム誌の「国際環境英雄賞(International Hero of the Environment)」、2011年には「ハインツ・アワード」、そして最近ではスミソニアン・クーパー・ヒューイット・ナショナル・デザイン・ミュージアムから「デザイン・マインド・アワード」など、数々の賞を授与されている。なお、デザイン・マインド・アワード賞を受賞したことにより、ベニュス氏は先月、ミシェル・オバマ大統領夫人がホワイトハウスで開催した昼食会に招待された。

バイオミミクリーの考え方

この新興分野の中心にあるのは敬意で、その点が、自然の秘訣を支配したり、克服したり、あるいはそこから盗もうとしたりしてきた過去のやり方とバイオミミクリーの違いだと、ベニュス氏はバイオミミクリー入門において雄弁に語っている。

これはつまり、自然界に対する見方や認識を変え、自然をモデル、師、物差しとする考え方である。アスクネイチャーでは次のように説明されている。

チームの指針となる理念は複雑だが、おおまかには3つの部分から構成されている。それらは「精神」「自然との再結合」「模倣」である。これらの「バイオミミクリーの3つの種子」は「バイオミミクリーのミームの基礎」で次のように定義される

精神の種子は、私たちがバイオミミクリーを実践する理由になっている、私たちの倫理、意図、根底にある哲学の本質を形成する。……この種子は深遠なる信念に由来し、その信念とは、人間はこの地球上で生息している多くの種の1つにすぎず、すべての種はそれぞれ生存の権利を本来的に持っているが、さらに突き詰めれば、私たちの生存は究極的には他の種の生存にかかっているということである」

(再)結合の種子は、2つの『別個の』アイデンティティ(つまり人間と自然)が実際には密接に絡み合っていることをあらためて理解し、認識することだ。……(再)結合は人間とその他の自然との間の関係を探求する行動であり、心構えである。……私たち人間の賢さを抑え、敬意を持って自然界の他の種に目を向けるべきだ。それらの種は私たちより長い歴史を持っており、学ぶべき指針を示してくれる。……この種子により、結びつきは強くなり、自然を観察して、そこから学ぶスキルは向上する」

模倣の種子は、この地球に適するように進もうという私たちの意志を表している。自然が私たちのモデル、師、物差しである。……人間が生物界からインスピレーションを受けて、最終的には地球に与える影響を最小限に抑える方法で問題を解決したら、私たちはうまく模倣ができたことになる。……この種子により、私たちの行為の断片は統合され、これらの種子が組み合わせられれば、生物界からインスピレーションを得た設計はバイオミミクリーになる」

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では、これをどのように実践すべきなのだろうか?科学者は何世紀もの間、自然界の機能を明らかにしようと努力してきた。すべての生物は独自の生存方法を持っているが、パターンが浮かび上がっている。ベニュス氏とバイオミミクリー3.8の同僚らは(「多くのパートナーと共に」)そのようなパターンに関する研究から「生命の基本原則」を編み出した。それは「バイオミミクリー実践者が設計の持続可能性と妥当性を向上させ、評価するために使用するもの」である。

バイオミミクリー3.8でバイオミミクリーの研究および教育に携わる専門家、シェリー・リッター氏によると、これらは反復設計(製品あるいはプロセスの試作、テスト、分析、改良を繰り返す設計方法)におおいに役立てることができる。

つまり、バイオミミクリーは単に「生物にインスピレーションを受けた」ものより、真に持続可能であることにおいて「さらに奥深い」ものなのだと、リッター氏は説明する。というのは、バイオミミクリーでは、自然の形態だけでなく、自然のプロセスや自然のエコシステムも模倣するからだ。

「グリーンな化学を用いて、生物からインスピレーションを得て布を作るとしても、低賃金で長時間、労働者に機織をさせ、公害を引き起こすトラックに製品を積み込み、長距離輸送をしているなら肝心なところを外しています」

まさにそうだ。私たちが今日まで歩いてきた技術の道は、肝心なところを外していたように思える。おそらくバイオミミクリーこそ、私たちの時代を意味づける科学になると期待していいのではないだろうか。

フォトギャラリーでは非常に示唆に富んだバイオミミクリーの応用例/技術をご紹介しています。またアスクネイチャーのバイオミミクリーに関するストラテジーと応用例についても、ぜひご覧下さい。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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バイオミミクリー: 自然界の叡智を模倣 by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。