人工知能導入の遅滞がもたらす危険性

ますますデジタル化の進む未来に向かって世界が突き進む中、国家の運命を左右する人工知能(AI)の役割はいくら誇張してもしすぎることはない。文化と多様性が豊かに織りなす南アフリカは、AIの力を活用してより良い社会、経済、そして未来を実現できるだろう。

しかし、こうした潜在能力を発揮するには、産官学が一体となって取り組み、イノベーション、包摂性、責任あるAI慣行を促進する必要がある。AIの潮流や技術の進歩に乗り遅れることは、命取りになりかねない。現在の世界情勢において、後れをとるという選択肢はない。

アップル社のティム・クック最高経営責任者(CEO)は次のように述べている。「私たち全員がすべきことは、AIを人類の不利益ではなく、人類の利益になるように活用することだ」。

近年、南アフリカはAIの導入で大きな進展を遂げた。急成長するテック業界のスタートアップ企業と、AIに特化した研究機関の増加により、南アフリカはAIが持つ変革能力を活用し始めた。

医療から農業、金融、教育に至るまで、AIの応用はすでに影響を及ぼしつつあり、プロセスの効率化と意思決定の改善が期待されている。

しかし、南アフリカは、根強くはびこる不公平や不平等を認識しなければならない。社会的正義は市民が置き去りにされることなく全ての面で国が発展するようにし、AIがもたらす莫大な恩恵を享受できるようにすることを求めている。

必要なのは、とりわけ経済成長が停滞している国において、あらゆる悪影響に対抗することが出来る責任あるAI活用である。

確かに、AIは南アフリカの経済成長を促進する可能性を秘めている。反復作業の自動化により、AIはさまざまな産業の生産性を向上させ、コスト削減と競争力の改善につなげることができる。

さらに、AIソリューションの開発と導入は、AI開発、データサイエンス、AI倫理などの分野で雇用を創出し、熟練者の雇用機会の新たな一波を起こすことができる。私たちの教育制度は、機敏性、対応力、技術的能力、好奇心などの新たなスキルがカリキュラムに組み込まれた雇用市場のこうした潮流に対応する準備を整えなければならない。

未来の卒業生には、激動の時代に適応できるようにする新しいスキルの波を身につける事が必要なのだ。これは労働市場にも当てはまり、労働者は業務の大きな変化を目の当たりにし、新たな形態とある程度のリスキリングを必要とすることになる。

進むべき道

僅か数年前、こうしたAI中心の世界に備えるべく、私たちは南アフリカで第4次産業革命(4IR)に関する大統領委員会を発足させた。パンデミックがこの転換を早めることになろうとは、幸いにも当初は気づかなかった。パンデミックが世界を新たなあり方、働き方、生き方へと駆り立てたと言える。4IRは、デジタル技術、物理技術、生物学的技術の収束を特徴とする変革の時代である。

南アフリカの4IR委員会では、官民学が協力して4IR戦略の策定と実施に取り組んだ。

2020年にAIの役割を理解し始めた私たちは、8つの提言を行った。これらの提言はAIの文脈で捉えることができる。

南アフリカは4IRの過程でいくらか前進し、さまざまな分野で顕著な成果を上げた。さらに、インフラ整備の面ではブロードバンド接続、データセンター、高精度のコンピューティング施設などの重要インフラに投資している。

スキル開発については、若者雇用・スキル開発イニシアチブ(YESD)や国立専門職育成機関(Nadi)などのイニシアチブが、4IRの労働力に必要なスキル開発に焦点を当てている。

イノベーションと起業家に関して、南アフリカはイノベーション・エコシステムを発展させ、4IRによるソリューションを開発するスタートアップや中小企業を支援している。南アフリカは、ヨハネスブルグ大学(UJ)とツワネ工科大学(TUT)が共同で運営する国立AI研究所を設立した。

しかし、他にもすべきことがある。

第一に、南アフリカは包摂性というレンズを通して教育を優先しなければならない。社会的排除が常態化していた南アフリカのような国では、教育が持つ変革をもたらす力が強い力となる。教育への適切な投資により得られる公共の利益は紛れもない事実である。

世界には、教育部門を活性化し、資金を動員して投資し、大きな投資リターンを得て国家や個人に利益をもたらしている国もある。STEAM(科学、技術、工学、芸術、数学)教育への投資は、とりわけ十分なサービスを受けていないコミュニティーにおいて非常に重要である。

AIに関する教育やトレーニングを利用できるようにすることで、AIを中心とする将来の雇用市場に必要なスキルを個人に与えることができ、それによって経済格差を是正することができる。南アフリカがより良い未来の形成に積極的ならば、教育の大幅な方向転換が要求される岐路に立っているのは明らかだ。

第二に、社会的利益のためにAIを推進することが全面的に必要である。南アフリカは、AIを活用して喫緊の社会的課題のいくつかに対処すべきである。例えば、AIを活用した医療ソリューションは、医療サービスの質の向上や、遠隔地へのアクセス拡大に役立てることができる。

農業分野でのAIは作物の収穫量を増加させ、食料安全保障を強化できる。AIを活用した教育ツールは学習体験をパーソナライズ(個別化)し、教育をより利用しやすく実用的なものにできる。分析により、教育のカスタマイズ、学習ペースの調整、要求に応じた介入、学生支援の確保が可能になる。例えば、チャットボットは即座にサポートを提供し、リアルタイムで学生のニーズに応えることができる。

第三に、連携と投資の拡大である。南アフリカは、産官学連携を奨励してAIの過程を加速しなければならない。官民パートナーシップは研究開発やイノベーションを推進し、投資を誘致できる。AIの採用促進を目的とした政府によるインセンティブや政策、産業界主導のイニシアチブは、繁栄するAIのエコシステムを創り出すことができる。

第四に、教育とスキル開発への投資である。政府と民間セクターは、労働者がAI主導の経済で進化する需要に備えるために、スキリングとリスキリングの取り組みに投資しなければならない。教育・研修プログラムへの投資は、南アフリカの労働者がAI主導の未来に備えるためのものでなければならない。

これには、学校や大学のカリキュラムを更新してAIや機械学習を取り入れ、労働者が新しい仕事の要件に適応できるような職業訓練を提供することが含まれる。南アフリカのいくつかの大学はAIのコースやプログラムを提供している。例えば、プレトリア大学、ケープタウン大学、ステレンボッシュ大学、ウィットウォーターズランド大学、ヨハネスブルグ大学、ノースウェスト大学、ネルソン・マンデラ・メトロポリタン大学は、機械学習、ディープラーニング、自然言語処理などのトピックを扱うプログラムを提供している。したがって、こうしたプログラムをこれまで不利な条件に置かれていた大学に拡大することが不可欠である。

第五に、頭脳流出への対処である。AI人材がイノベーションと経済成長を牽引する南アフリカにとって、頭脳流出は特に懸念される。私は、ウィットウォーターズランド大学とヨハネスブルグ大学で博士課程38人と修士課程46人のAIに関する論文を指導した。博士号取得者38人のうち24人、修士号取得者46人のうち24人が南アフリカを去った。

南アフリカからAIの頭脳が流出する要因は、経済的機会、研究インフラと資源、生活の質に対する主観的評価などいくつかある。

南アフリカからのAI頭脳流出に対処するためには、経済的機会を増やし、高度なコンピューティング資源、専用ソフトウェア、研究施設などの研究インフラに投資し、AIの教育と研修を推進し、AI支援エコシステムを構築し、ディアスポラを活用した知識移転、連携、AI専門家の南アフリカへの帰国可能性を促進する必要がある。

第六に、官民パートナーシップの活用によるAI資金の拡充である。南アフリカのAI資金は、政府のイニシアチブ、民間セクターの投資、国際的支援によって勢いを増しつつある。

例えば、科学・イノベーション省は、国立研究基金やイノベーション・ハブのようなプログラムを通じてAI研究に資金を提供している。さらに、産業開発公社は技術イノベーション基金を通じてAIスタートアップや中小企業を支援している。南アフリカ国立研究財団施設も、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)設備である「レンガウ」を通じてAI研究に資金を提供している。

南アフリカの企業は、民間セクターの資金を活用してAIに投資し、業務の改善、顧客体験の向上、新製品やサービスの開発を行うべきである。こうした投資がAIスタートアップの成長を後押しし、ベンチャーキャピタルの資金を呼び込んでいる。

例えば、南アフリカの多国籍テクノロジー企業であるナスパーズは、そのナスパーズ・ファウンドリとプロサス・ベンチャーズのイニシアチブを通じてAIスタートアップに投資している。さらに、MTNはAI専門部署を設立し、MTNグループ・フィンテック・イノベーション・ハブを通じてAIスタートアップに投資している。スタンダード・バンクは、リスク管理、不正検知、顧客サービスを改善するためにAIに投資している。

第七に、データ収集インフラへの投資である。南アフリカのデータ収集インフラは、データ駆動型インサイトやイノベーションに対する需要の高まりを受けて急速に発展している。政府、民間セクター、学術機関は、データ収集インフラの能力を強化するためのさまざまな取り組みに投資している。

南アフリカ政府は、国家が発展するためのデータ収集インフラの重要性を認識し、その成長を支援するためのいくつかのイニシアチブを立ち上げた。国家空間データ基盤は、南アフリカにおける空間データの収集・管理・共有のための包括的な枠組みを確立することを目的としている。

統合統計情報システムは、さまざまな政府情報源からの統計データにアクセスし、分析するための統一プラットフォームを提供している。オープンデータ・イニシアチブは、オープンデータ・ポータルなどの取り組みを通じて公開データへのアクセスを可能にしている。

南アフリカの企業も、データ収集インフラに投資して業務の改善や競争優位性の獲得を図っている。こうした取り組みには、データネットワークを拡大し、顧客の行動やネットワーク最適化に関する識見を提供するデータ分析プラットフォームに投資している通信会社が含まれる。

さらに、銀行や保険会社はデータ収集インフラを活用して信用リスクの評価、パーソナライズされた金融商品の開発、不正対策を行っている。さらに、小売チェーンはデータ分析を利用して顧客の嗜好を把握し、商品の配置を最適化し、マーケティング・キャンペーンを強化している。

南アフリカの大学は、データ収集インフラを改善するための革新的なソリューションの研究・開発を行っている。例えば、プレトリア大学は、モノのインターネット(IoT)デバイスからデータを収集・処理するための新たなアルゴリズムを開発中である。ケープタウン大学とヨハネスブルグ大学は、データ収集環境において機密情報を保護するためのデータプライバシー・セキュリティ技法を研究している。

第八に、計算インフラへの投資である。南アフリカはHPCで大きな前進を遂げ、地域のHPCインフラと研究リーダーとしての地位を確立した。ハイパフォーマンス・コンピューティング・センター(CHPC)はこの進歩の枢要であり、世界水準のHPC資源と専門知識を提供してさまざまな部門にわたる科学研究とイノベーションを支援している。

2007年に設立されたCHPCは、南アフリカ科学・イノベーション省からの出資を受ける国立の施設である。1.5ペタフロップス(1秒間に1,500兆回の浮動小数点演算を実行)を超える性能を有し、世界のスーパーコンピューターのトップ500に入るペタスケール・スーパーコンピューター「レンガウ」を運用している。「レンガウ」はGPUクラスターと並列Lustreストレージによって補完され、研究者に包括的なHPC環境を提供している。

CHPCのインパクトは、コンピューティング資源の提供にとどまらない。CHPCは、研修プログラムやワークショップを通じてHPCのスキルや専門知識の開発を積極的に支援し、南アフリカの活気あるHPCコミュニティーを育成している。CHPCは、国際的なパートナーと協力してHPCの研究開発を進め、グローバルな知識とイノベーションに貢献している。

南アフリカは、AIの力を活用してその経済と社会を前向きに変革する機会を迎えて岐路に立っている。これを実現するために、同国は教育に投資し、包摂性を推進し、強固な倫理的枠組みを構築しなければならない。そうすることで南アフリカは真の潜在能力を解き放ち、アフリカ大陸におけるAI主導のイノベーションのリーダーになることができる。

今こそ行動すべき時であり、AIを導入することの恩恵は無視できないほど大きい。明るい未来の約束は夢ではないが、行動を起こさなければ実現不可能なミッションにしかならない。

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この記事は最初にDaily Maverickに掲載されたものです。Daily Maverickウェブサイトに掲載された記事はこちらからご覧ください。

 

著者

チリツィ・マルワラ教授は国連大学の第7代学長であり、国連事務次長を務めている。人工知能(AI)の専門家であり、前職はヨハネスブルグ大学(南ア)の副学長である。マルワラ教授はケンブリッジ大学(英国)で博士号を、プレトリア大学(南アフリカ)で機械工学の修士号を、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(米国)で機械工学の理学士号(優等位)を取得。