かつてマレー半島を覆っていた熱帯雨林の大部分は、商用目的のために伐採あるいは焼き払われた。マレーシアはインドネシアに次ぐ世界第二位のパーム油の生産国で、材木やゴムの主要輸出国でもある。この国を車で走れば、惨状が目の前に広がる。かつては美しかった風景が破壊されているのだ。
森の中で暮らしてきたマレーシアの先住民族、オラン・アスリの多くは開発による移住を強いられ、土地の権利をめぐる長い闘いを続けている。辺境や半辺境、また大都市の周辺に移動させられた人々は一般社会への同化を奨励されるが、多くの場合、そこで直面するさまざまな困難への備えはできていない。
果樹園からの新鮮な食材を簡素なコンロで調理する若い母親。周辺の原生林の破壊により、得られる食料の多様性は減っていくばかりだ。写真 © Bea Yates 2011 – All rights reserved.
マレーシアの百科事典によれば、オラン・アスリ(マレーシア語で原住民または最初の民族を意味する)は「マレー王国の設立以前にマレー半島に住んでいた人々の子孫」だ。現在ではマレーシア先住民の総称として用いられている言葉だが、彼ら自身は自分たちを単一民族とはみなしていない。辺境のコミュニティに住んでいた初期のオラン・アスリは、「慣習や伝統を育て、一体感をはぐくんできた土地固有の生態系に応じて、それぞれ異なるアイデンティティーを持っていた。その文化や精神性の大部分は、自分たちのものと見なしていた土地固有の環境との密接な関係から生まれたものだった」
しかし、その頃から世界は大きく変わり、オラン・アスリは変化を迫られた。
伝統的な木造住居で暮らしていたコミュニティが、徒歩で6キロ離れた政府支給のコンクリート住宅に移住する。
本記事でご覧いただいている写真は、ペラク州のとあるコミュニティのもの。住民たちは伝統的な木造住居から、徒歩で6キロ離れた政府支給のコンクリート住宅に移住している。彼らは元々、近隣の土地で暮らしていた。だが、そこにオラン・アスリ以外の人々の村と商用プランテーションが建設されることになり、現在の村(まもなく過去のものになる)に移住したのだ。村人たちによれば、こうした農園や工場ができても、企業がオラン・アスリを雇わないため、彼らにとってメリットはない。オラン・アスリへの差別は、社会のあらゆるところで行われているのだ。
彼らは今も、先祖代々からの土地であり、祖先の墓がある故郷が開発されたことを悲しんでいる。2010年の夏に私がこの地を訪れた時には、新たな場所(そこも彼らの祖先の土地の一部である)に建てられたコンクリートの住居に引っ越したのは1~2家族だけで、村人の多くは移住に反対の声をあげ、この地に残るために闘うと言っていた。
それから1年近くたった今、村は二分されている。全員ではないが、多くの家族は新しい、3番目の地に落ち着いている。村が再びまとまり、ひとつのコミュニティとして機能するには、新たな住居が全て建設されるのを待たねばならない。
今では村人たちは、彼らが引っ越すことになる土地やそこにある果樹園が、(商用目的に開発されるのではなく)彼らが利用できるように維持され、植えられたオイルパームやゴムの木はコミュニティの収入源になると信じるようになった。その結果、地元のNGOプロジェクトのワーカーによれば、村人の大半は移住に賛成だが、いつ完了するのかは不明だ。政府支給の住宅建設の遅さを考えれば、清潔な水の供給、電気、新たな村への道路などの整備にも、しばらく時間がかかるだろう。地元の公共機関によるサービスが始まるまでは、コミュニティはこうした供給をNGOに頼らなければならないかもしれない。
この村もそうだが、概してオラン・アスリは彼らの権利を比較的良く認識している。過去にもすでに移住対象となった経験があるため(この国のオラン・アスリの多くと同様に)、彼らは自分たちの土地が侵略されれば抵抗すると語っている。
開発のために移住させられ、約束された補償や給付を得ていない村は無数にある。住民が進歩と経済的利益の邪魔になるとみなされれば、先住民コミュニティのものと公示されていた土地も簡単に奪われてしまうのだ。
パーム油のプランテーションを抜けて現在の村に通じる未完成の道路に立つオラン・アスリの男性。背後のどこかに、彼のコミュニティが以前暮らした村がある。写真 © Bea Yates 2011 – All rights reserved.
オラン・アスリへの支援の記録はきちんと残されておらず、村人たちの運命は時のみぞ知るといったところだろう。しかし、彼らや彼らの支援者は、この状況を変え、オラン・アスリの権利を改善することに希望を持ち、熱心に努力を続けている。新しい土地は地理的に近いため、村人たちは彼らの土地に対する権利について自信を持って主張でき、そのために闘う決意も固い。彼らを支援し助言するNGOのネットワークも同様である。
世界中の先住民族が、母なる自然とビジネスの間の微妙な立場に立たされているが、その多くは主張する声をもたない。他民族の活動に脅かされやすい彼らのために、消費者の私たちは、彼らの肥沃な土地から利益を得ようとする企業や機関に、倫理的な製品とビジネスモデルを要求していかなければならない。そうした行動規範が導入され、遵守されなければ、オラン・アスリとマレーシアの熱帯雨林の両方にとって失うものは大きく、結局は地球全体にとっても損失となるのだ。
オラン・アスリが直面する脅威は複雑で、商業主義の拡大が彼らのライフスタイルや周辺の熱帯雨林を変えていくなか、彼らを脅かしているのが大企業や国だけではないことも確かだ。今ではオラン・アスリの多くが、違法な野生動物の取引に積極的に関与したり、自分たちの森林を換金作物の耕作地に自主的に転用したりしている。地域やグローバルな開発が、彼らを現金経済に組み込み、前述のような取引は、貧困脱却への最善策とみられがちなのだ。
一般社会への融合により、オラン・アスリは、自分たちの土地を経済的利益のために利用し、伝統的な文化や信仰から遠ざかるという他民族の前例を繰りかえそうとしている。こうした先住民コミュニティの内なる近代化の結果、彼らの人権問題を改善しつつ、同時に消費者文化の悪影響から彼らと森林を守る手段の確立は、私たちの手に委ねられているのだ。
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翻訳:ユニカルインターナショナル