地中海危機:指導者たちへのオープンレター

パールバティ・ナーイル教授、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM):

政府に確かな行動を起こさせるための代償が1人の子どもの死であったとするならば、それはあまりに痛ましい。先週、海岸に打ち上げられた3歳になるアラン・クルディ君の遺体を撮影した写真が、地中海で進行している移住危機への国際的な対応を促した。この写真は、2つの相互に関連する悲劇を伝えている。1つは、今回の移住危機において生じている人的な損失と苦痛という悲劇であり、もう1つは、世界的・地域的な移住のグッドガバナンスの重大な欠陥という悲劇である。

EUが2015年9月14日の臨時法務・内務相理事会でこの問題について話し合うための準備を進めるなか、また、9月30日に国連で開催される予定のHigh Level Side Event on Migration(移住に関するハイレベル・サイドイベント) を目前に控えて、地中海で高まりつつある危機に迅速かつ有効に対処するための最善の方法を検討することが急務となっている。地中海を越えてやってくる移民の受け入れ地点であるイタリアとギリシャは、その膨大な人数に圧倒されている。しかし欧州入りした難民の数は、すでに住む場所を追われ、安全で尊厳のある暮らしを求めてリビア、トルコ、東欧、その他のルートを経由して遠回りで西欧に向かっている人々のほんの一部に過ぎないとみられている。

こうした状況の中で考慮するべき重要な要因がいくつかある。第一に、世界の指導者たちの間で建設的な対話を進めるためには、移住が人類の歴史と同じくらい古くから存在する事実だということを理解しなければならない。

第二に、現在欧州に流れ込んでいる移民にはさまざまな人々が含まれている。(避難場所としての欧州という概念に、確かな歴史的・政治的栄誉を見出せるからという理由にせよ)難民の受け入れを支持する指導者もいるかもしれないが、彼らにも欧州の富の恩恵にあずかるためにやってくる「経済移民」を歓待するという考えはないだろう。現実には、人々から住む場所を奪い、移住を招く原因はさまざまである。難民と亡命希望者と経済移民が肩を並べて、欧州へと向かうネットワークやルートを移動しているのである。

欧州入りした難民の数は、すでに住む場所を追われ、安全で尊厳のある暮らしを求めてリビア、トルコ、東欧、その他のルートを経由して遠回りで西欧に向かっている人々のほんの一部に過ぎない。

第三に、密入国斡旋業者や人身売買業者からなる巨大かつ拡大する裏社会(今の時代において、両者のつながりを断つことは不可能ではないにせよ困難である)が、欧州の既存の国境政策や慣行をくぐり抜けて繁栄している。ビザの発給を拒否したり、有刺鉄線を巻いたフェンスをさらに多く建築したりすれば、密入国斡旋業者の商売はさらに繁盛し、移民を危険で尊厳のない違法行為の領域へと追いやることになってしまう。これは今後進むべき道ではない。

欧州と世界の他の地域との間に、富、福祉、自由、権利、平和、安全保障、民主主義の問題と直接に関連する大きな世界的不平等が存在する限り、欧州行きに対する絶対的な必要性と圧倒的な願望はなくならないということを、各国政府は理解しなければならない。

こうした背景のもと、世界の指導者たちは、命を守り苦しみを減らすため、短期・中期・長期的に積極的な対応をとる必要がある。第一段階として、欧州の指導者たちは、欧州各国で居住権や給付金が平等に与えられるような、手順を定めた共通の難民政策を確立しなければならない。おそらく欧州は、かつて同じように国際社会を動かしたもう1人の苦しむ子ども(ナパーム弾から逃げるベトナムの少女)の姿を思い出し、すでに欧州にいる人々だけでなく、欧州に向かって移動しているさらに多くの人々も考慮に入れた、共通する再定住計画の構築に向けて努力することができるだろう。欧州には彼らを受け入れる余地があるのだ。

現在ギリシャとイタリアが担っている負担は早急に取り除かなければならない。また、移民が自らの安全を密入国斡旋業者の手に委ねてしまうことのないよう、合法的な移住経路を開くことも不可欠だろう。共通の難民政策によって、移動ルート上で申請を処理することができれば、欧州への合法的で安全かつ管理された移住が可能になる。これを実行する一方で、政府は移民に生活必需品を提供している多くの機関に対し、緊急に資金を拠出しなければならない。

中期的には、欧州の指導者たちは、トルコと湾岸諸国の政府と関与する必要がある。トルコは現在、シリアやその他の国から多くの難民を受け入れているが、ビザを通じて居住権と雇用権を授与すれば、彼らは地域経済に積極的に貢献するとともに、自らの安全と尊厳を確保することができる。政治的意思さえあれば、湾岸諸国も定住プログラムを実施することができる。長期的にはまだなすべきことがたくさんある。福祉と民主主義と尊厳を実現するためには、紛争の終結、開発の促進、および政治的抑圧の終焉といったすべてが不可欠である。信頼できるガバナンスのために必要なのは、反応的ではなく能動的なアプローチ、つねにより大きな人権の枠組みの中で行動するアプローチである。

メリッサ・シーゲル博士、国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT):

欧州に毎日移民が到着(そして死亡)するなか、スウェーデンやドイツといった国々は支援策を強化し、欧州の近隣諸国に対して模範を示した。しかし残念ながら、皆が直ちにこの模範にならうという状況にはなっていない。人権の原則を守り続けることを誇りとする欧州地域にとって、EUレベルでの全体的な連携不足は断じて受け入れ難く、率直に言ってばつの悪い事態である。

EUの指導者たちが、今後5年間にわたって受け入れることに合意した20万人の難民について言葉を濁している間に、シリアの近隣諸国の人口は25パーセントも増加した。人口450万人のレバノンと650万人のヨルダンは、それぞれ120万人と65万人を超える難民を受け入れており、他方トルコは、160万人を受け入れた後も、さらなる難民を迎え入れ続けている。

欧州はあまりにも長い間、援助を与えつつ、「うちの裏庭には来るな」と言い続けてきた。これは恥ずべき政策であるばかりでなく、完全に非現実的な政策である。近隣諸国の難民キャンプはあふれかえっており、人々には別の場所に移る以外にほとんど選択肢がない。ハリエット・グラント氏はガーディアン紙に次のように書いている。「レバノンとヨルダンにおける状況の悪化、とくに食料と医療の不足は、シリアから逃れてきた400万人の人々の多くにとって耐え難いものとなっており、欧州を目指して北西へと進む新たな難民の波を生み出し、現在の危機をさらに悪化させている」

欧州はあまりにも長い間、援助を与えつつ、「うちの裏庭には来るな」と言い続けてきた。これは恥ずべき政策であるばかりでなく、完全に非現実的な政策である。近隣諸国の難民キャンプはあふれかえっており、人々には別の場所に移る以外にほとんど選択肢がない。

要するに私たちは、今後も難民や亡命希望者が欧州のドアをノックするのを見続けることになるのだ。欧州が本当にこれらの人々の福祉(そして、より広い意味では人権の原則)を気に掛けるのであれば、欧州レベルでより耐久力のある解決策を講じる必要がある。そのためにはまず、彼らが自ら欧州に来るために危険な旅に出なくて済むよう、UNHCRによる再定住要請をもっと受け入れるべきである。

また欧州の指導者たちは、難民をめぐる現在の状況についての考え方を改め、この現状を脅威としてではなく「機会」として受け入れるべきである。オックスフォード大学難民学習センターのベッツ教授が言うように、私たちは「難民を開発問題として扱う」ことができる。難民は自らの生活をより良くしようと努力するレジリエントかつ勤勉な人々だと、ベッツ教授は主張する。彼らはそうすることにより、受入国の経済や社会の発展に多大な貢献をすることができる。高齢化が進む欧州はこの状況を、人道的責任としてだけでなく、自分たちの社会に有能でレジリエントな新しい人材を迎え入れる機会としてとらえるべきである。

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地中海危機:指導者たちへのオープンレター by メリッサ・シーゲル and パールバティ・ナイール is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License.

著者

メリッサ・シーゲル博士は、Maastricht Graduate School of Governance (マーストリヒト大学院ガバナンス研究科)の准教授兼移住研究プログラムマネージャーであり、UNU-MERITのシニアリサーチャー兼移住・開発研究テーマリーダーである。UNU-MERITでは、いくつかの移住研究プロジェクトの管理、ならびにMigration Studies Specialization(移住研究専攻)とMigration Management Diploma Programme(移住管理ディプロマプログラム)の調整を担当している。

パールバティ・ナイール教授(博士)は、国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)の所長である。文化研究とヒスパニック研究の分野で教鞭を執り、執筆も行っている。専門分野は移住と強制移動という状況下でのジェンダー、エスニシティ、文化的アイデンティティの問題である。文化的媒体の中でもとくに写真を用いて移住を表現することについても著している。文中で言及したオンラインマガジン、Crossings: Journal of Migration and Culture(クロッシングス:ジャーナル・オブ・マイグレーション・アンド・カルチャー)の首席編集者である。