熱波と森林のパラドックス

相対的に言うと、熱波の発生初期における冷却効果は草原より森林の方が弱い。これは、天気および気候予測モデルの改良を進める研究に関わってくる。また、気候変動問題において検討されている森林再生に対して新たな議論を投じることにもなる。

今年ロシアで起きた熱波と付随して発生した壊滅的な森林火災がまねく非常に大きな循環偏差(訳者補足説明:異常気象、もしくは異常な気流の循環)は、ヨーロッパによく見られる極暑の典型であり、2003年と2006年の夏にヨーロッパ大陸を襲った猛暑の原因でもある。

循環偏差の結果として生じる熱波は、作物や草原、森林の有する湿気が蒸発することで緩和される。樹木は地中に伸びる根系からより多くの水分を吸収できるため、これまでは森林が及ぼす冷却効果は大きいと考えられてきた。しかし、実際のところ熱波発生初期においては逆効果を生むという新たな研究結果が明らかにされた。

湿った草原がより早く熱を冷ます

チューリッヒ工科大学Institute of Atmospheric and Climate Science(大気・気象科学研究所)のアドリアン・テウリング氏は、オランダのワーヘニンゲン大学、そして他の研究者と共同で調査を行った。森林生態系の土壌と草原がどのような時に、どの程度の温度調節作用を持つのかを調べて数値化するためである。

雑誌Nature Geoscienceに掲載されたこの調査では、熱波発生時において土壌の水分蒸発を利用して気温を下げるには、土壌の湿度が十分高い場合には、草原や耕作地の方が森林よりもさらに効果的であることが明らかになった。

調査のため研究者はFLUXNETと呼ばれるネットワーク内のステーションのデータを分析した。このネットワークは過去10年のうち数年に渡り、ヨーロッパ中西部の乱流熱フラックスと水の流れを測定してきたものだ。

Photo: Brian Wolfe.

Photo: Brian Wolfe.

熱波に覆われている間、森林が冷却効果を発揮するには数週間を要する。熱波発生初期においては森林よりも草原や耕作地の方が気温を下げる効果がより大きい。

「熱波が起きている間、空気を熱したり、水分を蒸発させる上で、どの程度の太陽光エネルギーが使われるのかを明らかにすることが私たちの調査目的でした」と研究企画に共に携わったチューリッヒ工科大学のソニア・セネウィラトナ教授は言う。

このような測定により、草原・耕作地、そして森林の近くにある草原・耕作地が同じような熱波の状況下でどのような反応を示すか比較することが可能となった。科学者は、2003年と2006年の夏のうち暑かった日の午前9:00から午後1:00までの間に森林と草原でエネルギー交換がどのように推移したかを調査し、猛暑日を除く夏の日にみられる平均的な推移と比較した。このエネルギーバランスから明らかになったのは、暑い日に草原から蒸発する水分は森林から蒸発する量の最大2倍に達するということだった。つまり、空気を直接温める顕熱フラックス(訳者補足説明:空気に温度変化をもたらす熱的現象)と呼ばれる効果は、草原や耕作地の上空に比べ、森林上空のほうが大幅に高いのである。

蒸発させるエネルギー

このような訳で、森林は熱波初期の段階においては空気を一層温め、草原は土壌の水分を蒸発させるためにより多くのエネルギーを使っているのだ。その後、科学者たちが猛暑であった2003年と2006年の夏のデータを分析し、そのような熱波の際に森林が空気を熱する力は、草原や耕作地の4倍にも及ぶことが明らかになった。

「最初はこの結果にとても驚きました。2003年の夏に森林が冷却効果をもたらしたという調査結果があったのですから」「これらの調査が矛盾してはいないと理解するまでにしばらく時間がかかりました」テウリング氏はこう述べた。

結局、森林の冷却効果を示した調査は、熱波が終盤を迎えた頃にフランス中央部で行われたものに基づいていた。熱波初期には耕作地や草原が大きな冷却効果をもたらしてはいたが、熱波の終盤ではすでに乾き切り、その段階においては森林の方がより大きな冷却効果を上げていたのだ。

Photo by Rajesh.

Photo by Rajesh.

実際、森林が熱波の初期に水分を蒸発する量は少ないが、だからこそより長く一定水準の蒸発散量を維持することができるのである。さらに、根が深く張っているため、この効果は一層高まるのである。

短期的には、草原に比べ森林の方が空気をさらに熱する作用を持つのだが、長期的に見れば、森林は確かに安定した効果を上げているため、森林が猛暑の際に重要な役割を果たしていることは明らかであると科学者は考える。

森林と草原に見られる反応の違いについて科学者は、森林は深い根系を持つにも関わらず、水分供給管理はかなり控えめであるという事実に起因すると考える。植物の気孔を囲む防御細胞は、熱波や干ばつの危機を対処する様々な手立てを備えてきた。森林は草原よりも無駄の少ない対処法をとっているのである。短期的には、草原に比べ森林の方が空気をさらに熱する作用を持つのだが、長期的に見れば、森林は確かに安定した効果を上げているため、森林が猛暑の際に重要な役割を果たしていることは明らかであると科学者は考える。

天気予報や気候シナリオに使うモデルとして、植物の生息する数カ所の土地がすでに考察の対象になっているとセネウィラトナ教授は言う。そしてこのように述べた。「しかしながら、森林が熱波の影響をまずは助長し最終的には緩和するという事実はまだ確認されていない」

今回の研究はさらに詳しく調査されなければならない。そして、地球温暖化における森林再生の役割に関する議論に対して、科学者は自分達の研究が貢献できるよう考える必要がある。

この記事を共有してくれたETH Lifeの編集室に国際連合大学から感謝申し上げます。

翻訳:浜井華子

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著者

ドイツのフライブルク/ブライスガウで地質学と古生物学を専攻した。学業を終えた後、ウィースバーデンのHessian Regional Authority for Soil Researchに勤務し、地質学上守るべき物質を電子ディレクトリ化するプロジェクトを率いた他、地質学データベース特別版の編集を手掛けた。2002年から2007年にかけて、地球科学や環境科学の分野を中心に、スイス誌ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングのフリーランス科学編集者として活動した。2007年末からチューリッヒ工科大学の編集室に所属している。