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ドナルド・トランプ米大統領が、米国のパリ協定離脱を表明した。196カ国が署名し、2016年11月に発効した気候変動対策の画期的な合意であるパリ協定からの同国の離脱に対して、他の署名国からは強い反発の声が上がった。
米国が世界の温室効果ガス排出大国の1つであることを考えれば、6月1日に発表された同国の協定離脱の決定は、国際合意であるパリ協定に大きな打撃をもたらすものであった。しかし、多くの評論家がすぐに指摘したように、他の国がトランプ氏の決断に追随しない限り、この離脱はほぼシンボリック(象徴的)な意味を持つに過ぎない。
これまでのところ、国際社会の対応はそうした指摘を裏付けるものとなっている。すなわち、草の根レベルから政府トップに至るまで、気候変動緩和への取り組みに対する支持の動きが拡大している。
地球を再び偉大に
中国は、パリ協定への支持を繰り返し表明している。世界第4位の温室効果ガス排出国のインドも、すでに自国で進めている再生可能エネルギー革命を継続していく可能性が高いとみられる。
ドイツとフランスを筆頭とする欧州勢も、対抗姿勢を示し始めている。
6月1日にエリゼ宮(仏大統領府)でフランスのエマニュエル・マクロン大統領は、トランプ氏のスローガンをもじった「私たちの地球を再び偉大に」とのフレーズを使って批判し、米国の科学者たちに共にフランスで気候変動対策に取り組もうと呼びかけた。
同演説の中で、マクロン氏はパリ協定に続いて、グループや個人の権利の侵害に対する責任を国に問えるようにする協定が必要だとして、環境正義に関する国際協定の策定を提案した。
39歳のマクロン仏大統領は、欧州諸国の首脳の中でも、気候変動問題に関する若者世代の懸念を最も代弁していると言えるだろう。当然のことながら、フランスの存在なくして、その首都名を冠したパリ協定などありうるはずがない。
ヒートアイランド
トランプ政権の環境保護当局もまた、2016年4月にジョン・ケリー米国務長官(当時)が孫娘を膝の上に抱えて署名したパリ協定からの離脱をより積極的に支持するよう、米国のステークホルダーにけしかけている。
米国の市、企業、大学、および州は、率先して他国と協力し、気候変動対策における非国家主体の取り組みを推進する非国家主体気候変動活動(NAZCA)ポータルサイトを通じ、温室ガス削減計画に連携して取り組んでいる。6月24日時点で米国の331の市がパリ協定への支持とコミットメントを表明している。
国が協定署名を行った場合とは異なり、これらのコミットメントの表明が必ずしも法的拘束力をもつものとはならないかもしれない。しかし、こうした米国の市、州、および企業の表明したコミットメントは、NAZCAのデータ・パートナーを介して公表され、評価されていくことで、環境に大きな影響をもたらすことになるだろう。
国際的な気候変動への取り組みを行う米国の複数の市に対して総額1,500万ドルの資金提供を行った、大富豪で慈善家のマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長は、米ナショナル・パブリック・ラジオでの最近のインタビューの中で気候変動緩和に関して次のように述べている。「地方自治体は何らかの有意義な取り組みを行うことができる。州政府ではできることが少ない。連邦政府は、ほとんど何もできない」
自然緑地や河川などに代わり、熱のこもるコンクリートやアスファルトで覆われた大都市では「ヒートアイランド」現象が起きる。このような高温多湿の状況は、車、地下鉄、エアコンなどからの熱によって拍車がかかる。
科学専門誌「ネイチャー・クライメート・チェンジ(Nature Climate Change)」に掲載された最近の研究論文によると、人口密度の非常に高い都市(中国の上海やナイジェリアのラゴスのほか、米国のシカゴ、ヒューストン、サンディエゴなど、一握りの無秩序に広がる超巨大都市)で起こるヒートアイランド現象が、2050年までに地球上の温度を2°C上昇させると予想している。
フランシスコ・エストラーダ氏、W.J.ウーター・ボーツェン(Wouter Botzen)氏、リチャード・S.J.トル氏によるこの研究論文では、世界の全主要都市を対象に、地域的な気候変動とグローバルな気候変動によって都市部に発生する総体的な経済コストの定量的分析が初めて行われた。
約1,500の大都市を対象に実施されたこの分析調査によると、都市の気候変動に関する総経済コストは、ヒートアイランド現象を考慮した場合、これを考慮しない場合との比較で2.6倍に跳ね上がる可能性がある。影響を最も受ける都市においては、今世紀末までにヒートアイランド現象の影響による経済損失は国内総生産(GDP)の10%以上に上る可能性も示されている。
この地域性の高い問題に対しては、比較的低い費用で実施することのできる複数の解決策がある。例えば、日光の反射率を高め、熱吸収率を抑えることのできるクール・ペイブメントや、グリーン・ルーフなどがあげられる。
この研究によると、市内の屋根の20%と道路舗装の50%を最新の冷却仕様版に替えることで、気候変動に対する費用は抑えられ、最大で取り換え費用と維持費の12倍に上る額を節約することができ、都市全体の気温を最大0.8°C下げることもできる。
論文著者の1人であるリチャード・トル氏は、次のように指摘している。「都市レベルで地域的な温暖化抑制を目的とした気候変動適応戦略を取ることによって、結果的に世界中の都市に意味のある経済的利益がもたらされます。地方自治体の政策が都市部の温暖化削減に及ぼしうる劇的な影響について、これまで私たちが過小評価してきたことは明らかです」
グローバルな問題、地方自治体の対応
つまり、世界の平均気温上昇を2°C未満に抑えるというパリ協定の主要目標を達成するには、ピッツバーグからプーケットまで、市という市の取り組みが不可欠となってくる。
国際的な気候変動に関する協定への、こうした前例のない地方レベルからのコミットメントは、参加している州や市の利益にも明らかにかなうものである。なぜなら、その多くが、地球温暖化による直接的かつ即時的な影響を被る可能性の高い立場にあるからである。
例えば、カリフォルニア州では、再生可能エネルギーと自動運転車の研究開発における独自の技術という強みを持ちながら、長年、温室効果ガス排出削減に取り組んでいる。一方、島で構成されるハワイ州は特に気候変動による海面水位の上昇の影響を受けやすい。
都市部で気候変動緩和への取り組みを進めるには、市長や州知事が責任を持って社会基盤を整備していく必要もある。例えば、堤防の強化、公共交通機関の改善など、住民の生活の質をも向上させる環境に優しい投資が必要とされている。
米国の隣国であるカナダでは、ジャスティン・トルドー首相が気候変動への取り組みを政権の最重要課題の1つとして位置付けており、人口の多いケベックやオンタリオを始めとする多くの州が現在、キャップ・アンド・トレード(温室効果ガスの排出権取引制度)に関する協約や、その他の環境関連のイニシアティブの導入について、米国の州や市と直接合意すべく協議を重ねている。
トランプ大統領のパリ協定離脱に対する世界の反応は、気候変動のみならず、紛争、移民問題といったグローバルな課題が、地方都市や地域の問題と複雑に絡みあったものであることを改めて強く認識させるものであった。
世界に開かれた国となることが論争の原因となり始めている現在、世界が直面している喫緊の課題の多くは今なお、その取り組みにおいて、国家間の積極的な国際協調とともに、あらゆるレベルの行政の関与を必要としている。そこに、トランプ米政権の意向が関わる余地はない。
その意味で、パリ協定は大きな流れの始まりにすぎない。
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本記事の初出は、The Conversation(カンバセーション)に掲載されたものです。元の記事はこちら。