日本とチリ、海を越えた固い絆

玉(たま)藻(も)よし 讃岐の国は 国柄(くにがら)か 見れども 飽かぬ 神柄(かみがら)か ここだ貴(とうと)き

 天地(あめつち) 日月(ひつき)とともに 満(た)り行かむ 神の御面(みおも)と 継ぎ来たる

中之(なかの)水門(みなと)ゆ 船浮けて 我が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば

とゐ波立ち 辺(へ)見れば 白波騒く 鯨魚(いさな)取り 海を畏(かしこ)み 行く船の 梶引き折りて

彼此(おちこち)の 島は多けど 名ぐはし 狭岑(さみね)の島の 荒磯面(ありそも)に

廬(いほ)りて見れば 波の音(と)の 繁き浜辺を 敷栲(しきたえ)の 枕になして 荒(あら)床(とこ)に

より臥(ふ)す君が 家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを

玉(たま)鉾(ほこ)の 道だに知らず おぼほしく 待ちか恋ふらむ 愛(は)しき妻らは

(柿本人麻呂が讃岐国狭岑島で詠んだ歌)

1,300年以上前の昔、三十六歌仙の一人として知られる柿本人麻呂は、旅先で浜辺に打ち上げられた行き倒れの男と遭遇しました。

「(前略)・・・波の音が絶えない浜辺を枕にして、岩場に倒れ伏しているあなた。その家が分かるなら行って知らせようもしようし、あなたの妻がそうと知ったなら尋ねても来ようものを。道さえ分からず不安な気持ちで待ちこがれていることだろう、あなたの愛しい妻は」(訳:黒澤静香)

自然の脅威によって命を落とした男を前に、その哀しみと手を差し伸べたくても叶わないやりきれなさを歌に詠んだ人麻呂の思いは、今でも人々の共感を呼んでいます。そして、同じように沸き起こった感情が今、遠く太平洋を隔てたコミュニティを結びつけようとしています。

2014年4月1日、日本から17,000km離れたチリ北部の沿岸部をマグニチュード8.2の地震が襲いました。地震によって6名の方が命を落とし、その後発生した津波によって、沿岸地域が深刻な被害を受けました。

伝統漁業に使われる約120~150隻の小型漁船をはじめ、魚網その他の漁業資材が津波によって深刻な被害を受けたといわれています。チリにおける最大の伝統漁業組織の一つであるCopanachの女性リーダーZoila Bustamante Cardenas(ゾイラ・ブスタマンテ・カルデナス)さんは、多くの漁師が全てを失った中、がれき撤去その他の作業が昼夜にわたって続けられており、彼らが仕事に戻るための支援が必要とされていると訴えました。

壊れた建物は直すことができます。破れた網はかがればいいし、船だって新しく作ることは可能です。しかし、災害によって直接被害を受けた600~800人の漁師さんたちやその家族はどうでしょうか?たとえ復旧が進んだとしても、生きていくすべである海とのつながりが断たれてしまったら、彼らは苦しい状況から抜け出すことはできないでしょう。7億人が住むこの世界で、ちっぽけな話に聞こえるかもしれません。しかし、津波の被害を受けた漁師さんとその家族一人ひとりにとっては、これから数日先、数週間先、数ヶ月先の日々が、不安な気持ちでいっぱいなのです。

チリの港町、イキケの津波後の様子。スライドショー: 信田眞宏.

ここで再び、17,000km離れた日本に話を戻しましょう。2014年4月1日に発生した津波はまさにその距離を移動し、22時間後に日本の太平洋沿岸部に到達、岩手県の久慈市では60cmの津波が観測されました。

今回津波が到達した沿岸は、2011年3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受け、復興に向けた活動が今でも日々続けられている場所でもあります。1960年、そして最近では2010年にチリで発生した津波による被害が記憶に刻まれている日本の太平洋沿岸部の人たちは、津波警報・注意報が発令される中、眠れぬ夜を過ごしました。同様に、2011年3月11日に日本で発生した津波は、日本の沿岸部に甚大な被害をもたらしただけでなく、ハワイ島のケアラケクア湾で家々を根こそぎ呑み込んだあと、チリ沿岸に到達し、トンゴイという町では、600万USドルにも上る漁業被害があったと報告されています。

東日本大震災を経験した東北沿岸の漁師さんほど、今チリの漁師さんたちが直面している苦労を分かる人はほかにいないのではないでしょうか。東京でのサラリーマン生活にピリオドを打ち、漁師の世界に飛び込んだ小泉善雅さんは、2011年春、漁師の見習いを終え、牡蠣生産者として一人立ちすべく宮城県塩竃市浦戸諸島で新しい生活を始めようとしていました。3月11日、津波が押し寄せ、島の漁師さんたちの生活の糧である養殖の資材や施設が流されたのは、その矢先のことでした。新米漁師である自分を受け入れてくれた仲間の漁師さんたちが生業をあきらめなくてすむように、一日も早く養殖が再開できるようにと、一口オーナー制度「うらと海の子再生プロジェクト」を立ち上げ、インターネットやツイッターなどのソーシャルメディアを駆使して支援を呼びかけた結果、その思いに賛同する13,962人から1億8千万円を超える支援金が集まりました。

未曾有の災害に襲われ、コミュニティの存続そのものが危機に瀕しているような一刻を争う状況の中、国内外から集められた支援金は、浦戸の漁師さんたちが迅速に養殖活動を再開することへの大きな後押しとなりました。想定外のスケールの自然災害が起こったとき、異なるニーズに対して的確な対応を迫られ、政府が思うように動けないといった事態は珍しいことではありません。そのような状況下で、漁業者自らの手で立ち上がろうとする自助努力による取組みが、コミュニティが団結し緊急事態を乗り切るための大きな力となったのです。

「2011年の東日本大震災のときは、多くの方々からの温かいご支援によって、浦戸の漁師たちはいち早く漁業・養殖業を再開することができ、それが復興への大きな後押しとなりました。今回被災したチリの漁師さんたちも、きっと同じだと思います。」震災後すぐに行動を起こすことが、なりわいやコミュニティの復興への鍵だと信じる小泉さんはそう話しました。

被災したチリの漁師さんたちもあのときの自分たちと同じ状況に置かれているに違いないと考えた小泉さんは、再びソーシャルメディアを使って支援を呼びかけました。支援を呼びかけた日は、3年前と同じ、津波からちょうど1か月後のことでした。すでに温かい支援が寄せられ始め、投稿された呼びかけは、リツイート、リポストされ、支援の輪が広がりつつあります。

震災から3年以上経った今でも被災地では未だ様々な課題を抱えており、今回の決断も決して生半可な気持ちでできることではありません。CopanachのリーダーであるBustamante Cardenasさんは、チリの漁師さんたちが漁業を再開するために今最も必要としているものは、小型漁船の外付けエンジン魚網だと言います。

こうした取組みは、時に計り知れない力を発揮します。地震や津波を乗り越えた経験を共有することで、コミュニティ同士が海を越えてつながり、より強い絆、そして苦難を乗り越える力を生み出しました。

科学者たちは、自然災害の頻度は今後さらに増えるであろうと予測しており、自然災害による地球全体の被害総額は、すでに政府開発援助の額をはるかに超えているといいます。例えば、国連国際防災戦略事務局が2013年に発表したレポートによると、2000年以降の自然災害による被害総額は約2.5兆ドルにも上るといわれており、同時期のODA総額1.2兆ドルの約2倍となっています。潘 基文(バン・ギムン)国連事務総長は、その背景として、目先の利益を追い求めるばかりに、持続可能性やレジリエンスといったことを疎かにし過ぎていると指摘しました。

常識ある政府や役所がいかに完璧な災害リスク軽減策を講じたとしても、予想だにしないスケールの自然災害を前にただ圧倒されてしまうこともあるでしょう。対応が遅れたり、足並みが揃わなかったりということもあるかもしれません。そんなとき、草の根やコミュニティレベルでの取り組みは、様々なしがらみを乗り越え、待ったなしの支援を届けることを可能にするのです。「同じ海に生かされているチリの漁師たちが一日も早く漁に戻れるように。」そんな願いのもと、小泉さんは活動を続けています。

柿本人麻呂が長歌の冒頭で、「私たちの心を捉えて離さないのは土地柄なのか、それとも神のご加護による貴さなのか(国柄か 見れども 飽かぬ 神柄か ここだ貴き)」(訳:黒澤静香)と謳っているように、自然はその超越した力で溢れんばかりのものを私たちに与えてくれます。

それは生きていく上で必要なものや喜びであり、ときには哀しみでもあります。Alvaro Daniel Ledezma Orellana(アルバロ・ダニエル・レデズマ・オレジャナ) くんという12歳のチリの少年が書いた以下の詩が象徴しているように、海は人と人、国と国とをつないでいるだけでなく、人々の心に宿っている海に対する畏敬の念は、世代を超えて私たちをつないでくれているのです。

Professor Juan Carlos Castilla stands next to poem "El jefe de mi Papá" written by 12-year-old Chilean boy Alvaro Daniel Ledezma Orellana. Photo: © Akane Minohara.

12歳のチリの少年Alvaro Daniel Ledezma Orellanaくんによる詩「El jefe de mi Papá(お父さんのボス)」の碑のそばに立つファン・カルロス・カスティーリャ教授。写真:© 簑原茜

お父さんのボス

僕は神様にお祈りするかわりに、お父さんのボスにお祈りをする。

ボスは気分屋だけど、優しいこころの持ち主。

今僕たちがこうしていられるのも、ボスのおかげだ。

ボスのこと怖いっていう人も多いけど、僕にとっては尊敬できる大好きな存在。

僕が一日の始まりと終わりに顔を合わせるのもボス。

お父さん、早く帰ってこないかな。今日もちゃんと帰ってくるかな。

ボス、どうかお父さんを返してあげて。

僕は神様にお祈りするかわりに、海にお祈りをする。お父さんのボスに。

(Alvaro Daniel Ledezma Orellana「El jefe de mi Papá」2012年)

日本語版:簑原 茜

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日本とチリ、海を越えた固い絆 by ロバート・ブラジアックと簑原茜、フアン・カルロス・カスティーリャ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

ロバート・ブラジアック氏は、東京大学大学院農学生命科学研究科のリサーチ・フェローで、持続可能な漁業の管理における国際協力の可能性について研究している。現在、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)のFUKUSHIMAグローバルコミュニケーション事業に関わっており、また以前は同大学のSATOYAMAイニシアティブにも取り組んでいた。

簑原 茜氏は、東京大学大学院農学生命科学研究科の特任研究員である。 彼女は、2011年3月の東日本大震災以降、被災した東北の漁村コミュニティの復興と再活性化に向け、地元住民の方々や多用な関係者と一緒に取り組んでいる。以前は、国連大学のSATOYAMAイニシアティブの国際パートナーシップ(IPSI)事務局に勤務しており、そこでも里山・里海コミュニティの震災からの復興に尽力した。

 

フアン・カルロス・カスティーリャ博士は、チリのポンティフィリシア・カトリカ大学の名誉教授兼、正教授で、ラテンアメリカの海洋生物学者としては最多(1万件以上)の引用をされている。彼が専門とする研究対象には、海洋生態系と生物多様性、沿岸沿岸地域における生物物理学的および社会的影響、沿岸資源と零細漁業の管理、海洋保全が含まれる。カスティーリャ博士は、米国科学アカデミー、第三世界科学アカデミー、Academia Chilena de Ciencias(チリ科学アカデミー)および、the Academy of Sciences of the Kingdom of Morocco(モロッコ王国科学アカデミー)のメンバーである。その業績により数多くの賞を受賞しており、2012年には海洋保全の功績が認められThe MIDORI Prize for Biodiversityを、2010年にはチリ国の科学技術部門賞を受賞している。