イギリスのブリストル大学で土木工学修士号を取得(2002年)。“Structural and Financial Risk Assessment of Caisson Breakwaters against Wind Waves and Tsunami Attack”と題した論文で、沿岸工学の博士号を取得(2006年)。このテーマには、ケーソン防波堤の破壊モードと建設に伴う財務的リスクの評価が含まれる。
21世紀におけるさまざまな課題は、気候変動が原因で引き起こされようとしている。海水温の上昇が、熱帯サイクロンをはじめとする異常気象の頻度と大きさに拍車をかけるであろうことも懸念の一つである。
「熱帯サイクロン」とは、暖かい海上に発生する閉じた大気循環のことである。最大風速が時速119 kmを超える低気圧を、太平洋地域では台風、大西洋地域ではハリケーン、そして一般にサイクロンとも呼んでいる。
様々な要因が、熱帯低気圧の発達に影響を与えている。科学者たちが地球温暖化がどの程度の影響を及ぼしているのか議論している中、各国政府は自然災害への備えや被害軽減のために最悪のシナリオを検討する必要がある。
日本は過去30年間に年平均26.7回の熱帯低気圧に見舞われており、非常に被害を受けやすいことが分かっている。そのため、日本はこれまでに多くの物的損害や、その他の間接的な経済的打撃を受けてきている。これらの現象による時間と金の損失が、今後も増え得ることを理解しておくことが重要である。
国連大学高等研究所(UNU-IAS)が最近行ったコンピューターによるシミュレーションは、今後の台風の勢力拡大を目前に、日本経済への間接的影響についての試算を目標としている。既存の研究の大半は、物的被害のみに関心を寄せ、交通機関や産業システムの麻痺などの間接的影響を試算していない。
このためUNU-IASのモデルでは、損失時間の平均値を重要な指標とした。熱帯低気圧が通過する地域に住む人々には周知の通り、台風が上陸すると、事実上すべての交通機関や商業が停止するためだ。基本的に住民が避難を余儀なくされれば、国の経済生産性は大幅に落ち込む。
シミュレーションで使用した3つのシナリオのうち、対照シナリオ(気候変動なし)と2つの気候変動シナリオ (台風発達の異なる要素に基づく)を直接比較すると、台風によって日本北部の経済活動が影響を受けるであろうことが予測される。
熱帯サイクロンは海面温度の上昇により、北へ進むにつれて長距離にわたり勢いを保ち続ける。高緯度の地域が影響を受けやすいのはこのためである。(図解ご参照)
日本の台風シーズンは7月から9月頃まで続き、この期間ほとんどの港湾では活動停止となる。上記に示したシナリオでは、強風のため港湾が閉鎖される平均期間は18% から43%増えると予測される。
実際、港湾の活動停止期間が18%増加すれば、その影響はかなり深刻である。特に最南部地域、沖縄県の那覇港の被害は極めて大きいものになるだろう。
日本は島国であり、経済が極めて貿易中心型であることから、これまで港湾整備への投資は日本経済発展のため欠かせないものであった。港湾整備への投資額と日本の国内総生産(GDP)との直接的関係も明らかになっている。
基本的に、日本経済の成長は港湾整備の拡大にかかっている。勢力を増す台風によって港湾活動が麻痺する間のコストを相殺するために、港湾整備にかかる費用は20世紀よりも高い比率になるだろう。2085年までにさらに306億円から1279億円(3億1100万ドルから13億ドル)の追加コストがかかり、経済成長維持に必要などのインフラ費用よりも優先順位が高くなる。
我々のシミュレーションの結果、台風による経済活動への被害は、2085年に(1990年のGDPに基づく)日本のGDPの0.15%に達すると予測される。今後もこのような状態が続けば、日本経済は毎年の台風被害だけで6870億円(70億ドル、または1人あたり60ドル相当)以上の損失を受けることとなる。
経済的、人口学的発展の観点から、損失の可能性は都市部が高い。特に経済活動が活発で、人口増加している沿岸都市部では、より多くの人々と経済的資産が自然災害に晒されるリスクが高くなっている。
世界中の科学者や経済学者たちが、気候変動の緩和と適応の経済的影響を測ろうと取り組んでいる。スターン報告「気候変動の経済学」では、「気候変動の全体的コストとリスクは、今後も少なく見積もっても毎年の世界GDPの5%の損失に相当するだろう。より高いリスクと影響を想定すれば、GDPの20% かそれ以上の被害となるだろう」と主張している。
無論、気候変動の科学的理由は明確に解明されておらず、台風のパターンが将来どう変化するかも未知である。2004年に行われたナットソンとトゥレヤの研究成果に基づき、我々も台風のパターンは変化すると推測している。彼らは、海面温度が摂氏0.8 ℃から2.4℃上昇していることから、2085年までに海上風速が6%速まると予測している。しかし、今世紀末までにより大幅な気温の上昇を予測している科学者たちもいる。
UNU-IASの研究では、気候変動の総合的コストについて、スターンの一般的なアプローチよりも、さらに詳細な評価を提供することを目標としている。シミュレーションの結果は、強固な港湾の設計をはじめとする適応策が、将来的には経済にとり賢明であることを示唆している。
また、我々の研究は、再生可能エネルギーや温暖化ガス排出削減へのさらなる投資についても明確にしている。気候変動の負の影響を受けるであろう一国として、日本はこの分野でリードすべきである。今、投資をすれば、今後の台風の強度を緩和し、ひいては経済的損失の縮小につながるだろう。そして、雇用を創出し、低迷する日本経済を活気づけることができるだろう。
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