先日2週間に渡り行われた、絶滅の危機にある動植物の国際取引に関する国際会議は、新聞各紙や多くのブログで失敗だと評された。特定の海洋生物を保護するための新たな貿易措置の国際合意に達することができなかったことが、その主たる理由である。
カタールのドーハで開催された、ワシントン条約:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)第15回締約国会議(COP15)では、商業的に開発された水生動物種に関する議案がかつてないほど多数提出された。
CITESはおよそ5,000種の動物と28,000種の植物を、国際取引による過剰搾取から保護する条約である。保護の対象となる動植物やその個体数は、種への危険度やその取引に対する規制によって、3つの附属書に分類されている。
本年度注目を集めたのは、論議を呼んだ(そして不成功に終わった)大西洋のクロマグロを附属書Ⅰ(絶滅のおそれのある種で取引により影響を受ける種)に掲載するという試みである。
しかし、私はマイナス面について深く論じるつもりはない。むしろこのサミットは、さまざまな問題における政治的意思の強化に弾みをつけたと捉えられるべきだと考える。条約の施行や順守を強化するという決意が最も重要なのである。
順守がなにより重要
どんな多国間協定においても、実効的な施行と順守が成功の鍵だ。CITESは締約国に対し法的拘束力をもつが、各国の法令に代わるものではない。むしろ、国家レベルでのCITESの実施を可能にするため、その国の法律によって採用されるべき枠組みを提供しているにすぎないのだ。
種が条約附属書に掲載されたとしても、(乏しい法執行力、または効力の無い司法制度により)国家レベルでの実施が十分に行われなかった場合、”不履行”は起きるのである。
トラやトラの部位の取引が典型的な例だ。トラは附属書Ⅰに掲載されたが、アジアのいくつかの国々で高い需要があり保護に失敗している。(トラの皮は装飾品として珍重され、部位は伝統的な薬品として使用されるため、密猟が行われているのだ)
CITESによると、現在のトラの個体数は、驚くべきことに3,200頭まで落ち込んでいる。この威厳のある動物については、CITES事務局長も保護の失敗を認めており、主たる原因として国家レベルでの法執行のずさんさを挙げている。
「無残にも失敗したことを、私たちは認めなければいけません」 ウィレム・ウィンステカーズ氏は述べる。「歴史を通じてトラは珍重されてきました・・・しかし今や文字通り絶滅寸前なのです」
トラのような陸生哺乳類の不正取引の監視が困難だったならば、クロマグロの保護のために広大な海原を監視することは途方もない任務だ。あえて予測するなら、今回附属書への掲載が成されなかったクロマグロは、トラと同じ運命をたどるだろう。附属書Ⅰに掲載されるものの、深刻な絶滅の危機にさらされるのだ。食用として消費されるクロマグロの数は、現在CITESが指定するいかなる種の食用消費よりも多いのだから。
異なる視点で状況を見ている人々もいる。
WWF地中海の水産部門代表、セルジ・トゥデラ氏はこう語る。「確かに不本意ではありますが、大西洋のクロマグロの輸出入禁止提案に対する否決は、失敗ではなくチャンスと捉えるべきです」
「長年臆病すぎて行動に移せなかったことのために政治的勇気を奮い立たせるかどうかは、今や太平洋のクロマグロ漁を担当する各地域の管理組合員の手に委ねられているのです」
加盟国から成り、多くのメンバーがマグロ貿易の継続と種の理論に関心を持つ大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)の方が、CITESよりもマグロの個体数維持を保証できる立場にあるとトゥデラ氏らは考える。
ポストサミット戦略
トラの消滅は、種の保護を確保するのが附属書への掲載ではなく、社会意識と連動した幅広い国々での励行だということを明らかにした。需要が低下すれば、商業的・経済的圧力も減少するだろう。法の施行への抵抗も同様である。密猟者は別の動物の開拓に取り掛かるはずだ。
これらを踏まえ、サミット後の戦略は、管理強化と国家レベルでのワシントン条約の施行と順守に焦点を合わせるべきなのだ。
会合期間中、世界銀行が途上国の自然資源管理や望ましい統治のほかにも、グローバル・タイガー・イニシアティブを支援していることが注目を集めた。国際的なトラ保護プログラムの目標は、2022年までにトラの生息数を現在の2倍にし、グッドガバナンスを通してトラの部位の取引をすべて中止することだと彼らは強調する。
アメリカ、イギリス、ASEAN諸国、そしてインドなどの国々には、野生生物に関する犯罪を取り締まる特殊部隊があり、施行・順守強化のための専属の当局者が任命されている。常任委員会やワーキンググループなどのサミット後の会合では、ワシントン条約の加盟国173カ国すべてに、このような部隊を設立できるかどうか検討するべきなのだ。
国際データにおける課題
草の根レベルで実効的な法施行が成されているかを知るためには、組織化されたデータ収集と解析フレームワークも必須である。
しかし、望ましい統治が行われていても、なかなか完全な法の順守には至らない。これには、法施行関連情報の共有に高いセキュリティー要件が課されていることが影響している(自治体から中央政府への情報共有や、二国間の情報交換などがその例だ)。これはタイムリーな情報の流れを阻害する。その上、執行機関が管轄外での情報管理が困難になることを懸念して、真の情報共有に対し消極的になることもあるのだ。これらや、その他の理由により、1973年のCITES制定以来いまだに成功したモデルは存在しない。
1997年、CITES施行を監視する最初の情報システムの開発が始まった。CITES事務局はTrade Infraction and Global Enforcement Recording System (TIGERS)(取引違反および国際施行記録システム(タイガース):翻訳者訳)という、なんともふさわしい名前のシステムを導入したのだ。TIGERSは、CITES管理局や各国の法執行機関など、さまざまな情報源から寄せられた野生生物に関わる犯罪や不正取引情報の記録を可能にした。
しかしこのシステムは、CITES事務局内にとどめておかなければならない野生生物犯罪に関する国際的な機密情報を取り扱うため、国家間レベルでの使用には向いていなかった。よって、TIGERSの情報をすべてのCITES加盟国と共有することは不可能だった。
2007年オランダで開催されたCITES第14回締約国会議(COP14)にて、事務局は、ワシントン条約加盟国からの情報提供が乏しいため、このシステムの条約順守に関する報告過程は不十分だと発表した。
先日のドーハ会合では、不正取引データベースワーキンググループの設立と、その活動資金を外部に募ることが決定した。欧州TWIXモデルに沿ったデータベースの作成がCOP15で提案されていたのだ。
野生動植物の違法取引監視システム
2005年以来国際連合大学(UNU)は、野生動植物の違法取引監視システム(WEMS)イニシアティブで、高効率の情報システムモデル構築の研究を行っている。
WEMSは前述の事例の課題克服に一役買えたかもしれない。WEMSのコンセプトは、国際的なシステム開発に注力することではなく、野生生物犯罪に関する情報を収集、蓄積、分析するための(加盟国の)能力強化に資源を割り当てることなのだ。
UNUは現在、Environmental Systems Research Institute社、コロンビア大学のCIESIN、オーストラリアのボンド大学とともに、国レベルでのWEMSシステムの導入に取り組んでいる。
最初の試験的研究はインドで行われる予定だ。連携する機関は、インド野生動物犯罪監視局と環境森林省である。情報技術研究の拠点としての評判や世界有数の急成長新興国であることが、インドという選択に反映されている。もしWEMSがインドでうまくいったなら、成功モデルとして近隣諸国にも導入することができると私たちは考えている。
前へ進む方法
他の条約と同様、CIESも難題に直面している。各国政府、科学者、企業、自然保護論者など、利権が異なる団体との決定合意は難しい。
失望をよそに、私たちは近年の決定が生んだ前向きな進展に目を向けるべきなのだ。CITES第15 回締約国会議(COP15)は、国際社会の中にこれらの問題に対する自覚を促した点において成功なのである。おそらくそこには、2010年が国際生物多様性年だという事実も影響しただろう。
さまざまな組織を結びつけることもできた。国連薬物犯罪事務所(UNODC)、世界税関機構(WCO)、インターポール(INTERPOL)、世界銀行が、施行過程において連携するのは今回が初めてである。
多国籍機関にとっての課題は、国家レベルの目標達成に向け十分な資源を割り当てるだろう。手遅れになり、地球上の危急種が絶滅してしまう前に。
翻訳:上杉 牧