人口パラドックス

ロバート・マルサス氏の時代から、人類が全ての生物と同様、限りある環境のなかで生きていることを私たちは痛感してきた。経済学および人口統計学者でもあったイギリス人のマルサス氏は、2世紀前に、人口の増加は食料供給量を常に上回り、人類の向上は厳しい繁殖制限なくしては不可能だと結論付けた。

確かに、環境の限界を超えてしまえば人口に多大な影響を与えてしまう。しかし人間は、様々な農業の管理方法をとおして更に多くの食糧が生産できるよう環境を変えることに成功してきた。

しかし現在のように気候や自然資源、生物多様性に対する懸念、あるいは危機が広がる中、今問われるのは、地球は何人まで支えることができるのか?である。一見シンプルな質問だが答えるのは非常に難しい。しかし、地球の収容可能数がはっきりとした数値で分かれば非常に助かることは否めない。

唯一、合理的な解答と言えるのは、「何を食べているかによる」かもしれない。そして私たちがいま主に食しているのは化石燃料である、と言う者もいる(アメリカ人の石油消費量はどれくらいか?をご覧ください)。現代農業の化石燃料への依存性を踏まえ、地質学者のデール・アレン・ファイファー氏はピークオイルの到来により人口が20億人まで減少するのは必至だろうという劇的な発言を2004年にしている。

食卓はいろいろ

ここで言う「食べる」とはもちろん消費、運転、エネルギー発電に使う、などと交互に使われる。問題なのは世界が一つだけでないことなのだ。複数あるうえ皆食べるものが違う。技術や現代農業方法の進化とそれに関連して増えた消費能力は均等に分配されていない。先月発表された、ダレク・ゴンドール氏のエッセーにはこれを実証する衝撃的な統計がふくまれていた。なんと世界の人口のたった10%が世界の全消費量の60%を占めているというのだ。

そのため皮肉にも、気候変動など世界的な問題には、世界人口という表現は無意味だ。人口とは、それに関連する消費量をも含めて話をしないと意味がないからだ。全人口の消費量がもし均一であれば、論議はもっとシンプルだったのに。

いつものように、悪魔は細部に宿る。西欧人は、カロリーベースでは、最貧国の人々の10倍の肉を消費している。米国は中国に比べると人口1,000人あたり25倍の車台数を所有している。ノルウェーの家庭の消費電力量はインドネシアのおよそ50倍にのぼるのだ。

国際環境開発研究所(International Institute for Environment and Development)のデイビット・サタウェイト氏が最近発表した数字もまた人口の複雑性を示す。世界の人口比率を見ると、サハラ以南のアフリカの人口は1980年から2005年の間に18.5%増加したが、二酸化炭素(CO2)の排出量は2.4%しか増えなかった。対して中国は人口比率が15.3%増えたものの、CO2排出量は44.5%も増加している。このような例から分かるように、人の数だけを問題にしても真実は見えてこないのだ。

人口、経済、消費

しかし人は非常に目立つ存在である。大勢の人々が集まれば、特に(低排出ではあるが)人口密度の高いスラムなどは、CO2排出物の塊とも言える肉1キロやブランド物のバックより目立つ。もちろん、産児制限を行うことには、とりわけ環境保護の観点から、妥当な理由がある。しかし、気候変動の問題は消費の問題でもあり、人口が最多もしくは高増加率の国々の人口を制限すれば魔法のように問題を解決できると思うのはあまりにもいいかげんだ。

コンドームは効果的だが、実は、現在もっとも効果的な避妊方法は経済の発展である。生活水準の向上は少子化という相乗効果をもたらすからだ。しかしこれは消費能力の上昇をも意味し、貧しい子供の1人や2人分の消費量増加よりも比例的に大きな影響を与える。すなわち、少し豊かになるだけで消費量は大きく増加してしまう。人々を貧困から助け出すことは人口の増加を抑えると同時に、消費力を与える。これが難しいパラドックスなのだ。

2009年に国連大学高等研究所(United Nations University Institute for Advanced Studies)のタティアナ・ガッダ氏とアレクサンドロス・ガスパラトス氏が行った日本の戦後状況の研究では比較的小さい人口増加率に対し、消費量の膨大な増加が起こっていたことを発見した。1950年から1975年の間、一人当たりの経済力が580%増加し、一人当たりの肉消費量は1,500%増えた。対して同期間中に日本人の人口増加率は33%だった。この消費パターンと富の切っても切れない関係を踏まえ、人口問題は外部要素と共に考えなくてはならないのは明白だ。

先進国が先導せねば

このような先入観を回避するために、消費というものを現在、近い将来(2020年まで)そして遠い未来(2025年以降)と分別して考えるのが良いかもしれない。

現在の大量消費の主犯が先進国であることは間違いない。しかし、新興経済国の人々も急速にこの消費パターンに加わっている。とはいっても、今後10-15年以内に大量消費者になる人たちは既にそのほとんどが現れ始めている。中国の中産階級は2005年から22%増し、2007年には8千万人に成長した。2020年には7億人に達すると予測されている。この数億人の低消費者たちは、遠い未来、地域の経済復興活動や高消費地域への移動を行うことで消費量を増やしていくだろう。

これほどにダイナミックな発展パターンが背景にあるなか、人口の危険度に重点を置き過ぎては本来の問題を無視することになる。消費とは最重要課題だけではなく、もっとも公平性を持つ課題なのだ。たった一つしかないパイを大勢が欲しがるなか、私達は分け合うことを学ばなくてはいけない。

そしてピークオイル主義者たちが正しければ、未来の世界的人口は20億人近くに落ちる(1920年頃に見られた数字)。ここで注目すべきは「未来」という言葉だ。恐らくこの未来とは、崩壊などが起きない限り、まだ一世紀以上も先のことだろう。しかし国連人口予測(UN population projections)では、2100年までの人口を、少なくて55億人、多くて140億人、そして中間的には90億人までに達することを予想している。

国連の統計学者たちは、少ないシナリオでは200年後に世界的人口が23億人まで減少すると予測している(主に繁殖レベルの変移を元に)。しかしここではこの人口が23億人の大量消費者を指しているわけではない(エネルギーとカーボンフットプリントを減らす技術が開発されていない限り)ことに注意すべきだ。

では、私たちには200年という時間の余裕が本当にあるのだろうか?それとも今後20年以内には、気候変動などを原因に、深刻なエネルギー、食糧そして水不足が起こり私達の適応能力に打ち勝ってしまうのだろうか?

こんな中、一つだけ楽観的な見解がある。2060年には、世界人口が2003年(この予測を出した時期)のものより少なくなっているという予測が発表されている。ここで上げられる減少要因は、餓死や病気ではなくグローバル化だ。コミュニケーション技術や教育が一緒になり想像以上の早さで人口を引き下げることになるというのだ。

反対者たちは、グローバル化のもう一つの影響に伝染病の急速な広がりを促してしまうことを挙げる。これによって予測が破局的な方法で実現してしまうかもしれない。しかしこの予測の単純性は批判されるものの、今のところ対抗す るものは出ていない。

少数人数の世界には様々なメリットがある。しかし私達の実態のニュアンスまでが理解できない限り、無効な政策を作ってしまう恐れがある。最終的には、選択肢の問題だ。人々が肉ではなく穀物を食べれば地球は更に大勢を支えることができるはずだと論議する人もいる(この話題に関する討論会2.0をご覧ください)。私達は同じものを同じ様に「食べる」ことがない、そしてこのパターンがすぐ変わってしまうことを理解することが人口パラドックスの複雑性を理解する第一歩となる。

人口の規制はまだ方程式のほんの一部分だ。それ以上に重要なのは裕福層の拡大し続ける消費能力だ。そして更なる消費を追及、促し、そして届ける経済、技術、そしてエネルギーの構造だ。

このような組織の仕組みを理解しなければ、貧困国の人口を抑えようとするのは不平であり、尚且つ実用性に欠けている。

翻訳:越智さき

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著者

クリストファー・ドール氏は2009年10月に、東大との共同提携のうえ、JSPSの博士研究員として国連大学に加わった。彼が主に興味を持つ研究テーマは空間明示データセットを用いた世界的な都市化による社会経済や環境の特性評価を通し持続可能な開発の政策設計に役立てることだ。以前はニューヨークのコロンビア大学やオーストリアの国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis)に従事していた。ドール氏はイギリスで生まれ育ち、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジにてリモートセンシング(遠隔探査)の博士号を取得している。