ミリアム・シュローダー氏は政治学者および中国研究家であり、ドイツのポツダム大学で博士研究委員として働いている。国際的気候政治や再生可能エネルギーについても研究している。中国のクリーン開発メカニズムの導入に関する博士課程を先ごろ終えた。
キャップ・アンド・トレードの利点に関する論争が近ごろ激しさを増している。特に米国ではワックスマン・マーキー法案、別名2009年米国クリーンエネルギー法、をめぐって熱い議論が繰り広げられている。
共和党員やヘリテージ財団などの右派シンクタンクは、キャップ・アンド・トレード制度は四人家族あたり年間米1,870ドル相当の負担がかかると主張し、同法案に対して非常に否定的だ。
2009年12月にオーストラリアの保守派の自由党が国内のキャップ・アンド・トレード制度を否決したが、それと同じような状況ここでも見られる。
簡単に言えば、キャップ・アンド・トレードとは大気中の汚染の削減を目的とした州や中央政府が導入する市場本位の制度だ。キャップ・アンド・トレー ド制度の下、「関係当局」は排出可能量の限度を設定し、これを徐々に減らしていくことで削減目標へと近づけるのだ。各企業には一定量の公害物を排出する権 限を与える許可証が発行される。そしてこの許可証は市場で取引することができるのだ。
キャップ・アンド・トレード制度が初めて成功したのは北アメリカの米酸性雨プログラム(US Acid Rain Programme)の枠組みに基づいて行われた事例だ。このとき対象となった排出物は二酸化硫黄だった。
温室効果ガスの排出に関しては、2005年の1月に始まった欧州排出量取引制度(EU ETS)が最も高度な制度である。この制度では、欧州連合内に属する二酸化炭素を排出する企業は、各国に割り当てられている「排出枠」に従わなくてはいけないのだ。
企業が排出量を許容範囲内に抑えることができれば、余剰分は転売することが可能なのだ。また許容量を超過してしまうと、連合内の企業から排出権を買い取らなければいけない。もしくは京都議定書内のクリーン開発メカニズム(CDM)や共同実施(JI)からのクレジットを使用することができる。結果として、京都議定書の削減目標はいわゆる「コンプライアンス市場」を作りだしたことになる。
この義務的な制度を補足しているのが「自主的炭素市場」というものだ。そこでは企業や個人が、二酸化炭素の排出量を削減する事業からカーボンオフ セット権を購入することができる。この市場は規制されておらず、自主的に決められた基準を元に構成されている。そのため、二酸化炭素排出量を削減できる有 効性が疑問視されている。
自主的な炭素市場は地域レベルの取組みによって行われる。例えばシカゴ気候取引所は、米連邦政府が気候変動問題に取組む行動が見られないことに対して2003年に立ち上げられた地域内の排出量取引制度だ。
更に最近では、東京都庁が1,400もの大規模工場や事務所を含んだキャップ・アンド・トレード制度を2010年4月から開始する計画を発表した。
排出権取引制度に批判的な人々は実際に排出量を減らすことができるかを心配する。排出権取引制度の規制は政治的決議によって決められており、ロビー イストなど外部からの圧力に押され緩すぎる規則となってしまう。これを面白い方法で説明してくれるのが(この記事の最後にある)キャップ・アンド・トレードの話(The Story of Cap and Trade)という動画だ。
例えばEU ETSは、非常に寛大な削減枠が設定されていること、飛行、農業、輸送など多くの業界を除外していること、そして、最初の割り当て期間に排出枠を無料提供 し多くの企業に棚ぼたの利益を与えたことで批判を受けている。これらの要因により、カーボンクレジットの市場取引で企業は多大な利益をあげることができた のだ。
またクリーン開発メカニズムの仕組みに対する批判も多い。ここでは京都議定書内で設定された附属書I国(先進)の国々がそれ以外の国々から「排出権」(CER)を購入することができるのだ。この市場は2008年の終わりまでに65億ドルまで達したものの、開発途上国で行われているプロジェクトの追加性についても(排出削減クレジットによる追加報奨がなければ予定された削減は行われないという事実)多くの批判が上がっている。
その他の懸念要素は、二酸化炭素を商品化していることや現在の生産や消費パターンの根本的な問題を無視して平常通りの営業を持続可能としている埋め合わせの制度であることだ。
おなじみの喩えとして、現代のカーボンオフセット市場を中世キリスト教会の贖宥状の発行となぞられたものがある。贖宥状を購入もしくは償いを行うことで人々は現世での許しを得ることができた。しかし商品化の不条理さを例証する比喩はCheatneutralというサイトで見られるようにまだまだ工夫ができる。
しかし排出量取引制度の最も厳しい批判はその有効性に対するものだ。今日の排出量取引制度はかなり成熟し取引量も増えているものの、世界的排出量の削減への実際の有効性については疑問が残る。
NASAのゴダード宇宙研究所の所長ジェームス・ハンセン氏はキャップ・アンド・トレードの熱心な反対者の一人である。2009年2月には米下院歳入委員会への証言でキャップ・アンド・トレード策は次のような特性を持っていると述べた。
「1.予測不可能な価格変動、2.国民を犠牲にしてウォール街や取引所で億万長者を生み出す、3.『停電になる』と公共設備らは脅して排出権を増やそうとするリスクがある、4.諸経費や複雑性がロビーイストを招き設置が引き延ばされてしまうことになります」
代わりに彼は炭素税と配当金に賛成の意を示す。炭素税は他の税金と同様、トップダウン型の政策であり国家(もしくは国際的組織)が二酸化炭素の排出に課税するものだ。
スウェーデンが炭素税の設置に成功しているが、排出権取引制度の代替策として国際的な気候交渉の場であまり注目を集めることはない。国際議題のなか で税金の低位置には二つの説明がある。まず、課税は政治的に実行不可能であると言われているためだ。それは「税金」という単語に対して、保守派や多くの、 特に米国内の、経済人から抵抗を受けるからである。
二つ目に、課税は一見すると適用方法が平等なうえ執行し易いように見える。しかし現在すでに存在する課税制度(所得税など)と比べると、例えばEU ETSの弱点へとつながってしまった、政治的交渉によって起きた設計上の問題は課税制度でも起こりうることが明らかになる。全ての排出者を平等に扱う単純 な炭素税を設定することは可能だが、より現実的なのは業種や排出者の規模によって差を設ける方法だろう。
米国では、二酸化炭素1トンに対して米115ドルの炭素税を課すことができるのではとハンセン氏は議論する。そうすると6700億ドルの税収が見込 める。そしてこれを100%配当金として国民に渡すことを彼は提案する。これによって、「カーボンフットプリントが平均以下である家庭はお金を稼ぐことが できます。配当金が税金を上回るため。この税金は非効率的な設備を取り替える強力な誘因となるのです。経済に拍車をかけます。革新にも拍車をかけるので す」と彼は述べる。
この視点は多くには支持されておらずClimate Progressのジョセフ・ロム氏は特にこのようなハンセン氏の税金と配当金の供述は将来性がなく、「悲惨なほど無力で不完全な気候対策」を象徴していると非難している。
現実は排出権取引や炭素税制度の影響力は二酸化炭素の排出削減を本当に実現させようとする国家からの圧力にかかっていることだ。倫理上ではどちらの手段も有効性があるが、どちらも約束を果たす責任を追求する必要があるのだ。
翻訳:越智さき
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