持続不可能な農業と食料システム

農業は地球上の限りある資源に対し非常に大きな影響を及ぼしていることが国連環境計画(UNEP)から委託を受け行われた重要な科学的評価で確認された。

報告によると、2007年度には地球上の全陸地面積の38%が農業のために使われ、水の消費においても農業が占める割合は70%以上に上る。「農産物による影響がこれほどまで大きいという事実が我々の報告書で明らかになり、とても驚いている」とノルウェー科学技術大学エドガー・G・ハートウィック教授は言う。

教授は2010年6月に発表された「消費と生産の環境影響を評価する:優先生産物と資源」の主執筆者である。この報告書は国連に対し独立した科学的アドバイスを提供するために設けられた持続可能な資源管理に関する国際パネルが制作した。

生産、消費、資源利用

報告書は「現在の経済活動が自然資源利用と汚染の発生に与える影響はどのように異なるのか」という問いに答えるために作成された。

(政策立案者にこのような問題の対処法を提言することまでは報告書作成の意図ではないが、今後はそのような内容も含まれることになるかもしれない)

報告書は環境影響を生産、消費、そして資源利用の三つの観点から考察している。パネルはゼロから作業を始めるのではなく、ミレニアム生態系評価など250からなる主要な国や地域、世界的研究から集積された膨大な情報から重要なデータを抽出し評価を行った。

報告書では、今日の科学研究でも明らかになっている基本的な二つの調査結果を強調している。一つは、化石燃料の消費で成り立つ産業、住宅、移動(運送)は「化石エネルギー資源の枯渇、気候変動、二酸化炭素排出に関わる様々な影響を引き起こす原因となっている」ということ。

もう一つは、農業と食料消費が「主に生息域の変化や気候変動、魚類の減少、水利用、有毒物質排出といった環境圧力を高める最も重大な要因の一つである」ということ。例えば農産物生産世界第3位のアメリカでは、水資源中の生態毒性の大部分は農薬によるもので、被害の4割は綿花生産が原因となっている。

しかし、中でも最も憂慮すべきは食料生産システムの効率の悪さである。原因は先進国において食に対する様々な志向が生まれたことで、今やその傾向が世界中に広がりつつある。産業活動でさえ大気や生物圏へ影響を及ぼすことから激しく非難されているが”農業から得られる食物や繊維、燃料はさらにひどい汚染資源になってしまっている。農産物加工においては本質的に資源利用の効率が低いためである”

土地、水、土壌の非効率的な使用の最たる問題は、今のところ、収獲された作物の50%以上が人間に供給されるのではなく、家畜の餌として使われている点にある。畜産物の消費は人口増加及び経済成長と深く関わっているため、事態は今後確実に悪化するだろう。

食料生産への圧力をさらに高めているのは、トウモロコシや砂糖といった食用の作物から作られるバイオ燃料需要の高まりである。そしてこのような影響を集中的に被るのは10億人以上の人々が栄養不良で苦しむような国々なのである。

ハートウィック教授は、肉の消費を減少させるため政府が政策を転換させることが必要であると指摘するが、それをどうやって達成するかについては慎重な姿勢を見せている。

「考え方を変えることが求められているのだが、様々な社会的、文化的要因を考慮することが大切であり、画一的な提案ではこの問題を対処することはできない」。ハートウィック教授はそう述べる。
肉や酪農製品が世界中の人々の食生活や文化の重要な一部分であることは明らかだ。ブラジルやアメリカではバーベキューとして食され、ケニヤやネパールでは自給自足をする遊牧民の家畜なのである。しかし、産業食品連鎖(例えば、スーパーマーケットやファストフード店など)のなかで食事をする人々の口に入るのはおそらく、販売促進の広告で描かれているような広々とした放牧地で草を与えられて健全に育った家畜ではないだろう。

最近の食肉はConcentrated Animal Feedlot Operations(大規模な畜産飼育場、CAFOs)からやってくるケースが増えており、そこから排出されるメタンガスや餌の栽培のための熱帯雨林破壊による影響は地球温暖化に拍車をかけるどころではなくなってきている。家畜がトウモロコシや大豆を摂取することは生物学的に不適切(家畜の消化・栄養吸収器官はこれら特定の植物を食べることを前提としたつくりになっていない)であり、家畜の伝染病や病気による食品安全性への打撃を防ぐため大量の抗生物質を必要とする。これによる下流影響は労働者の権利や動物擁護の懸念はもちろん、河川や我々の体内にも及ぶ。

ハートウィック教授は、合理的で管理しやすい変化を起こすことは可能であると感じている。
「菜食主義になる必要はないが、これからはアジアでも現在のヨーロッパや北アメリカと同じように肉が消費されることを心配するべきだ」

「結局のところ、人々の肉への食欲を満たし続けるだけの土地がこの地球上にあるとは私には思えない」。ハートウィック教授そのように認めている。

ライフサイクル分析

調査を行うに当たり、報告書作成チームが使ったのはDPSIR (Driving force 原因 – Pressure 圧力 – State 状況 – Impact 影響 – Response 反応)という枠組みであり、環境影響のあらゆる側面を考慮に入れている。DPSIRが測定するのは、”製造、使用、使用済み”の各段階で現れる影響を含む、’組み込まれている’環境影響である。例えば電気自動車の影響など、このようなライフサイクル分析をすることで環境にどれほどの被害が及んだのかより正確に指摘することができる。

国連のように科学的情報を利用すれば温室効果ガスの排出量を測定する上で、今までの取り組みを見直すことができる、とハートウィック教授は考える。

「京都議定書による現在の気候変動問題への取り組みは、必然的にいずれ世界各地で炭素価格に差をもたらすだろう」

「環境影響をよりよく測定するため、ライフサイクル分析もしくは消費アプローチを行う方向に進まなければ、エネルギー大量消費型産業が途上国へ移行してゆくことになるだろう」と教授は言う。

報告書で明らかになったように、国際的な貿易の規模が拡大していることを受けライフサイクル分析は問題との関連性がますます高くなってきている。貿易上の障壁を取り除いたことで、最終的に商品が消費される国よりも”商品が生産されている国へ環境影響が転移した”。途上国から先進国への輸出に温室効果ガスの排出が組み込まれているのがその一例だ。

成長における誤解

報告書作成の基本的な目的は”環境悪化と経済成長の関係をどのように切り離すかについてよりよい理解を促すこと”である。

「私たちは環境影響と国の裕福度の間にある因果関係をはっきりと証明した。より豊かな人々はより大きな影響を環境に与えている。これは一貫性のある調査結果なのです」とハートウィック教授は述べる。

事実、所得が倍増すればCO2の排出が81%増加することを報告書の著者が明らかにしている。
「世界に必要なのは環境影響から経済成長を切り離すこと。経済成長の新たなモデルが求められている」

現在これが議論の主流となりつつある。しかし、別のアプローチを一体誰に求めればよいのだろうか?

「ニュー・エコノミックス財団や英国エネルギー研究センターといった団体が行っている取り組みは素晴らしい。ティム・ジャクソン教授とスティーブ・ソレル氏が一連の品質研究をまとめたのだ」

このような思考を踏まえハートウィック教授が強調するのは、成果の測定には経済指標だけでなく他の評価基準も用いなければいけないということ。

「私たちを幸せにしてくれるのは富の絶対水準だけでなく、子どもや愛する人々と共に時間を過ごす社会空間を持つこと」。教授はOur World 2.0にそう語った。

経済成長は目的達成の手段であり、成長すること自体が目的になってはいけないということを私たちは時に忘れてしまう。科学的評価というものは多くの場合単に事実に即したもので人々にとっては現実的ではないものだが、ここではその背後に人間の存在が感じられることは新鮮である。

ハートウィック教授にモデルとして適切な国があるのか聞いてみた。

「北欧諸国に注目している人々もいるのではないでしょうか。共有資源管理や育児休暇といった政策が大きな成功を収めていますから」

しかし、理想的な国であるノルウェーでさえも肉や化石燃料の消費傾向は必ずしも正しい方向に進んではいない。

グローバル・フットプリント・ネットワークによると持続可能な開発の基準に達している世界で唯一の国はキューバである。しかしながら、同国は反体制活動家に対する人権侵害問題には立ち向かってはいない)

どこから始めるのか?

この報告書や環境政策の議論で変化が必要であると勧告されている分野が数多くあるなか、政策立案者や一般市民は変化を起こすために何から始めればよいのか?

国連事務次官でもある国連環境計画のアヒム・シュタイナー事務局長は報告書の序文に見られる通りこの難題をしっかりと認識している:

「意思決定者は何から始めていいか分からなくても許されるだろう」

ハートウィック教授いわく「政策立案者は食料生産、住宅、移動における環境影響を低減させるため、優先度の高い分野に焦点を当てるべき」なのである。

この報告書は政策立案者向けに作成されたのだが、現実にはライフサイクルが及ぼす影響の60%(先進国では70%にも上る)は家庭における最終消費から成っている以上、私たちは皆、意思決定者なのだ。

私たちが何を消費するのか、それを見直すのにぴったりの場所はまずは家庭であり特に台所であることは間違いない。

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報告書のダウンロードはこちらから。

翻訳:浜井華子

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著者

マーク・ノタラスは2009年~2012年まで国連大学メディアセンターのOur World 2.0 のライター兼編集者であり、また国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の研究員であった。オーストラリア国立大学とオスロのPeace Research Institute (PRIO) にて国際関係学(平和紛争分野を専攻)の修士号を取得し、2013年にはバンコクのChulalpngkorn 大学にてロータリーの平和フェローシップを修了している。現在彼は東ティモールのNGOでコミュニティーで行う農業や紛争解決のプロジェクトのアドバイザーとして活躍している。