社会生態学的生産ランドスケープの再生

人間の心身の健康に健全な生態系がどれほど重要であるかは、どんなに大げさに言っても足りないほどだ。実際、この2つが極めて密接に結びついているために、現在、世界中で進行している生態系の劣化からはじまり、清浄水の不足や食料不安、貧困といった深刻な問題が広がっている。

したがって、2012年6月にリオデジャネイロで開催される国連持続可能な開発会議(リオ+20) に向けて、危機感の高まりから大きな期待が寄せられているのは驚くことではない。

数千年もの間、人間は自然と関わり合い、食料や衣類、住居を確保するのに不可欠な地元の資源を有効に利用、管理することについて、豊かな知識を蓄積してきた。

その結果、持続可能な生産システムが世界の多くの場所で長い時間をかけて生み出され、いわゆる「社会生態学的生産ランドスケープ(socio-ecological production landscapes: SEPLs)」を形成した。これらのランドスケープはグリーン経済という概念の多くの側面を具現化するもので、人間と自然が過去においていかに調和しながら関わり合ってきたかをわかりやすく示すだけでなく、グリーン経済の上に構築される持続可能な社会への移行をどう進めるかを指南してくれるものでもある。

社会生態学的生産ランドスケープの起源

それにしても、SEPLsの形成につながった持続可能な慣習とはどのようなものだろうか? 共通する特徴としては、地元で入手および再生が可能な資源の多用、栄養物の再利用、空間および時間の多様性、地元で収穫される作物種を主な糧とすること、地元住民の知識および文化に基づく意思決定が挙げられる。

その好例は、休耕期間を設けながら、栽培する作物や家畜を循環させる移動耕作という慣習である。これは、土地の肥沃性の回復、したがって持続可能な生産の潜在能力を確実にするものだ。また、一部の熱帯地方では、「ホームガーデン」が持続可能な慣習として長い歴史を持っている。ホームガーデンはさまざまな樹木や作物を複層的に組み合わせたもので、そこでは、効率的な栄養物の循環や生物多様性の保護といった、生態系を保護する慣習ができあがっている。また同時に、そのようなシステムの管理には男性と女性の両方が関与するという、社会学的な慣習も生み出している。

SEPLsは世界各地で、さまざまな名称で呼ばれている。たとえば、スペインでは農林業の一形態として「デエサ」というシステムがあり、木がまばらに立っている牧草地に家畜を放牧しながら、穀物や豆類の移動耕作を行って、土地を統合的に利用している。また、日本の里山の特徴は、林地、牧草地、水田、農地、灌漑池、水路を取り込み、土地と水の両方のシステムを組み合わせていることだ。

これらのすべてのケースにおいて共通する要素は、周囲の自然との密接な関わり合いの中で人々が蓄積してきた、膨大な伝統的知識である。さらに、生存のためには、このような知識を世代間で伝えることだけでなく、骨組みとなる規則や規範と並んで、利益と負担を共有するコミュニティを醸成することが不可欠だった。時代を経て、このような社会学的および生態学的慣習が共進化することで独自のランドスケープが生まれ、今日のように世界中で見られる多様なSEPLsが形成されたのである。

社会生態学的生産ランドスケープが直面している課題

SEPLsは、持続可能な社会が本来は自然と調和するものであることを明確に示しているが、今日、グリーン経済に移行しようと奮闘している国々には新たな課題もある。特に緊急性が高い2つの問題は、世界規模で前例のない都市化が進んでいること、そして増加し続ける人口に食料を供給するための農業生産の増強が求められていることだ。

現在、世界では、人類史上、最大規模の人口移動が起こっている。人々は地方から都市部へと移動し、世界の人口の半数以上が今や都市部に居住している。一方、地方のコミュニティは後継者不足、SEPLsの放棄、人間と自然の関わり合いについて何世代にもわたって築き上げられた伝統的知識の喪失などに苦しんでいる。さらには、若者が地方コミュニティから都市環境に流出することによる人口の不均衡により、食料不安、人口過密、公害などの深刻な課題も生まれている。

上述したSEPLsは自給自足経済として発達したもので、その基盤は比較的小さく、作物と栽培サイクルは土地特有の環境と生態系に適合していた。しかし、食料と、より効率的な国際輸送インフラストラクチャへの需要が世界的に高まると、トウモロコシ、米、麦などの主要な作物の単一栽培が強く求められるようになった。現在は、生産レベルがあまりに高いために、大量の化学殺虫剤や除草剤、肥料の外部投入を必要とするシステムが本質的に不安定であるという問題が覆い隠されているようだ。しかし、土壌劣化や水質汚濁の問題は生態系サービスの劣化を示す氷山の一角である。

グリーン生産への移行がもたらす暮らしの向上

よりグリーンな生産慣習に移行し、20世紀後半に生産性と利益を最大化するために行われていた、環境を破壊する農業慣習を断念することが、環境のためになるとともに、人々の暮らしも向上させるという認識が高まっている。伝統的なSEPLsはそうした慣習を体現したものであり、今こそ、持続可能な社会を構築する緊急性を認識した上で、SEPLsの価値を再評価すべき時なのだ。

たとえば、単一作物の大規模生産を可能にする化学製品の投入は、生産者の外部依存性を著しく高める。再生可能なエネルギーと有機肥料を中心とする小規模生産であれば、独立性が高まる。過去10年、化石燃料の価格が劇的に変動していることを踏まえると、エネルギー依存レベルが低いことは今後ますます魅力的になるだろう。

同様に、単一作物生産は労働力の機械化に大きく依存することが少なくなく、実際に労働力が必要とされるのは栽培の最初と最後の短期間だけということもある。それに対して、ホームガーデンのような伝統的な農法では、年間を通して、ほぼ一定水準の労働力の投入が必要となる。単一作物生産に見切りをつけ、よりグリーンな農業生産に移行することによって雇用機会が創出されれば、失業率低下や経済活性化といった効果もおおいに期待される。そのような移行の金銭価値を算出するのは困難だが、地元で労働集約型の食料生産を行えば、食料不安と外部依存が緩和されることは予測できる。これらはいずれも金銭価値で定量化することは難しいが、経済の安定には不可欠な要素である。

また、環境および製品の安全性や品質に対する意識が高くなっている消費者の観点からすると、自然資源の持続可能な管理から生まれた作物の魅力は増している。さらに、環境に悪影響を及ぼさない方法で生産された食料や素材により高い価値が与えられるようになれば、現在は都市化などの不利な傾向の中でコミュニティ再生に苦労しているSEPLsの住民の暮らしも向上するだろう。同様に、何世代にもわたってコミュニティが自然と関わり合って築いてきた独自の美しいランドスケープは多くの人を惹き付け、観光を通して必要とされるリソースを生み出すこともできるだろう。

市場のメカニズムと方針を活用して、環境上の費用と便益を意思決定のプロセスに含めようとする、重要な努力もされている。たとえば、概算では、森林保護による温室効果ガス排出削減で年間37億米ドルが節約できる。同様に、ハチやその他の花粉媒介を行う昆虫は生態系の健全性の主要な指標だが、毎年、$1900億ドルの便益を農業部門にもたらすことになる。生態系の破壊による悪影響の数量化も行われており、たとえば、コンサベーション・インターナショナルの概算では、マダガスカルで1ヘクタールの雨林が伐採されると、270トンの二酸化炭素が空中に放出されることになるという 。

グリーン経済に欠けているピース

SEPLsには地域とグローバルの性質が根源的に二重で存在する。それらのランドスケープは、地域の生態系、天候パターン、伝統文化、農法などが一体となって形成されており、それゆえにひとつひとつのSEPLは唯一無二のものとなっている。だが、その一方で、SEPLsが直面している課題は、気候変動、人口増加、技術依存の加速というように、このうえなくグローバルな規模だ。

この点を考慮すると、2つとして同じランドスケープは存在せず、十把一絡げに適用できる解決策はないという事実を勘案しつつも、グローバル規模で協調してSEPLsを支援することはまったく理に叶っていると思われる。

SEPLsを推進するグローバル規模のプラットフォームは2010年10月、SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ (IPSI)として、生物多様性条約第10回締約国会議の期間中に設立された。IPSIのメンバーは政府、NGO、現地および地域のコミュニティ、研究機関、国際組織、民間組織など100団体以上に増えている。重点が置かれているのは知識と経験の共有、現地の活動の促進、そして優れた慣習の共有を可能にすることで、目標はSEPLsを推進し、最終的には自然と調和する社会を実現するというSATOYAMAイニシアティブのビジョンを達成することである。

グリーン経済への移行を成功させるには、現代のイノベーションと、世界中でSEPLsを成立させてきた慣習の慎重な見直しの両方を組み合わせることが必要になるだろう。同様に、単一栽培の推進による農業生産の増強、地方部から都市部への前例のない人口移動などの最近の現象の影響も検討することが重要だ。

加えて、SEPLsにおいて自然資源を直接的に扱う人々の地域規模の努力には、これまで充分な注意が向けられてこなかった。したがって、SATOYAMAイニシアティブのようなグローバル規模の努力は、世界の意思決定者、研究者、実践者をまとめ、グリーン経済の達成と持続可能な明日の社会の構築に向けて重大な貢献ができる。

だが、努力はさらに必要だ。すべての関係者を話し合いのテーブルにつかせ、継続的な対話の形成に積極的に関わらせるだけでは充分ではない。ハイレベルな会合での結果を地域レベルでも効果的に広め、話し合いが行われるようにしなければならない。効果的なメカニズムが機能すれば、常に前向きな方針や提言が好循環で生まれることが期待できる。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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社会生態学的生産ランドスケープの再生 by 市川 薫 and ロバート・ブラジアック is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

市川薫氏は国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のリサーチフェローであり、SATOYAMAイニシアティブの研究要員である。

ロバート・ブラジアック氏は、東京大学大学院農学生命科学研究科のリサーチ・フェローで、持続可能な漁業の管理における国際協力の可能性について研究している。現在、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のFUKUSHIMAグローバルコミュニケーション事業に関わっており、また以前は同大学のSATOYAMAイニシアティブにも取り組んでいた。