地球工学:研究の前にガバナンスを

近頃発行された『サイエンス』誌上で、エドワード・パーソン氏とデヴィッド・キース氏は「地球工学研究のガバナンスに関する行き詰まりを打開する」計画を打ち出した。地球工学研究そのものと同様に、ガバナンスの問題初期段階にある。よく練られながらも相反する提案を持つ反対陣営が登場したのかどうかは明らかではないが、パーソン氏とキース氏は「行き詰まり」を認識しており、その打開策を打ち立てている。

彼らは計画を提示する前に、自分たちの立場が中道的提案となるような、「極端な」立場によって分裂した状況を設定した。一つの「極端」は一部の非政府組織(NGO)の立場であり、パーソン氏らはそのようなNGOを、無条件にすべての研究に反対する「廃止論者」として分類している。彼らが想定したのはETCグループだけかもしれない。なぜなら地球工学に関するキャンペーンを行っているNGOは他にないからだ。実際にはETCグループでさえ、一部の地球工学研究は適正な規制環境において許可されるべきであると認めている。ETCグループは生物多様性条約会議において、地球工学の計画への規制を支持する上で重要な役割を担ったが、禁止を支持してはいない。

もう一方の「極端」は、「無責任な」実験に参加し、あらゆる管理を拒否する「無謀な冒険者たち」として提示されている。この表現に当てはまる地球工学の研究者は、恐らくラス・ジョージ氏だけである。ジョージ氏は無謀とは言えるかもしれないが、「ならず者」としての立場によって地球工学の研究コミュニティから追い出されており、地球工学のガバナンスに関する議論の一端を担う人物とは考えられない。

パーソン氏らは自らの主張を、「気候リスクの健全な管理」、つまり「廃止論者」と「無謀なならず者」に替わる合理的な選択肢であると考えている。デヴィッド・キース氏自身も含め、太陽放射管理(SRM)に関する実験を行いたい人々はソーシャル・ライセンス(社会的責任を果たすことによって付与される事業や開発を行う資格)を得るために何らかの形の公共監査を受け入れなくてはならないことを認める、ということらしい。とはいえ、彼らの提案は、科学者は自分の研究を行うために信頼されるべきだという見解を擁護する人々が提示するミニマリスト的で「軽いタッチの」規制を後押しする活動の一部として見るのが妥当だ。

計画

では、「行き詰まり」を打開するパーソン氏とキース氏の計画とは何か? 海洋への鉄散布による肥よく化実験が多くの議論を呼んでいるにもかかわらず、それは二酸化炭素の除去ではなく太陽放射管理として分類された地球工学計画を規制するための計画である。

彼らはまず、「大規模な介入は小規模な介入よりも多くの管理を必要とする」というもっともらしい原則に言及し、提案された研究プロジェクトがもたらす計測可能な物理的影響の程度と規制の程度を関連付ける計画を立てている。特に、彼らの勧告は多様な法的管轄下にあるすべての科学的研究にすでに浸透している必須条件を超えて、放射強制力への影響が年間10-⁶ Wm-²未満であるSRM実験はいかなる新規制も受けるべきではないとしている。

このような小規模な実験について、彼らは自主規制のほか、国際的な研究登録の形態における透明性を保つメカニズムを提唱している。その一方で彼らは、正当な研究者の信用を失墜させる恐れがある「ならず者」による実験を追放するために、非特定的な国際協力を提案している。10-² Wm-²という規制値を超える大規模な実験については、実験の必要性が確立できるまでの一時的禁止を提唱している。高い規制値と低い規制値の合間に分類されるプロジェクトがもたらす「ハードなガバナンス問題」については、彼らは一切の提案をしていない。規制値を超えるか超えないか、どちらかに当てはまるプロジェクトだけが緊急対策を必要としていると(支持なしに)主張している。

なぜうまくいかないのか

この計画の問題点とは何か? パーソン氏とキース氏は、あたかも唯一重要なリスクは環境への物理的影響であるかのように、技術的基準による規制を提案している。ところが、主な新しい科学的研究プログラムの歴史(例えば生物の遺伝子組み換え、ナノテクノロジー、幹細胞研究など)をひもとくと、新しい技術パラダイムの社会的リスクや政治的リスクは、潜在的な物理的危険性よりもしばしば重要であることが分かるのだ。

その理由はさまざまだが、地球工学の場合、主に2種類の非物理的リスクがある。第1に、技術的ロックインのリスクだ。いったん地球工学の研究活動が基準値を超えると、あまりに大きな勢いがつくため、止めることが難しくなる。科学、商業、政治における支持基盤が確立されると、気候工学テクノロジーの危険性は軽視されたり、無視されたり、抑圧されたりするかもしれない。このリスクが甚大であることを信じるべき理由がある。

第2のリスクは、第1のリスクと関連している。研究プログラムが地球工学を気候変動への解決策として標準化した場合、温室効果ガス排出を削減させるインセンティブは減少するかもしれない。この「モラル・ハザード」の議論は恐らく、気候変動への対処策としての地球工学に懐疑的な人々が抱える最大の懸念である。彼らは、政治的リーダーたちはチャンスさえあれば安易な解決策を選ぶだろうと危惧している。

こうした二つの懸念は、研究プロジェクトの蓄積的影響のリスクを証明している。一つ一つの研究プロジェクトはパーソン氏とキース氏が提示した規制値未満に収まるかもしれない。しかし少数のプロジェクトが集まれば、地球工学研究の政治的および社会的環境は変わるかもしれない。彼らの計画はこうしたリスクを一切考慮していないため、推進力を得るとは考えにくい。

早期に、包括的で透明性を持つガバナンス機構(例えば開発途上諸国の懸念が表れやすい機構)が確立されれば、十分に証明されていない地球工学の計画に先走る行動を抑制し、すでに形成されつつある地球工学の支持基盤に対する拮抗勢力として機能するだろう。

政治はなくならない

研究は「政治」の汚らわしい影響を被らないでいられるという見解は、科学者の間で深く支持されている。客観的研究によって知識が得られた後に、政治と倫理が知識をどのように利用するのかについて影響力を持ち始めるのだと信じられているのだ。その立場はしばしば、暗黙のうちに地球工学研究を擁護する。

研究を行うことと政策を立案することの間に境界線を引くことが可能だとする主張は、利己的であるばかりか、逆に豊富な証拠を無視している。

何をどのように研究するかに関する決定を、資金レベル、資金源、組織としての優先順位、研究論文の目的、何をどう報告するかに関する複雑な決定から切り離すことは、概念的に不可能である。そのため、さまざまな特定状況によって形成されるという意味において、事実は「構築される」のだ

現実的に、社会は新しい技術の方向性に対して、その初期段階ならより容易に影響を及ぼすことが可能だが、いったん新技術が定着すると、社会がコントロールする力は小さくなると論じられてきた。なぜなら新技術は研究コミュニティの内部の力学やインセンティブによって勢いを得ており、研究コミュニティは新技術に関心を持った外部の関係者や組織から支持を得ているからである。

つまり地球工学研究は始まる前も始まってからも、政治にどっぷりとつかっている。結局のところ、「プランB」が今、研究されている理由は、諸政府が「プランA」への合意に大失敗したからに他ならない。気候科学をあからさまに否定し、排出量削減に反対キャンペーンを張ってきた政治関係者たちからの支持をプランBが集めているという事実も、否定し難い政治的文脈を証明している。さらに、地球工学のいかなる研究プログラムも、それが環境に与える影響とは無関係に、それ自体が展開していく可能性が高いという揺るぎない懸念もある。

パーソン氏とキース氏が想定するように、ある種の地球工学研究を社会的懸念や規制への要望から隔離できると想定するためには、「客観性」の力を沈殿剤として利用し社会という溶液から純粋研究を抜き出すことが可能だと考えなくてはならない。しかし地球工学自体の歴史が、この考えが真実ではないことを証明している。

何年もの間、気候科学のコミュニティは、あらゆる地球工学研究には政治的意味が含まれていることを受け入れていた。パウル・クルッツェン氏による2006年の極めて重要な介入は「水門を開いた」出来事だったが、それ以前は、ほぼ満場一致の状態で地球工学研究に対するタブーが浸透していた。その理由は、地球工学が政治的に利用されるかもしれないという不安だった。地球工学を遠ざけた科学者たちは「より多くの情報は常に望ましい」ことを受け入れなかった。このようなタブーを破ったために、クルッツェン氏は他の科学者たちから厳しい批判を浴びせられた。

つまり、地球工学研究に伴うリスクは、主に社会的で政治的なものである。このようなリスクはWm-²という単位では測れない。さらに、地球工学の利用を制御する方法がない状況では科学者たちに地球工学の研究を行う資格がないという実際的かつ倫理的な根本的懸念を、客観性に訴えることで拭い去ることも不可能である。要するに、また、無規制の領域を求める人々の意見とは逆に、地球工学のガバナンスは研究に先行するべきなのだ。

翻訳:髙﨑文子

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地球工学:研究の前にガバナンスを by クライヴ・ ハミルトン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

クライヴ・ハミルトン氏はオーストラリア国立大学とチャールズ・スタート大学のジョイントセンターであるCentre for Applied Philosophy and Public Ethics (応用哲学と公共倫理センター)の公共倫理学教授。イェール大学、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で客員講師を務めた経歴がある。ハミルトン教授は幅広いテーマについて発表しているが、著書によって最も知られており、著書の多くはベストセラーとなっている。『Requiem for a Species: Why we resist the truth about climate change(種への鎮魂歌:なぜ温暖化の真実を拒絶するのか)』は2010年、Earthscan社およびAllen & Unwin社から出版された。彼の新作『Earthmasters: The dawn of the age of climate engineering(地球の主たち:気候工学時代の夜明け)』は2013年2月、Yale University PressおよびAllen & Unwin社から出版された。