アジアにおけるカーボン・ガバナンス

コペンハーゲン合意と昨年冬のカンクン気候会議の結果は、気候変動による地球の気温上昇を今世紀末までに2℃に抑えることを構想している。この目標を実現するには、私たちの炭素排出枠、すなわち今から2050年までの間に私たちに許された人為的要因によるCO2排出量には限りがある。そして現在の排出量はあまりにも多く、目標を達成するのは難しい。したがって、排出量を劇的に減らす必要がある。

2009年、世界は化石燃料と土地利用の変更により約9.5ギガトンの炭素(GtC)を排出した(34.8ギガトンのCO2に相当する)。気温上昇2℃という目標を達成するには、2010~2050年の1年あたりの平均炭素排出枠は7.6GtCだ。それでもなお、下記の図表が示すように、目標を達成できる可能性はおよそ50%である。可能性を75%に引き上げるためには、年間排出量を2009年の年間排出量の半分以下である4.6GtCにまで削減しなくてはならない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表したように、世界の気温上昇を2℃に抑える政策目標を達成するためには、地球全体のCO2排出量は間もなくピークを迎えるべきであり、その後は劇的に排出量を削減させる必要がある。

 注記:2010~2049年の1年あたりの総排出枠と、その排出枠によって今世紀末までに気温上昇を2℃未満に抑えられる可能性(緑色の棒グラフ)、および2009年の実際の排出量(紫色の棒グラフ)。 出典:『ネイチャー』458号、1158-1162に掲載されたM. マインスハウゼン氏ら による論文に基づく、S. ダカール氏の試算。2009年のデータは、2009年の化石燃料に起因する炭素量8.4GtCと、2000~2009年の土地利用に起因する炭素フラックスの平均総量1.1GtC(土地利用に起因する排出量は年によって大きく変動するため)の合計である。


注記:2010~2049年の1年あたりの総排出枠と、その排出枠によって今世紀末までに気温上昇を2℃未満に抑えられる可能性(緑色の棒グラフ)、および2009年の実際の排出量(紫色の棒グラフ)。
出典:『ネイチャー』458号、1158-1162に掲載されたM. マインスハウゼン氏ら による論文に基づく、S. ダカール氏の試算。2009年のデータは、2009年の化石燃料に起因する炭素量8.4GtCと、2000~2009年の土地利用に起因する炭素フラックスの平均総量1.1GtC(土地利用に起因する排出量は年によって大きく変動するため)の合計である。

この観点で言えば、アジアは重要な地域である。アジア大陸は現在、世界の炭素排出量の約41%を占め、その割合はますます増え続けている。しかしアジアの人口1人あたりの排出量は概して今でも比較的低い(日本や韓国といった数カ国を除く)。例えばインドの人口は世界人口の約17.5%を占めるが、化石燃料に起因する世界のCO2総排出量で同国が占める割合はわずか6%程度だ。ところが最近、中国が絶対排出量ではアメリカを抜いて世界最大のCO2排出国となった(中国は世界人口の19.7%を占め、化石燃料を起因とする世界全体のCO2排出量の24%を占めている)。

人口が増加し経済発展が進むアジアでは、人口1人あたりの排出量と絶対排出量が今後増加するのは間違いない。特にアジアの都市部での排出量は今後数年で急激に増加する傾向にあり、そうした状況は気候変動を加速させ、取り返しのつかない結果につながりかねない 。したがってアジアにおけるカーボン・ガバナンスにとって、課題も好機も計り知れないほど大きい。

開発状況の違い

しかしアジアでは福祉やガバナンス体制や炭素排出の経路といった点で、国内でも、国によっても、大きな違いが存在する。例えば非民主主義的な統治下で閉鎖経済を行う北朝鮮やミャンマーと、よりリベラルな民主主義国家であるオーストラリアや日本では、ガバナンス体制が異なる。また、農業に依存するブータン、急速な発展を遂げつつあるベトナム、工業先進国である日本では、福祉の点で異なる。こうした違いは、政策決定者たちによる検討議題や資源配分の決定に影響を及ぼす。政策決定者たちは、開発政策のように、環境関連の政策と環境とは無関係の政策が互いに対立しつつもオーバーラップする領域をうまく扱わなくてはならない。

アジアはいまだに大きな開発問題を抱えているが、貧困に関しては近年進歩を見せている。アジア開発銀行のデータによると、中国の貧困線以下で暮らす人口の割合は1990年では60%だったのに対し、2005年には約15%にまで低下した。さらに、バングラデシュでも状況は改善された(1992年には約67%だったが2005年には50%をわずかに下回る割合になった)が、国民のおよそ半数は今でも貧困線以下の暮らしをしている。このような発展がもたらすポジティブな影響は、気候変動のように大規模で全世界的な環境の変化によって制限される可能性がある。なぜならアジア大陸は、海面レベルの上昇や気候に関連した災害(例えば洪水、干ばつ、台風)といった多くの脅威の影響下にあるからだ。

人口が増加し経済発展が進むアジアでは、人口1人あたりの排出量と絶対排出量が今後増加するのは間違いない。そうした状況は気候変動を加速させ、取り返しのつかない結果につながりかねない 。

したがって、炭素を効率よく管理し、そのために必要となる経済的、社会的、環境的な転換をタイミングよく、公平に、効果的に行うことは、アジア地域にとってプラスになる。そうすることは大きな試練であるが、研究者や政策決定者たちにとっては好機でもある。

また地域による違いは、地域や地方の異なる開発経路の結果である。経路とは、社会や経済やガバナンス体系における相互に関連した変化の連続のことで、場所や時間の経過によって異なり、その違いは最終的に炭素ストックやフラックスの総量に反映されやすい。さらに経路は開発プロセスを制限したり、影響を与えたりする。

したがって、気候問題は全世界的なレベルでの蓄積的で系統だった問題であるだけではなく、様々な特性や要因を有し、ガバナンスの様々な側面に影響を及ぼす。世界レベルでの協調活動を伴った、地方や国、地域といったあらゆるレベルでの新たなガバナンスの形が早急に必要とされている。それは気候変動の影響を緩和するためだけではない。例えば海面レベルの上昇や生物多様性の喪失、極端な天候のように、たとえ世界の気温上昇2℃という政策目標が達成されたとしても、もはや食い止めることができない、すでに生じつつある自然体系の変化に適応するためでもある。

科学者たちはカーボンサイクルと炭素の管理体制における相互依存性やフィードバックという特性を研究し、科学者同士が合意に達した共通の知識ベースを確立する必要がある 。その知識ベースは政策議論と行動を支え、地方から世界へ、そして地域レベルでの持続可能性へつながる統合的なガバナンス体制を育むことになる。様々な規模のカーボン・ガバナンスの課題をよりよく理解することはアジアにとって不可欠であるが、現時点ではあまり理解が進んでいない。そのような理解は、最適なカーボン・ガバナンスの全体的な構造を設計する際の重要な視点を与えてくれるだろう。この点に関するアジアでの将来的な研究は集成的である必要があり、カーボン・ガバナンスとその他の分野のガバナンスの相互連鎖を考慮に入れるべきだ。その他の分野のガバナンスには、例えば生物多様性の喪失や海洋酸性化といった環境問題に関連したガバナンスや、社会政策や経済政策といった環境とは直接関連しない政策分野のガバナンスがあるだろう。

好機を生かす

2010年11月、アジア太平洋地域の10カ国から一流の科学者や政策決定者、若手研究者が横浜に集まり、アジアにおけるカーボン・ガバナンスの課題と好機について議論を交わした。アジア太平洋経済協力会議(APEC)が行われる直前、会議と同じ会場で開催されたワークショップでは、アジア大陸における気候ガバナンスの欠如がもたらすリスクについてAPECに注意を喚起し、APEC首脳たちに今回のAPEC会議をアジアでの気候変動への対処活動を調整する機会として活用するように促した。

しかしAPECでは、気候変動は主要な議題として取り上げられず、貿易と経済危機および景気回復に論点が絞られた。そうした問題は同様に重要だが、長期的には気候変動やカーボン・ガバナンスに左右される問題であり、それらと本質的に関連している。気候ガバナンスの重要性 は多くの場で認識されているにもかかわらず、APECのような討論の場では、拘束力のない声明書を除けば、まだ真剣に取り上げられていないのだ。

特に貧しい人々や最も脆弱な立場に置かれた人々に前例のない被害が及ぶような気候の悪影響を避けるためには、地域、国、行政区分、セクターの各レベルで炭素排出を制御する、よりボトムアップ的なアプローチが必須になるだろう。

ワークショップに参加した科学者たちが発した重要なメッセージは、効果的で公正なカーボン・ガバナンスを構築する際には地域の開発経路を認識し強調すべきだというものだ。言い換えれば、気候変動とアジアにおける開発の目標は直結しているのだ。しかしAPECのような最もレベルの高い政策議論の場で、気候変動が検討議題として優先されていないため、アジアと太平洋地域は炭素排出量の目標を達する上で重要な役割を担っているにもかかわらず地域的なカーボン・ガバナンス体制を強化することが難しいのだ。

カーボン・ガバナンスは多層的なガバナンスの問題であり、すべてのレベル、すなわち地方、国、地域において役者とエージェントが存在する。ここで言う役者とは多くの場合、環境保護団体やビジネス組織、科学的なネットワークのような国とは関係のない役者だ。この多層的なガバナンスの特徴により、規範に関する科学的理解と政治的な認識が必要とされている。例えば、共通しているが同一ではない責任あるいは予防原則の規範、または炭素取引やカーボン・ガバナンスにおける排出枠割り当てに関する専門的な指標の規範などだ。レベル間や政策分野間で矛盾のない規範は、同時にカーボン・ガバナンスが文化、社会、経済、政治の様々なコンテクストに組み込まれていることを反映すべきだ。このような理解は、様々なレベル、特にアジアの政策決定の最高レベルで政治的関心と行動を喚起するためには不可欠である。

カンクン会議の結果は、京都議定書以降の明確な合意を示唆していない。任意的な取り組みと分権化した炭素管理体制、そしておそらく世界的な排出量の制限なしという方向が、将来カーボン・ガバナンスがたどる道筋になりそうだ。したがって、特に貧しい人々や最も脆弱な立場に置かれた人々に前例のない被害が及ぶような気候の悪影響を避けるためには、地域、国、行政区分、セクターの各レベルで炭素排出を制御する、よりボトムアップ的なアプローチが必須になるだろう。

森林減少と森林劣化による排出の削減(REDD+) と関連した森林に関する新たなガバナンスのように、炭素排出を管理する最小限のガバナンス構造を形づくるために、新しい形のガバナンスを早急に構築する必要がある。アジアは炭素排出の最前線にあり、だからこそ問題解決においても、地域の社会や文化、経済的条件を念頭に置いたユニークなガバナンス体制を創造する最前線で活躍すべきなのだ。

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アジアにおけるカーボン・ガバナンスに関するキャパシティー・ビルディング・ワークショップ は、グローバル・カーボン・プロジェクト と地球システム・ガバナンス・プロジェクト の共催で、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク の後援を受けて開催されました。この記事は著者たちの見解のみを反映したものであり、彼らが関連する組織の見解ではありません。

翻訳:髙﨑文子

Creative Commons License
アジアにおけるカーボン・ガバナンス by ジョゼ・A・プピン・デ・オリベイラ, ルーベン・ゾンダーヴァン, ソバカル・ダカール is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

ホゼ・A・プピン・デ・オリベイラ氏はゼッツリオ・ ヴァルガス財団(リオデジャネイロおよびサンパウロ)の教員であり、復旦大学(上海)およびアンディーナ・シモン・ボリバル大学(キト)にておいても教鞭を執っている。クアラルンプール拠点の国連大学グローバルヘルス研究所(UNU-IIGH)およびMIT Joint Program for Science and Policy for Global Change(グローバルな変革に向けた科学政策のMITジョイントプログラム、ケンブリッジ)の客員研究員である。以前、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のアシスタント・ディレクターおよびシニア・リサーチフェローを務めた。

ルーベン・ゾンダーヴァン氏は地球システム・ガバナンス・プロジェクトの事務局長である。同プロジェクトはガバナンスと世界的な環境変化の分野では最大の社会科学研究ネットワークであり、現在の環境変化に対処するための政治的解決法や、斬新で効果的なガバナンス体系の研究に従事している。ゾンダーヴァン氏はスウェーデンのルンド大学に設置された国際プロジェクト事務局を拠点としている。彼は環境や資源管理に焦点を置く政治学者で、同プロジェクトに参加する前は外交や産業界に従事した。現在の関心分野は地球工学のガバナンスなどだ。

ソバカル・ダカール氏はグローバル・カーボン・プロジェクトの2名の事務局長のうちの1人である。グローバル・カーボン・プロジェクトとは、世界的な炭素循環と炭素管理に関する国際的科学プログラムであり、日本の国立環境研究所にも事務局を構える 。ダカール氏は都市部と地球の炭素分析の専門家である。IPCC第5次評価報告書の第3作業部会報告書の調整役代表執筆者 の1人であるほか、世界エネルギー評価 やAssessment Report on Cities and Climate Change(都市と気候変動に関する評価報告書)など国際的な評価の代表執筆者である。国際的な専門誌『Carbon Management』の編集主任であり、学術誌や書籍などに寄稿している。