「世界の肥満成人数は2002年の14億5000万人から2010年には25%増加して、19億3400万人にはね上がった」
これは、ワールドウォッチ研究所が最近発表したレポート「Vital Signs Online(地球環境データブック・オンライン)」の冒頭の一文だ 。これが警告として十分でないなら、世界が否応なく肥満蔓延への道を突き進むことがますます懸念される。このレポートでは、欧米社会のものと思われていた肥満の問題が、今日ではグローバルに広がっており、その傾向はさらに強まるであろうことが明らかになった。
言い換えれば、肥満は特定の地域や文化グループの特徴だと思われていたが(典型的な「太ったアメリカ人」が何かにつけ物笑いの種にされていたことを思い出していただきたい)、最大の原因はむしろ、所得が増え、高カロリーで肉中心、ファストフードに依存した「欧米型」の食生活をして、ライフスタイルがそれに伴って変わることなのだ。
毎年、世界中で数千万人もの人が中流階級の仲間入りをしており、とりわけ目立つのはBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)だ。政策と行動で大変革を起こさない限り、このままでは、胴回りが広がった人は、その数もさらに膨らむことが予想される。
たとえばインドでは、身体に負担のかからない野菜中心の食生活をしていると一般的には考えられているが、肥満と見なされる成人の割合は2002年には14%だったのが今では19%、つまりほぼ5人に1人が肥満である。ちなみにインドは人口12億人を抱えながら、飢餓に苦しむ人の数も世界で最も多く、最近の オックスファム・レポートによると、飢餓人口は1990年から2005年までに6500万人増加している。
体重過多と肥満
太り過ぎは通常、2つのカテゴリーに分けられる。「体重過多(標準以上)」と「肥満」だ。ワールドウォッチ研究所のレポートでは、身長と体重の比率から導き出される指標、ボディマス指数 (BMI) が25以上の人を「体重過多(標準以上)」、30以上の人を「肥満」と分類している。ただし、本稿では、どちらも「肥満」と称し、また、「成人」とは、調査対象となった合計177ヵ国における15歳以上の人々を指している。
リチャード・H・ワイル氏は、国連人口部のデータを元に、世界の肥満の状況を分析した。そこで明らかになったのは、すべての地域を通して所得と肥満に相関関係があることだ。
大まかに言えば、高所得の国々は世界のどの地域にあってもBMI平均が高い。たとえば肥満成人の割合は、米国が79%、オーストラリアが71.1%、カタールが62.7%、ブルネイが61.7%だ。
出典: 国連人口部およびWHO
世界的な傾向として、所得が高い方がBMIも高いことははっきりしたが、国レベルではばらつきもある。栄養不良に苦しむ多くの国民を抱えるアジアやアフリカの貧しい20ヵ国でBMIが低いのはわかるとしても、日本はやや例外で、肥満成人の割合は23%だ。次に来る先進国はフランスだが、その割合は42%で、日本より19%も高い。日本の人々はきわめて都会化された生活を送りながらも、伝統的な食文化(米、大豆、魚、野菜中心)を活かす工夫をして、健康を維持している。
驚くことではないが、日本の健康水準の高さは肥満の定義にも表れている。世界的には肥満はBMIが30以上の人を指すが、日本では25以上だ。しかし、この尊敬に値する日本人も長期的には肉の消費量が多くなる傾向にあり、それについては、輸入食料への依存度が高まっていることも決して無関係ではないだろう。
重大な影響
もちろん、体重過多や肥満は、本人と家族、友人、同僚にとっての見た目の問題だけではない。その結果として、糖尿病や心臓疾患といった健康上の問題が起きれば、生活の質にも、日々の活動を営む能力にも影響を及ぼす。また、過食が国全体、さらにはグローバルレベルで蓄積すれば、私たちの環境資産の健全性にも重い負担になる。
ラジ・パテル氏はこの影響を著書「肥満と飢餓」で浮き彫りにしており、過食する人々の数が飢餓で苦しむ人々の数(約10億人)をすでに超えた世界の皮肉について語っている。
アメリカ心臓協会は、中程度に運動する成人が1日に摂取するエネルギーとして、男性には2500カロリー、女性には2000カロリーを推奨しているが、平均的な米国人は1人1日3770カロリーの食べ物を胃に詰め込んでいる。2010年度版 FAO 統計年報で、食生活におけるエネルギー、蛋白質、脂肪の摂取量の項目を見ると、米国と並ぶのはオーストリアの3760カロリー、ギリシャの3700カロリーである。
これらの不必要な摂取はすべて、すでに過剰な利用が進んでいる地球上の土地、水資源、土壌資源に重大な影響を及ぼしている。
これはもちろん、肥満の人が栄養状態の悪い人の口から直接食べ物を奪っているということではない。食料の国際取引はもっと複雑なものだ。しかし、バイオ燃料や家畜飼料への需要が増加し、そして言うまでもなく、食料市場への投機が勢いづく中で、世界で最も貧しい人々は、トウモロコシや小麦といった、エネルギー源となる主食穀物を得るのにこれまでにない厳しい戦いを強いられることになるだろう。そして、最も弱い者に対する保護がない市場では予測できることだが、世界の貧しい農業従事者が勝利を収めることはない。
ワールドウォッチ研究所が最近発表したレポートでは、欧米社会のものと思われていた肥満の問題が、今日ではグローバルに広がっており、その傾向はさらに強まるであろうことが明らかになった。
世界的な過食の蔓延についての意識が高まっている今、 世界の飢餓は引き続き大きな問題として見なされている。大きな要因は、東アフリカで干ばつが数百万人もの人に影響を及ぼしていること、それに食料価格の高騰が続いていることだ。後者については、国連の食糧農業機関の食料価格指数によると、砂糖などの一部主要作物の商品価値は下がっているものの、食料価格は全体では引き続き記録的に高いレベルにある。
過食の始まり(または終わり)
では、ワールドウォッチ研究所の最新のレポートから、何か良いニュースはないだろうか? このレポートが強調しているように、日本などの国の例からは、自由に使える所得が増えたからといって、必ずしも食習慣や余暇の過ごし方のバランスが悪くなったり、それが肥満を招いたりしないことがわかっている。これはいくらか希望を与えてくれる点だ。
また、都市化によって食習慣やライフスタイルに変化がもたらされるとしても、各民族がそれに適応できるかどうかについては、遺伝的な要因が絡むことも覚えておかなければならない。このような差は特にオセアニア地域で顕著で、ポリネシアやミクロネシアの国々では、肥満成人の割合が驚くことに88%にもなるが、パプアニューギニアなどのメラネシアの国々では、BMIは比較的低い。
だが、オセアニア地域には多くの小さな島国があり、少ない人口の中にさまざまな民族が入り混じっていて、世界の標準事例として考えるのは無理だ。米国も同じだ(と願いたい)。米国食品医薬品局元長官(1990-1997)のデイビッド・A・ケスラー氏は、2009年に出版した著書「The End of Overeating: Taking Control of the Insatiable American Appetite(過食の終焉:アメリカ人の飽くなき食欲を抑制する方法)」で、アメリカ人に「悪しき不健康な過食サイクルを断ち切る」ための前向きな計画をおおまかに示している。
しかし、結局のところ、米国や他の先進国が肥満対策に慣れて、油分や塩分、糖分の多い食事に対する本能的な欲求を克服できたとしても、グローバルレベルでは過食の時代はおそらく始まったところなのだ。
翻訳:ユニカルインターナショナル