日本におけるポスト福島のエネルギー問題

エネルギー供給の保障は、とくに2011年3月11日に日本を襲った三重の災害以降、日本の政治の最優先課題である。国内のエネルギー資源はないに等しく、再生可能エネルギーの市場もまだ初期段階にある日本は、世界最大の純石油輸入国である。1973年の第1次石油ショックから2011年の震災に至るまで、原子力は石油市場の変動からくる影響を吸収し、気候変動を緩和するための重要な柱となってきた。

しかし震災を受けて、合計47ギガワット(GW)にのぼる発電を行ってきた国内50か所の原子炉すべてが、安全点検またはメンテナンスで徐々に停止した。世論の圧力により、短期的にみて、これらの原子炉が再稼働できるか否かは不明である。停電の可能性を回避し、核エネルギーの大幅減を乗り越えるため、2012年には化石燃料発電のシェアが25%増加し、これが経済の安定性や環境持続可能性への脅威となっている。

したがって、日本は手詰まり状態にある。日本は、長期にわたって確実に手頃な価格でエネルギーを確保する戦略をとることで、エネルギー供給の安全を保障し、経済成長ニーズを促進し、気候変動緩和政策を支援し、市民の信頼を保つ必要がある。ただしこのゴールを達成するためのロードマップは、まだ不明確である。

残る難題:政府は岐路に立ち、内在性エネルギーや再生可能エネルギーに基づくグリーンで強靭な経済へと転換できるか?

日本が原子力を徐々に廃止すべきか否か、また原子力に代わるべき資源は何かという全国的な議論の中で、2つの対立した意見が続いている。産業界のロビイスト(いわゆる「原子力村」の一部)から圧力がかかる中央政府は原子炉の再稼働を支援しており、とくに短期的な供給上の制約を踏まえると、経済的ニーズに適当な価格で対応できる唯一の選択肢が原子力だと主張する。他方、地方自治体や世論は、再生可能エネルギーのシェアを高めるよう求めている。こちらは現在の困難な状況をグリーン経済へと向かうチャンスとして捉え、グリーン経済は、気候変動への耐性や地域の発展およびグリーン・ジョブをもたらし、エネルギー分野における輸入や専売への依存を軽減すると見込んでいる。

しかし、再生可能エネルギーは今も高価であり、その技術はまだ十分に発展・成熟しているとはいえない。したがって、次のような難題が残る。政府は岐路に立ち、内在性エネルギーや再生可能エネルギーに基づくグリーンで強靭な経済へと転換できるか? もしできるのであれば、経済的および環境的な相乗便益を最大化する最適な発電方法の配分はどのようなものだろうか?

シナリオの検討

これらの難題を解くため、私たちが最近発表した論文では、福島第一発電所事故以降の状況を背景として、日本におけるさまざまな発電ポートフォリオで見込まれる、経済的および環境的な相乗便益に焦点を置いた。

私たちはライフサイクルアセスメントの方法を取り入れ、世界および地域での環境影響を推計する。この影響は、再生可能エネルギー以外の消費量累積、温室効果ガス(GHG)排出量(CO2e)、地球酸性化の可能性(SO2e)、粒子状物質形成の可能性(PM10e)およびさまざまな電力マトリックスの発電コストで測定した。Energy Policy Journal(エネルギー政策ジャーナル)に発表されたこの研究では、日本におけるエネルギーの未来について継続した議論の中心となっている、原子力と再生可能エネルギーの配給に関する現在の情報を考慮したうえで、4つのシナリオを評価した。

1つ目のシナリオ「原子力ゼロ、熱エネルギー高」は、すべての原子力発電所が停止し、その代りとして、とくに重油や液化天然ガスといった火力発電のシェアを増加させるというものである。これらのシェアは、2012年における化石燃料調達の増加について日本エネルギー経済研究所が行った推計に基づいており、また大飯原発の原子炉2カ所が再稼働した2012年7月1日までにおける日本のエネルギー供給ミックスの状況を、大枠において反映している。

2つ目のシナリオ「原子力ゼロ、再生可能エネルギー高」は、原子力が占めていたシェアを再生可能エネルギーの増加で補い、また化石燃料による火力も減らすというものである。資源エネルギー庁による各エネルギー資源の推計ポテンシャルに基づき、風力発電のシェアは6%、ソーラー発電は5.6%、地熱発電は2.8%、バイオマスは2.10%で推計を行った。

残り2つのシナリオでは、原子力のシェアを15%に削減することを想定している。3つ目のシナリオ「原子力削減、再生可能エネルギー低」は、再生可能エネルギーのシェアを変えず、原子力の削減を補うために化石燃料のシェアを約12%増やすというものである。他方、シナリオ4「原子力削減、再生可能エネルギー高」では、再生可能エネルギーの配給をシナリオ2と同じレベルで想定しており、つまり化石燃料のシェアも6%近く削減するということになる。シナリオの特徴は、以下の表に要約した。

表1.日本のエネルギーミックスシナリオ:2030年(発電量)

エネルギー源 フクシマ以前 原発ゼロ, 熱エネルギーの割合「高」 原発ゼロ, 再生可能エネルギーの割合「高」 原発削減, 再生可能エネルギーの割合「低」 原発削減, 再生可能エネルギーの割合「高」
基礎シナリオ シナリオ 1 シナリオ 2 シナリオ 3 シナリオ 4
原子力 26.4% 0.0% 0.0% 15.0% 15.0%
石炭 24.3% 34.0% 27.8% 28.6% 22.0%
液化天然ガス 29.4% 45.0% 33.5% 34.7% 26.7%
重油(燃料) 10.2% 11.3% 11.7% 12.0% 9.3%
化石燃料 合計 63.9% 90.3% 73.0% 75.3% 58.0%
(流れ込み式)水力発電 8.0% 8.0% 10.0% 8.0% 10.0%
Hydro (揚水式水力発電) 0.5% 0.5% 0.5% 0.5% 0.5%
バイオマス 0.3% 0.3% 2.1% 0.3% 2.1%
太陽光発電 0.2% 0.2% 5.6% 0.2% 5.6%
風力発電 0.4% 0.4% 6.0% 0.4% 6.0%
地熱発電 0.3% 0.3% 2.8% 0.3% 2.8%
再生可能エネルギー 合計 9.7% 9.7% 27.0% 9.7% 27.0%
合計 100.0% 100.0% 100.0% 100.0% 100.0%

さまざまな発電ポートフォリオ案の相乗便益

もし日本政府が福島以前の発電ミックス(基礎シナリオ)へ戻るならば、再生可能エネルギー以外の消費量の合計およびGHG排出量はそれぞれ136Mtoeおよび352MtCO2eとなり、地域への環境影響は0.8MtSO2eおよび0.3MtPM10eとなることがわかった。

選択肢となっているシナリオの中では、シナリオ1「原子力ゼロ、熱エネルギー高」およびシナリオ3「原子力削減、再生可能エネルギー低」で、世界および地域での環境影響が最も大きいことが明らかとなった。この結果から示唆されるのは、たとえ原子力が削減され再生可能エネルギーで補われても、化石燃料の火力がエネルギーミックスに占めるシェアが変わらなければ、電力セクターが地域に及ぼす全体的な環境影響は変わらないということである。

他方、シナリオ2「原子力ゼロ、再生可能エネルギー高」では、再生可能エネルギー以外の消費量が17%減り、GHG排出量も27%減少した。しかしこれは最もコストがかかる選択肢で9%のコスト増となり、最大1,630億米ドルかかる。これはおもに、再生可能エネルギーの技術を実装するために要する高額な資本コストによるものである。

シナリオ4「原子力削減、再生可能エネルギー高」では、地球の酸性化の可能性および粒子状物質形成が24%減少するというように、環境影響の著しい低下が示唆される。したがって、化石燃料への依存と原子力のシェアが同時に減らされて初めて、環境影響が緩和されるのである。またシナリオ4は比較的コストが低い選択肢でもある。これはおもに化石燃料コストが高いことによるものであり、2030年までには再生可能エネルギー高のシナリオが、基本ケースのように原子力のシェアが高いシナリオと競合できることが示唆される。

これにより経済発展を損なわずに、エネルギー供給の保障や気候変動に対して費用効率が高い解決策を提供することが可能となる。プロジェクトのコストが必ずしも事業の経済負担を示すものではなく、むしろ他の選択肢との比較である点を留意することが重要である。この研究でさまざまなシナリオを対比したことは、潜在的な変動の経済的な実現可能性を明らかにするのに役立った。

図1.再生可能エネルギー以外の消費量累積とシナリオ案での地球温暖化の可能性(2030)

図1.再生可能エネルギー以外の消費量累積とシナリオ案での地球温暖化の可能性(2030)

図2.シナリオ案での地球の酸性化の可能性(2030)

図2.シナリオ案での地球の酸性化の可能性(2030)

図3.シナリオ案での粒子状物質形成の可能性(2030)

図3.シナリオ案での粒子状物質形成の可能性(2030)

図4.シナリオ案での均等化原価(2030)

図4.シナリオ案での均等化原価(2030)

明るい未来と暗い過去への逆行?

日本政府は間もなく、この国における未来のエネルギーの道筋を描く重大な政策を発表する予定である。この研究で実証されているように、日本政府には現在のエネルギー危機をチャンスに変え、環境に優しく経済的に競争力を持つ発電ミックスに向けた動きをとる潜在力や能力がある。

著者がみるところ、原子力を停止させて化石燃料技術でそれを補う(シナリオ1のモデル)という日本政府の短期的な戦略は、累積する再生可能エネルギー以外の消費量を14%、GHGを32%、地球の酸性化の可能性を29%、粒子状物質の形成を34%上昇させるため、環境的にも経済的にも持続不可能である。おまけにこの戦略は、福島以前の基本シナリオより8%コスト高でもある。

他方、インフラや技術的な制約により、短期的にみると再生可能エネルギーへ直ちに移行するのは現実的ではない。このような意味合いにおいて、原子力に対する国民感情や化石燃料の使用が経済および環境に及ぼす影響を考慮すると、原子力のシェアを削減することが最適な選択である。しかし原子力規制機関に対する国民の不信感を踏まえると、日本政府は原子炉の安全性を世界的な安全・保健・福祉の水準まで高めることを保証するようさらに努力し、東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会が  勧告する規制システムの改革を行うべきである。漏水や汚染の可能性、また周辺の土壌や水に関する最近の福島の危機的な状況をコントロールすることが必須であろう。

中長期的には、再生可能エネルギー以外の資源への依存から内在性のエネルギー資源への移行が、環境的および経済的に有効な戦略であることが証明されるだろう。この意味において、移行は原子力発電または再生可能エネルギーのどちらからでも達成することができる。なぜならば、これらのエネルギーシステムはともに、外国からのエネルギー依存やGHG排出量およびその他の地域の大気汚染物質を、手頃なコストで削減する費用効率の高い選択肢だからである。

シナリオ4「原子力削減、再生可能エネルギー高」で実証されるように、再生可能エネルギーのシェアを徐々に増加させるとともに、原子力および化石燃料熱技術を減らすことにより、再生可能エネルギー以外の消費量を29%、GHG排出量を34%、地球の酸性化の可能性および粒子状物質の形成を24%削減すると見込まれる。基本シナリオと比較すると発電コストは実際に高いものの、これらのコストは環境にかかる外部性の内部化としても理解できるだろう。

翻訳:日本コンベンションサービス

著者

ジアンカルロス・トロンコソ氏は、環境と移動手段の構築の問題に特化した都市交通を専門とした建築と都市計画の教育を受けている。彼は東京大学で都市開発の修士号を取得し、現在は、構築環境の影響、移動の行動パターンにおける考え方や好みの分析のために彼自身が計量経済学モデルを開発した同大学で、博士課程にある。

ベルナルド・カストロ=ドミンゲス氏は、東京大学の研究者である。彼の研究対象は、膜開発とガス分離時における分子篩に関連するものである。その他の研究活動には、技術経済的評価や化学的工程の最適化なども含まれる。カストロ=ドミンゲス氏はユタ大学で工程デザインを専門として化学エンジニアリングの修士号を取得し、東京大学で膜開発を重視した博士号を取得している。

ジョアナ・ポルトガル=ペレイラ氏は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ連邦大学(COPPE-UFRJ)のリサーチフェローである。彼女の研究対象は、エネルギーと交通部門における地球規模から地域レベルでの環境への影響を削減する緩和政策の費用対効果の評価にある。リオ・デ・ジャネイロ連邦大学で研究をする以前は、国連大学高等研究所(UNU-IAS, 東京)およびアジア開発銀行研究所(ADBI, 東京)にて、持続可能な交通移動、低炭素テクノロジー、持続可能なエネルギーシステムについてのコンサルティングおよび研究活動を行っていた。ポルトガル国籍であるポルトガル=ペレイラ氏は、リスボン工科大学にて環境エンジニアリングの修士学位をバイオエネルギーを専門として取得し、東京大学にて代替燃料のライフサイクル・アセスメント(生産から回収再利用までの過程での環境に対する影響を評価)を重視した都市工学の博士号を取得している。