映画「ガスランド」、「Waste Land」(荒れ地の意味)両作とも、2010年度アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー部門ではオスカー受賞を逃した。しかし、同賞へのノミネートは、この5年間快進撃を続ける環境ドキュメンタリー映画の新たな成功となった。
両作品はそれぞれ独自の手法で、全く別の種類の環境的不公正に苦しむ2つの地域の生活を描き出している。「ガスランド」は、破砕と呼ばれ論争の的となっている天然ガス採掘法を、監督ジョシュ・フォックス氏自らがアメリカ各地で調査する姿を追った記録映画である。作品の中で、フォックス氏は破砕の裏にある汚い政治を浮かび上がらせ、破砕による環境・健康被害に苦しむアメリカ国民の姿を観客に伝える。
「Waste Land」も同様に、世界最大の廃棄物処分場でゴミ拾いを仕事にする「カタドーレス」と呼ばれる人々の生活に焦点を当てている。ニューヨークを拠点に活動するアーティストのヴィック・ムニーズ氏は、故郷であるブラジルのリオデジャネイロを訪れ、ゴミを使ったアートを通じて生活を「再考」する現地の人々とともに創作活動を行っている。本作は2010年のサンダンス映画祭でも観客の心を捉え、ドキュメンタリー部門の観客賞を受賞した。
一般的にも、またドキュメンタリー映画監督にも言えることだが、映画界の流行は歴史上のある一時期の政治的思想を反映している。2000年代に最も有名になり賞賛されたドキュメンタリー映画の多くがニューヨーク同時多発テロやイラク戦争、アフガニスタンを考察したものだ。同様に、予測不能な天候や、ハリケーン・カタリーナのような自然災害が人々の生活を脅かすようになると環境をテーマにした映画が急増した。
2006年には、アメリカの副大統領を務めたアル・ゴア氏によるドキュメンタリー映画「不都合な真実」が公開され、気候変動問題が環境ドキュメンタリーの主流となった。本作品がアカデミー賞にノミネートされるまで、環境をテーマにした映画の多くが「自然」を扱うだけの作品だった。
予測不能な天候や、ハリケーン・カタリーナのような自然災害が人々の生活を脅かすようになると環境をテーマにした映画が急増した。
2005年に人気を博した「皇帝ペンギン」は、皇帝ペンギンの群れが繁殖地を目指し、命がけで厳しい自然の中を進む姿を追った作品だ。クレジットに一瞬だけ映る人影は、撮影機材を担いで氷点下の寒さに耐える製作クルーの姿だ。さらに数年前に公開された「WATARIDORI」を見た観客は、まるで自分が渡り鳥と一緒に7大陸を旅しているかのような感覚を体験した。
しかし、2006年以降公開されアカデミー賞の長編および短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた「ガスランド」や「Waste Land」のような環境映画は、ただ自然を観察するだけではなく、人間と環境の繊細で複雑な関係を取り上げたものが多い。
最も注目されたのは2009年の「ザ・コーヴ」のオスカー受賞だ。本作は、日本の小さな港町で行われ議論を醸しているイルカ虐殺の真実を世界に知らしめた。「ザ・コーヴ」は、同じく有力視されていた「フード・インク」に僅差で勝利した。「フード・インク」は、現代の食品の原材料を分析し、人々に食生活の見直しを勧めている。
2010年アカデミー賞は、環境をテーマにした映画にとって今世紀最大の成功となった。短編および長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた10作品のうち4作品が環境問題を積極的に取り上げていた。潘基文国連事務総長が、世界の差し迫った問題を人々に認識させる手段として、ハリウッドや映画の力を重視するのも不思議ではない。長編ドキュメンタリー部門でオスカーを獲得した「Inside Job」(インサイド・ジョブ)は、近年大きな問題になっている金融危機をテーマにした作品で、経済のみならず環境までもが人間の強欲の犠牲になったアイスランドの状況を描いている。
「ガスランド」と「Waste Land」が長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた以外にも、世界初の気候変動難民に焦点を当てた「Sun Come Up」(サン・カム・アップ)が短編部門にノミネートされた。本作品は、カーテレット諸島の人々がパプアニューギニアの別の島に移住する姿を追っており、偶然にもOur World 2.0の映像監督が2009年に紹介した内容に一致している。
完成度の高いドキュメンタリー作品は、質の高い科学研究が学界以外にも影響力を持つことを証明している。
短編部門にノミネートされたのはこれだけではない。米中合作作品「The Warriors of Qiugang: A Chinese Village Fights Back」(仇崗の戦士たち:中国の村の反撃)は、中国の小さな村の住民たちが、地元の川を汚し病気をもたらす大企業に立ち向かう姿を情緒的にクローズアップしている。インターネットでのコンテンツ共有が一般的になった現在、製作者たちはこの作品をイェール大学のEnvironment 360というウェブマガジンに提供し、無料で閲覧できるようにした。
アカデミー賞にノミネートされたドキュメンタリー映画はいわゆる「オスカー・バンプ」を経験することだろう。この現象は、興行収入のアップだけではなくDVD販売やダウンロードの増加にも繋がる。しかし、お金の問題以上に重要なのは、ノミネーションを受けることによって、ドキュメンタリー作品にこめられたメッセージがより多くの観客に伝わるということだ。
では、人々に行動を呼びかける最近のドキュメンタリー映画は、ノミネートによってどのような影響力を持ったのだろうか。
「不都合な真実」は、人間が気候変動に与える影響を人々が議論するきっかけになったと言われている。ドキュメンタリー映画としては史上6番目の興行収入をあげた本作は、(つい最近ジャスティン・ビーバーのドキュメンタリー映画にその座を明け渡したものの)オスカー受賞によってDVDの売り上げが103%も増加した。
オックスフォード大学とニールセン社が2007年に行ったインターネット調査によると、気候変動や環境に関する人々の認識は、同作品の上映で史上最高に達した。作品が焦点を当てたアル・ゴア氏によるパワーポイントのプレゼンテーションは、その後世界中で多くの気候問題活動家が採用し発表した。
「ザ・コーヴ」もまた、アカデミー賞受賞によって大成功を収めた作品だ。観客を震撼させたイルカ虐殺の現場となった太地町は、オーストラリアにある姉妹都市を失うことになった。オーストラリア西部の町、ブルーム市議会は、映画を機に日本の漁師町との提携に終止符を打つことを決定したのだ。さらに、絶滅危機に瀕した鯨の肉を出すロサンゼルスの日本食レストラン、The Humpもまた、映画公開後に閉店へと追い込まれた。
「ザ・コーヴ」などのオスカー受賞作品は、監督と活動家を隔てるラインがしばしば曖昧であること示している。
残念ながら、オスカーをきっかけに世界的な抗議活動が起きたにもかかわらず、太地町の恒例行事であるイルカ漁は現在も続いている。しかし、日本に活動の拠点を置く日本人および外国人活動家たちは、イルカの虐殺を阻止すべく映画の上映を続けている。
「ザ・コーヴ」などのオスカー受賞作品は、監督と活動家を隔てるラインがしばしば曖昧であること示している。「ブルー・ゴールド:狙われた水の真実」の監督サム・ボッゾ氏は、昨年の本ウェブサイトへの寄稿の中で、彼が映画以外の分野で果たした役割について語った。同氏は、作品の広報活動や研究者、支持団体から得た情報を活用し、人々が水問題についてより具体的な行動を起こすためのインターネットスペースを設置したのだ。これは、映画を見た者が問題との関わりを感じ、何か行動を起こしたいと感じながら映画館を去る観客の情熱に応えている。
では、今年のノミネート作品は人々にどのような影響を与えたいと望んでいるのだろう?「サン・カム・アップ」の観客は、作品で取り上げられた地域のように海面上昇で故郷を失う者が出るのを防ぐため、二酸化炭素排出量を減らすだろうか?「ガスランド」を観た人は、議員たちを結集させFrac Act(破砕採掘の責任を問う法律)への署名を迫るだろうか?また、「Warriors of Quugang」を見た中国やその他の地域の人々は、企業による環境汚染に立ち向かうだろうか?そして、政治家や地域のリーダーたちは、ブラジルのスラムでゴミを拾うカタドールたちが効果的な再利用システムを構築するのを助けるようと感じるのだろうか?
私たちは、ビデオカメラのレンズが新しい観客の中に環境問題の意識を芽生えさせ、個人やコミュニティを行動に駆り立てることを知っている。同時に、市民団体や研究機関は、有名なドキュメンタリー作品やその製作者を通じて、自らの環境正義および社会正義の運動を推進する。
例えば、アル・ゴア氏は、ニールセン世論調査で気候変動に最も影響力のある人物に選ばれた頃、2007年ノーベル平和賞を国連気候変動に関する政府間パネル (IPCC)と共同で受賞した。彼らの働きは、「人間に起因する気候変動に関する知識の集積および周知に努力し、これらの問題に対処する上で必要な手段の基礎を築いた」として讃えられた。
ノーベル賞は、数百人におよぶ世界有数の科学者がまとめたIPCCの研究と、ゴア氏による身近で視覚的に刺激のあるプレゼンテーションの組み合わせが、気候変動を立証したことを評価して贈られた。映画の価値やゴア氏の求心力よりも、世界トップの科学者や研究機関がまとめた広範な専門的データをわかりやすく再構成した能力が作品の信頼性を高めたのだ。
完成度の高いドキュメンタリー作品は、質の高い科学研究が学界以外にも影響力を持つことを証明している。「不都合な真実」などの良作が築いた道が、次世代の環境ドキュメンタリー映画製作者たちに引き継がれることを願いたい。良い映画と質の高い科学研究こそがアカデミー賞受賞を決めるコンビネーションになるだろう。
翻訳:森泉綾美
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