メコンデルタ地域から学ぶ、安全な水とは

この記事は、「国連大学と知るSDGs」キャンペーンの一環として取り上げられた記事の一つです。17の目標すべてが互いにつながっている持続可能な開発目標(SDGs)。国連大学の研究分野は、他に類を見ないほど幅広く、SDGsのすべての範囲を網羅しています。世界中から集まった400人以上の研究者が、180を超える数のプロジェクトに従事し、SDGsに関連する研究を進めています。

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持続可能な開発目標(SDGs)の中でも、おそらく水というテーマ以上に世界の進歩に大きな影響をもたらすものは他にないだろう。水の管理は産業、生態系、平和、暮らしの持続可能性を決定づける要素であるとともに、人間の健康に与える影響は計り知れない。しかし、現在、世界人口の40%以上におよぶ人々が水不足に苦しみ、180億人の人々が排せつ物で汚染された水源の水を飲用し、240億人の人々がトイレを利用できない環境にある。さらにこれらの問題を悪化させているのは、農業や産業など、人間の活動によって生じる排水の80%以上がいかなる処理もなされないまま放流されているという事実である。

この問題の要となるのは淡水系の規模の広大さであるが、SDGsの目標6である「すべての人に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」の達成には、家庭や地域コミュニティへの働きかけから始めて段階的に規模を拡大していくというアプローチを採ることにより、日々の暮らしの中で利用されるこの重要資源についての理解を深め、その管理法を改善していく必要がある。

すでに今までの取り組みによって、状況は大きく改善されている。2015年末の調査結果によると、世界人口の90%(約660億人)が改善された飲料水源を利用することが可能となり、3分の2(約490億人)が改善された衛生施設へのアクセスが可能となったとされている。しかし、私たちが2007年に開始したベトナムのメコン川デルタ地帯での調査によれば、水質に関する記事で喧伝されるこうした数字は、実相の一部を伝えているに過ぎないことが分かる。

とくにSDGsのターゲット6.3「2030年までに、汚染の減少、投棄の廃絶と有害な化学物・物質の放出の最小化、未処理の排水の割合半減及び再生利用と安全な再利用を世界的規模で大幅に増加させることにより、水質を改善する」について考えてみると、そのことがより明らかになる。このターゲットを達成できないということは、すなわち、目標14「海の豊かさを守ろう」目標3「すべての人に健康と福祉を」をはじめ、貧困と飢餓の撲滅に関する目標など、他のすべてのSDGsの達成が危ういものになるということである。

地域コミュニティの水源、地下水、さらにはボトル入りの水について調査することによって初めて、安全な水へのアクセス確保という目標達成に向けた、より正確な状況把握に着手することができる

メコン川地域全体における水質調査の多くは、主要河川のような大規模な水域を対象としている。そこでは、水量の多さから、汚染物質の濃度が往々にして薄められている。しかし、地域コミュニティとの緊密な協力のもとで調査を進めていると、大きな河川のような水源は主に灌漑用や通船用の水路として使用される一方、生活用水としては、住居側にあるより小さな支流や水路の水が使われているという実態が見えてきた。そして残念なことに、こうした規模の小さな水源では、水中の汚染物質濃度が大きな河川に比べてかなり高いものとなっている。

したがって、メコンデルタ地域の家庭生活における水質の影響をよりよく理解するためには、地域を流れる多くの小規模な水路や川に従来以上の焦点を当てて調査を行う必要がある。こうした地域コミュニティの水源、地下水、さらにはボトル入りの水について調査することによって初めて、安全な水へのアクセス確保という目標達成に向けた、より正確な状況把握に着手することができるのである。

Mekong Delta canal

メコンデルタの地域コミュニティとの緊密な協力のもとで調査を進めていると、大きな河川のような水源は主に灌漑用や通船用の水路として使用される一方、生活用水としては、住居側にあるより小さな支流や水路の水が使われているという実態が見えてきた。Photo: McKay Savage, Creative Commons BY-NC 2.0

私たちが行った調査では、メコンデルタ地域の人々が飲用、料理、洗濯を目的として用いる水の水質は低いとの一貫した結果が出ており、大規模水域で計測される水質を大幅に下回る場合も多く見られる。加えて、2007年以降では、水質に目立った改善は見られていない。

多くの農村地域と同様、メコンデルタ地域においても施設による処理済み水の供給が普及しておらず、多くの家庭では処理の不十分な水、すなわち、汚染された水を使用している。大半の人が、飲用水は沸かし、沈殿物には硫酸アルミニウムで除去するという基本的な処理方法を用いている。しかし、このような方法では単に沈殿物を除去しているに過ぎず、必ずしも水を「浄化」していることにはならない。また、水の煮沸は病原体を取り除くうえで有効である一方、重視すべき点として、この方法を用いた場合、耐熱性の化学汚染物質の濃度をむしろ高める可能性があるということである。

メコンデルタ地域で調査したボトル入りの水の半数からは、少なくとも1種類の農薬成分が検出され、なかには8種類もの農薬成分が検出されたものもあった

ベトナムでは、ボトル入りの水は、とくに幼児や高齢者にとってより安全性の高い水であると広く信じられている。確かに、ボトル入りの水が他の水源から得た水よりもはるかに水質の良いものであることは間違いない。しかし、私たちがメコンデルタ地域で調査したボトル入りの水の半数からは、少なくとも1種類の農薬成分が検出され、なかには8種類もの農薬成分が検出されたものもあった。

この結果から、ボトル入りの水を可能な限り安全なものにするために、いっそうの取り組みが必要であることは明らかである。しかし、これは同時に、地域コミュニティの既存の慣行を踏まえた総合的な解決策が必要であることを示す最たる事例でもある。こうしたことを踏まえて初めて、水のリスクに関する正確な情報を伝えるための教育およびアウトリーチ活動の計画策定が可能となる。そして、さらにこれを経たうえで初めて、現行の水に関する規則や汚染物質規制を効果的なものに改正、強化することができるようになる。

重要な点として、こうしたことは地域コミュニティの人々がどのように規則を理解し、遵守するかについても言えるということである。10年間にわたり実施してきた私たちの調査からは、農薬の使用量に比例して収穫高が増えると考える農業従事者の存在が明らかとなった。その多くが農業作業の改善策と農薬使用の削減について学ぶために研修に参加し、一部には自らの農業慣行を短期的に変えた者も見られた。しかし、最終的には、その大半の農業従事者がかつて行っていた農薬の大量使用の慣行へと逆戻りした。

一方、きれいな水への安全なアクセスを確保するためには、監視についての再検討を要する場合もある。中央政府や市当局は、大抵、比較的規模の大きな水域、とくに大きな河川の水質調査を重点的に行う。また、予算が限定的であることから、一部の汚染物質を測定するだけの調査の実施に留まり、人間の健康や周辺の生態系に慢性的な悪影響を与えかねない農薬などの汚染物質については見過ごされている可能性がある。

よって、「どこで何を」の適切性を見極めた監視と、日常生活における水利用の実相に焦点を置いた取り組みが急務となる。SDGs目標6をはじめ、すべてのSDGs達成に向けて連携を図りながら、直面する課題や実行可能な解決策について正確な状況を把握するためには、地域コミュニティの立場に立った視点から取り組みを開始し、段階的に拡大していくことが不可欠である。

著者

ジータ・セベスバリ氏は、国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)の所長代理。社会生態システムの脆弱性、環境汚染、生態系サービス、持続可能な農業生産(主に東南アジア地域について)などを研究。

ファブリス・ルノー博士は、2004年より国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)に勤務し、2007年よりEnvironmental Vulnerability and Energy Security Section(環境脆弱性と生態系サービスセクション)の長を務めている。2009年8月から2011年5月までUNU-EHS所長臨時代理を務めた。農学、特に農薬(とりわけ殺虫剤)による環境汚染を専門分野とする。UNU-EHSに入る前は、ナミビア、タイ、米国、英国の国際機関や学術機関に勤務。