マンズール・カディルは、国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)水と人間開発プログラム担当アシスタントディレクター。
世界中の公衆衛生担当者と各国政府が今後長きにわたって直面するであろう課題。それは、新型コロナウイルスとその新規変異株の規模と強度を理解すること、パンデミックの方向性を予測すること、そして関連する管理対応の選択肢を開発し改良することである。
新型コロナウイルスの診断検査能力は国によって大きく異なるうえ、不十分なことが多い。感染から数週間経って入院したり、無症状や軽症が報告されないままになったりすることもある。
そんな中、多くの注目を集め、適用例が増えている診断方法がある。それは、地域や都市部の廃水から新型コロナウイルスを検出するものだ。
廃水中の新型コロナウイルスをモニタリングすることにより、膨大な数の人々の間に存在するウイルスの量をほぼリアルタイムで確認し、コミュニティ内の感染経路(の増減)を明らかにできる。
下水道は新型コロナウイルス流行の早期警戒システムとなるのである。廃水中のウイルス濃度の上昇は、感染者の増加に対応する。廃水分析は、個人の組織的な検査に比べて侵襲性が低く容易なだけでなく、リソース、設備、スキルを持つ専門家の数も少なくて済む。
コミュニティ内のウイルスをこの方法で検出することは、1990年代初頭に大規模な廃水監視がポリオ撲滅の試みに役立てられて以来、実施されてきた。こうした長年の経験により、微量の病原体を見つけるための廃水モニタリングは信頼性が高く、効果的な疾病監視技法であることが証明されている。
昨年、WHOが初めて新型コロナウイルスに対する警告を出して以来、パンデミック対策のために増額された資金をもとに、多くの研究者たちが世界各地で廃水モニタリングを進めてきた。
Googleで「COVID and wastewater(新型コロナと廃水)」を検索すると5,300万件を超える結果が示され、Google Scholarで調べると、同テーマに関する出版物が約2万件見つかる。その3分の1は2021年初頭以降に書かれたものだ。
今年発表されたある学術論文は、私たちが今生きている人新世という時代のパンデミックやその他の特徴を記録するために、都市の下水サンプルを時系列的にアーカイブすることを提案している。未来の人類学者にとって貴重なリソースとなるだろう。
廃水と下水汚泥中の新型コロナウイルス監視に成功した例は、その大半が先進国のものだ。一方、開発途上国では状況が大きく異なる。残念ながら、低所得の開発途上国では発生する廃水の約90%が回収さえされず、未処理のまま環境に放出されている。低中所得国では廃水の約57%が回収されていない。
新型コロナウイルスのための廃水モニタリングは、タイムリーな予防および対応措置を可能とし、開発途上国にとって大きな助けとなるだろう。しかしながら、そうした多くの国々における「汚い秘密」とは、廃水が未処理のまま環境に放出されていることだ。多くの場合、そうした廃水は、例えば地上排水管や埋設排水管を通って淡水域に流れ込むか、地下水を汚染している。
廃水のモニタリング、回収、処理、安全な再利用あるいは廃棄は人間の健康を守るために必須であり、そのようなことを行わないと大規模な水質汚染につながる。残念ながら、こうした状況によってほぼリアルタイムでの疾病監視の機会も失われ、類似ウイルスによる疾病やパンデミックが予測される中、世界人口の約半数は新型コロナウイルス発生へのタイムリーな対応のメリットを享受できていない。
こうした病原菌早期警戒システムにおける国際的な格差は、2030年までに未処理廃水量を半減させようとしている世界全体に警鐘を鳴らすものだ(持続可能な開発のための2030アジェンダにおける持続可能な開発目標(SDG)6.3.1)。
SDGs時代に入って6年が経過した現在、国家レベルでの廃水処理状況評価が示すのは、低所得および低中所得国における悲観的な状況だ。2015年に合意された廃水処理と安全な再利用という目標の達成には程遠い。
今後、パンデミックのような状況がより頻繁に起こることが予想される中、抜本的な見直しが広く必要であり、開発途上国において効率的な廃水の管理とモニタリングを確立して環境と無数の命を守らなければならない。
廃水の回収・搬送網を確立し、新型コロナウイルスのような疾病をほぼリアルタイムに診断するシステムを備えた廃水処理施設を建設することが、低所得および低中所得国の人々の健康を改善するための鍵となる。他に講じ得る方策としては、排水基準を設定することや、家庭および産業セクターへのインセンティブを提供することなどがある。
開発途上国で効率的に廃水を回収・管理することは、こうした疾病の早期警戒システムを世界中に拡大することにつながるだけでなく、コスト相殺のための貴重な資源ももたらしてくれる。廃水には貴重な水、栄養分、貴金属、エネルギーが含まれるからだ。
排水の回収・管理はまた、食料生産、人々の生計、生態系、気候変動への適応と緩和、そして持続可能な開発にも貢献する。
あらゆる観点から見て、全世界で廃水を適切に管理するために必要な投資は、そこから得られる多面的な利益をはるかに下回る。
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