90億人を養う

食糧価格は昨年のピーク時に比べると大幅に下落したが、政策決定者たちにとっては依然として油断できない状況が続いている。

食糧価格が下落したと言っても、貧しい人々や貧困国に暮らす人々は、なかなか食糧を手にすることができないでいる。さらに、ひと度、世界経済が回復すれば、食糧価格が再び高騰するだろうことは明らかだ。

このことから、政策決定者たちはこの食糧価格の下落を、全人類の食糧安全を保障すべく、包括的かつ長期的な共同行動計画に合意する好機と捉えるべきであろう。

以上が、チャサムハウスが出版した食糧の価格と不足についての最新報告書、「90億人を養う」の主要な論点だ。

報告書では、長期的な食糧需要の要因として、今世紀半ばまでに世界人口が90億人に増大すること、世界的な中産階級の増加による豊かさの享受を挙げているが、要因はそれだけではない。世界銀行は2030年までに食糧需要は50%増加すると予測している。

同時に、食糧不足も供給面での大きな課題となるだろう。石油価格の下落から新規生産への投資が破たんしたことを考慮すると、世界経済が回復すれば石油価格が再び高騰し、食糧不足に拍車がかかることが予測される。

バイオ燃料、肥料、輸送コストが高騰するにつれ、食糧価格の値上げは避けられなくなる。気候変動、水不足、土地争いなども、長期にわたり食糧価格を高騰させる要因となるだろう。

打開策はあるのか?

第一に、21世紀型の「緑の革命」を迅速に実行に移さなくてはならない。援助国や途上国政府による農業融資は、すでに25年以上前から崩壊してしまっているからだ。

研究や開発に関しても同様で、今日の非持続可能な投入集約型農業から、知識集約型に移行するのが、今度の課題の中心となるだろう。

遺伝子組み換え作物の導入も考えられる。しかし、より生態学的に統合されたアプローチ(バランスのとれた土壌生産性の管理など)を導入すれば、権力が集中しがちな種会社よりも、農家が主導権を握ることが可能となり、社会に平等と活力をもたらすことができるだろう。

第二に、途上国における社会保障システムを強化しなければならない。今日、地球上では約1億人が飢えに苦しんでいる。しかし、肥満に悩む人々も同じ数だけいるのも事実だ。問題は、食糧不足ではなく、食糧価格が高すぎて、貧困者の手に届かないという点にある。

途上国において、食糧セーフティネット、失業給付、学校給食プログラムなどの社会保障システムは、食糧価格コントロールや助成金よりも有効な方策だ。援助が必要な人々をターゲットとし、多額な費用もかからないからだ。しかし、このような社会保障システムの恩恵を受けられる人々は、世界人口の20%しかいない。

第三に、貿易の見直しが挙げられる。政策決定者は、国際エネルギー機関の緊急石油備蓄管理システムのような、「食糧備蓄システム」の構築を検討すべきである。これが構築されれば、昨年の夏起きた食糧価格高騰によるパニックを防ぐ有効な手立てとなるであろう。

また、輸出停止のリスク管理をするために、貿易規制を見直しが必要である。現状のWTO貿易規制が扱うのは市場参入に関する問題のみで、食糧供給については保障がない。

そして、先進国、とりわけEUと米国は、途上国の農業を構造的に揺るがしている、農産物価格維持政策を改めることが急務である。

最後に、(ガンジー曰く)「すべての人の必要を充足せしめても、彼らの欲を満たしきることはできない」という意見がある。肉や乳製品を摂取する欧米式の食事が、穀物、水使用、エネルギー消費、温暖化ガス排出の面でも、資源多消費型であることを、世界中の消費者たちは、今ようやく気づき始めた。

だからといって、すべての消費者が菜食主義者になる必要はないが、我々にも責任の一端があることを自覚しておかなければならない。

バイオ燃料に関しても同じことが言える。バイオ燃料のすべてに問題があるわけではないが、とうもろこしベースのエタノール生産などは非持続的で、不平等な農業システムだ。

楽観的でいられる理由

貸し渋りや世界的経済不況を発端として、政策決定者たちが、短期的な経済問題のみに目を向けているのではないかという懸念がある。途上国への支援が減少しているという気がかりな報告もある。

しかし一方では、国際機関が食糧、エネルギー、気候変動の3大危機に強い関心を持ち続けているという明るいニュースもある。(今月初め、IMF当局者は「いま、一番困るのは、また別の危機が訪れることだ」と私に明かした。)
客観的でいられるもう一つの理由は、これまでの農業史に見られた目覚ましい技術革新の数々と、今後の有望な可能性にある。

もちろん、技術革新だけでは不十分だ。20世紀の緑の革命は、収穫高を大幅に向上させたが、一方では大勢の農民を失業させ、大農家に利益をもたらし、さらにはアフリカをなおざりにした。

技術革新は、政治的成長と連動しなければならず、本気で社会正義に取り組む必要がある。

今日まで1万年かけて発展してきた農業。我々の強い意志をもってすれば、今後10年間に必要な、生産性が高く、持続可能な、活力があり平等な食糧システムを、多大な犠牲を払うことなしに構築できるであろう可能性を秘めている。

世界経済などの懸念事項は多い。しかし、人類史上ずっと我々が追い求めてきた、十分な食糧に恵まれて生活するための食糧保障の実現も、近い将来、夢ではないかもしれない。

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著者

ニューヨーク大学・国際協力センターの非常勤リサーチフェロー。外交政策に関するブログwww.GlobalDashboard.org.の編集者。

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