サンプリティー・アイパンジグリ氏は、国連大学高等研究所にて持続可能な開発のための教育のコミュニケーション・コーディネーターを務めている。コミュニケーションと環境保全を専門分野としており、以前は同分野に関連してインド、アメリカ、ガーナ、地中海地域、ヒマラヤ山脈東部(ネパール、ブータン、インド北東部)で活躍していた。
「持続可能な開発は多くの国々で政策の焦点となっていますが、根本的な問題は持続可能性をどのように評価するのかということです」。そう問うのは、シュウ・ホー氏32歳。南京航空航天大学(中国)の研究者であり、今年度のProSPER.Net-Scopus (プロスパーネット/スコーパス)若手研究者賞の持続可能な開発部門で賞を受賞した5名のうちの1人だ。
この賞は、アジア太平洋地域を拠点に持続可能な開発分野において多大な貢献を果たした若手科学者や研究者に毎年授与される。また、革新的アイデアを共有し、若手研究者を奨励するプラットフォームも提供している。
賞はProSPER.Net(アジア太平洋地域における高等教育機関のネットワークで、大学院の教育課程に持続可能な開発を組み入れることを目的とし活動)とエルセビア(大手学術雑誌出版社であり、査読文献を扱った世界最大規模の引用データベース、Scopusを管理)との連名で授与されている。ProSPER.Netは国連大学高等研究所(IAS)の持続発展教育( ESD)プログラムの主導的役割を担っている。
選考にあたっては3つの要素が基準となった。候補者の研究論文が引用された回数、出版物と特許の数と質、研究活動が実際に社会に与えた影響。
2010年度に賞が授与されたのは、エネルギー、水、農業と食糧安全、経済・ビジネス・マネジメントの4分野。最終選考に残った候補者達は上海の同済大学で7月初旬に行われたシンポジウムで研究成果を発表した。
選考にあたっては3つの要素が基準となった。候補者の研究論文が引用された回数、出版物と特許の数と質、研究活動が実際に社会に与えた影響。受賞者にはドイツ連邦教育研究省から奨学金が支給され、自らが希望する研究グループとコラボレートしながらドイツで1年間研究活動ができる資格が与えられる。そのための旅費や生活費は奨学金で賄われるのだ。
ホー氏は経済・ビジネス・マネジメントの分野で今年度の若手研究者賞を受賞した。30歳という若さで教授に任命され、将来の二酸化炭素削減に向けたエネルギーのベンチマーキングと環境パフォーマンスについて数年来研究してきた。彼の2つの研究プロジェクトの成果は、シンガポールの通商産業省と環境・水資源省で活かされている。
「何かを管理するためには、まずはその対象を測定する必要があります。シュウ・ホー氏の研究は環境パフォーマンスの測定に着目したものですが、これはビジネスとマネジメントにおいて非常に重要なことです」。香港大学の教授であり、今年度の受賞者選考委員でもあるリチャード・ウェルフォード氏はこのように述べた。
「さらにホー氏は、エネルギー効率と気候変動といったビジネスにとって別の重要性をもつ課題にも注目している」
農業と食糧安全部門では、ヤシ油と脂質製品の持続可能性を研究したマレーシアプトラ大学の食品技術学部のチン・ピン・タン氏に賞が授与された。
マレーシアは世界のアブラヤシ生産の41%、輸出の47%を占める世界第2位のアブラヤシ生産国だ。同国にとってアブラヤシは非常に貴重な資源なのである。アブラヤシからはヤシ油とパーム核油の2種類の油が作られる。約420万ヘクタール(マレーシア国土の10%)の土地がヤシ栽培林として使われており、毎年460億マレーシアリンギット(140億アメリカドル)の収入に相当する1,200万トンのヤシ油を生産している。
世界の食用油及び油脂市場で取引されている油は主に17種ある。ヤシ油はそのうちのひとつであるとともに、産業レベルではフライの揚げ油として最も利用されている。タン氏の研究によると、パーム油には主にパームオレインとパームステアリンという成分が含まれ、パームオレインは高温でも非常に安定しているため料理や揚げ油として使われる一方、パームステアリンは可逆性油脂食品や化粧品製造で広く使用されている。しかし、油や油脂は、運動不足や食事バランスの乱れ等に伴う今日の世界的な肥満のまん延の主要原因とも考えられている。
したがって、健康に良い油が求められているのは明らかである。健康的な脂質の生産に焦点を当てたタン氏の研究は、ヤシ油をベースに使ったサラダ油、フライ油、ショートニング、焼き調理用油脂に関わる特許となった。他にも、ヤシ油ベースのリン脂質が様々な食品や食品以外の製品にとって重要な乳化剤として利用できるという案件も彼の研究から生まれた特許である。
農業と食糧安全部門ではもう1人、中国農業大学のツェンチャン・チャン氏が受賞している。酵素、主にキシラナーゼを扱った彼の研究は、すでに食品保存の分野で産業的に意義のあるものとなっており、ベーカリー製品や麺類などの保存食品の品質改善に役立っている。チャン氏の発表した論文は英語で36件、中国語で79件に上り、学術誌上で引用された回数は中国語誌面で600回、英語誌面で250回以上を数える。
エネルギー部門の受賞者はインド、ハイデラバードにある化学技術研究所のバイオエンジニア、S・ベンカタ・モハン氏。廃棄物と廃水を利用しクリーンバイオ燃料を作り出す彼の研究が評価された。「廃棄物から発生するバイオガスやメタンは環境に害を与えます。しかし、バイオ水素はクリーンなエネルギー源であり、車の燃料や燃料電池としても活用できるのです」、モハン氏は言う。
モハン氏は2003年以来バイオ燃料の製造を研究してきた。廃水は廃棄する前に必ず処理することになっている。モハン氏は自身の研究がこの現行のプロセスに付加価値を与えると確信している。どのような場合でも排水は廃棄される前にいったんは処理される、従って処理技術にかかるコストは争点ではない。モハン氏はこの他にも、廃水から生分解性プラスチックや生体電気を作る研究を手掛けており、現在は10,000リットルレベルのバイオ水素製造の可能性を調査するインド政府のプロジェクトに携わっている。
水部門では中国の南京大学環境学部のビンカイ・ハン氏が受賞した。インドや中国といった大きな途上国ではこれまで有機汚染物質は生分解や酸化、焼却といったプロセスを用いて処理されてきた。しかし、高額なコストがかかることや、毒性重金属には適用できないなどの理由から、このような処理方法が常に持続可能な であるとは言えないのである。例えば水や廃水からヒ素を取り除くなど、ハン氏は重金属を残さず除去することを可能にするための研究してきた。研究成果は
環境機能材料と、それらの水・廃水処理への導入に関する数件の特許となった。
若手研究者賞の受賞者に共通するのは、彼らが革新的な技術を開発するにとどまらず、研究室から離れてその技術を現場に応用し、人々の生活に前向きな変化をもたらすことに成功した点だ。
中国政府もハン氏の研究を参考に重金属を厳密に取扱うための規制を検討した。ハン氏が開発したプロセスで処理した廃水は、未加工の酸生成物の洗浄水として再利用できる。洗浄は高純度の化学製品を製造する際に必須となるプロセスだ。高分子ナノコンポジット吸着剤に関するハン氏の研究は、地下水に含まれる金属や無機汚染物質の除去に活用されており、それによって地下水も飲料水や洗濯、食器洗いなどに適した水に精製されるのである。
若手研究者賞の受賞者に共通するのは、彼らが革新的な技術を開発するにとどまらず、研究室から離れてその技術を現場に応用し、人々の生活に前向きな変化をもたらすことに成功した点だ。彼らの成果は研究作業から実際の技術開発、促進、そしてマーケティングにまで広がった。持続可能な発展に寄与した受賞者ひとり一人の研究は技術に適応され、村レベルから政府政策、産業などそれぞれの状況下で活かされている。
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ProSPER.Net-Scopus持続可能な開発分野における若手研究者賞の詳細については、こちらから。
翻訳:浜井華子
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