世界の移民の半数弱は女性である。バルセロナの移民人口の半数弱は女性である。しかし、人身売買、性奴隷、労働搾取などの問題の影響を除き、移民女性がどのように帰属意識を再構築するのかについては、ほとんど光が当てられてこなかった。彼女たちの技能や記憶、夢はどのようなものなのだろう。
シリーズ第1回目の今回、グローバリゼーションの影響によって世界各地に移り住んだ人々が自らの暮らす世界に意味をもたらすことができるよう力を与えるUNU-GCMの革新的なプログラムにおいて、今ではごく身近になった写真がどのように最適な役割を果たしたか、この点についてパールバティ・ナイール教授が論じる。
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“自撮り(自分で自分の写真を撮ること)”が一般的になり、さまざまな写真が視界に入っては消えていく世界では、写真が重要な意味を持つのだろうかと考えるのも無理からぬことであろう。
スマートフォンの登場によって、私たちは誰でも写真家になることができる。論理性が重視される現代にも写真に残っていた不思議な力のあらゆる名残が、そのすぐれた技術によって消し去られようとしている。かつて写真撮影が一大イベントであった時代もあった。その時代、被写体はほんの束の間、不変性に身を委ね、写真家は経験を写真に収めようとする表現行動の中で、時間と場所に魔法をかけたのである。そうしたことはどれもずっと以前に変わってしまった。
デジタル時代の写真が典型的に示すのは、現代のナルシシズムと不安定な流動性である。平凡と日常という濁水に踏み込む中で、匿名性を、そして無関係性をも危険にさらしている。こうしたことによって私たちの世界で写真の役割が根本的に変わる可能性もあるが、弱くなることはけっしてない。
写真のない世界を想像することは、鏡に映る姿が失われて半分になった世界を想像することでもある。それはまた、記憶と可能性の限界を徐々に狭めて半分になった世界を想像することでもあり、また、他者の顔が見えなくなることで半分になった世界を想像することでもある。Photo:
Khánh Hmoong. Creative Commons BY-NC (cropped).
世界には写真が溢れかえり、その中にかすんでしまいかねない状況にありながらも、写真は私たちの周囲の世界に訴え、語りかける固有の表現力を発揮するようになった。その中で、私たちは経験を通してそうするのと同様、写真を通じて自らを形成する。写真は、従来このメディアに備わっているその曖昧さと両義性によって、被写体となる人間が行うのと変わらない規模で日常生活を作り上げると同時に、日々の暮らしのかけがえのなさをも伝えるものである。
確かに、ほとんどの写真がプンクトゥム(すなわちロラン・ジェラール・バルトが書き記した、見る者の心に響き、深い影響を残す力)を大いに欠いているものの、写真のない世界を想像することは、鏡に映る姿が失われて半分になった世界を想像することでもある。それはまた、記憶と可能性の限界を徐々に狭めて半分になった世界を想像することでもあり、また、他者の顔が見えなくなることで半分になった世界を想像することでもある。それは、写真という形で表現することによって、私たちに現実を理解させてくれる、あるいは現実そのものを垣間見せてくれる可能性さえある1つの重要なメディアの衰退によって、進歩が不可能になった世界を想像することである。
19世紀に初めて発明されたとき、写真技術は、人間の時間と場所に対する関係性における革命として歓迎された。シャッターを押して時間の流れを止め、場所を切り取る力により、写真は世界に介入する重要なツールになった。その記録する力により、カメラは旅行者や初期の人類学者、探検家の必携ツールとなった。
『Migrant Mother(移民の母)』。彼女の名はフローレンス・オーウェンズ・トンプソン。カリフォルニア州ニポモ。1936年。 Photo: Dorothea Lange/US Resettlement Administration. Public domain.
記録写真は不平等や不公平を暴くことによってメディアになり、見る者を引き込む苦難の証拠となった。写真に写し出されなければ気づかれなかったであろう人々に焦点を合わせることで、写真は不平等を伝えるとともに、他者を表現し、かつ他者への関心を引き起こすことのできる場を開いた。その影響は、ドロシア・ラングの象徴的な写真『移民の母』(米国で大恐慌に苦しむ人々への援助集めにおいて、同じテーマを取り上げた多くの新聞報道よりも大きく寄与した写真)の場合のように、慈善的とまでいかないとしても、教育的であることが多かった。
写真は今もその独特な効果をいくらか留めており、被写体が忘れ去られたとしても、見た者の記憶には扱われたテーマが刻まれている。より端的に言えば、写真は私たちの周りの世界を伝えるうえで不可欠な手段となっているのである。言葉そのものと同じくらい重要で、象徴的意味において同等の影響力を有している。
さらに、個人が現在、自撮りを行うことで、その過程や関わりを通じて成長するのと同じように、写真は私たちに、社会的状況の中をしっかりと進み、そうした状況に向き合うための手段を与えてくれる。私たちは写真家であると同時に、自らの被写体にもなる。私たちはカメラのフレームを占める他者となるが、それは自らと区別することのできない他者であり、その他者を収めた写真こそが、時と場所の複雑性の中を切り抜けられるよう私たちを促すのである。
Women of the World: Home and Work in Barcelona(世界の女性たち:バルセロナでの暮らしと仕事)プロジェクトは、日常の中、それも今ここに他者が存在するという文脈で考え出されたものである。私たちの中にいる他者の存在を伝えるという点で、移民のイメージにマッチしうる写真はほとんどない。この「世界の女性たち」プロジェクトは、移住、ジェンダー、エスニシティを原因としてさまざまな形で他者化された(異質なもの、違うものと見なされた)人々の軌跡をたどろうとするものである。彼女たちが歩んだ道筋を口述のストーリーとして集めたとしても、写真、つまりグローバリゼーションによって各地に移住した人々が自らの世界に意味を与えられるようになる他の固有の表現力がなければ、不十分であっただろう。
このプロジェクトでは、撮影をどこでどのように行うのかを必ず被写体に判断してもらうことが基本原則であった。最終的に写真を選ぶ際にも彼女たちの同意を求めた。そうすることで、このプロジェクトはインタビューに参加するという物語行為と調和した共同作業になった。この意味で、写真の特異性ではなく、その親しみやすさ(実際には写真の必然性)が、こうした移民女性がどのようにしてバルセロナで再び居を構えて仕事を見つけ、新しい生活を始めたのかという説明に真実味を加える。写真と語りが相補的な2つのメディアとして機能し、被写体の顔には声を、そして声には顔を与えるのである。
『移民の母』の他の写真。1936年。Photo: Dorothea Lange/US Resettlement Administration. Public domain.
写真が現在でも重要な意味を持つとしたら、その理由は、写真が大きな革命の到来を告げるからでも、異質なものを見せるからでもない。むしろ、移住という背景でもっとも象徴的に見られる現代の平凡さを、日常を、移ろいやすい被写体の瞬間を写し出すからである。日常を切り取ることに秀でていたフランスの写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソンはかつて、「写真を生み出すのはカメラであるというのは思い違いです……。写真は目と心と頭を使うことで作られます」と述べている。
写真は写真家だけでなく、見る者の存在があって初めて成立するものである、と彼なら付け加えたかもしれない。目を凝らし、耳を傾けることは、知ること、そして感じることである。それは、他者となることの経験に身を置き、馴染みのある未知という想像の領域に足を踏み入れることである。これこそ、写真が重要な意味を持つ理由であると言える。
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今後もOur Worldで掲載する“世界の女性たち”の記事にご注目ください(これらの記事は、もとは独立系オンラインマガジンwww.opendemocracy.netに掲載されたものです)。記事では国境を越えてバルセロナに移住した16人の女性を紹介します。写真と語りという手段により、こうした第一世代の移民女性が、バルセロナへの移住と職探しにまつわる自身の経験と思い出を詳しく語ります。