ハニ族が守る生物多様性

農耕地と牧草地を併せると、世界の土地の38%を占める。一方、森林は30%で、その3分の2が林業に利用されている。となると、生物多様性の保護は、地球上のほんのわずかな土地を占めるにすぎない保護地域の範囲をはるかに超えた土地を対象とする必要があり、また、土地の利用形態の大部分で取り入れられていかなければならない。

生物多様性が失われる原因として、農業の名が挙げられることが多いが、実際には、例えば作物の選択を通して、あるいは土地・水・生物相全体を管理することによって、全体として多くの農業システムが生物多様性を受け入れている。その土地に根差した知恵に基づいて、自分たちを取り巻く環境の限界を重んじ、その神秘を理解する共同体が、世界にはいくつもある。農業に携わる人々は、生物多様性のおかげで、不安定な環境と環境的制限に適応することができるようになる。生物多様性が農業と結びつくことで、永続的な恵みを得ることが可能になるのだ。

本稿は、雲南省哀牢山に住むハニ族の人々が、自分たちの暮らす生態系が生み出す「モノとサービス」をどのように利用し、何世代にも渡る暮らしを維持してきたのかを考える。

縦方向の多様性

雲南省は、中国南西部に位置する山の多い省で、驚くべき生物文化多様性を擁している。雲南省に住む様々な民族の人々は、山がちの地形による制約の中で、農業生物多様性を生活の一部として受け入れている。その中に、中国南西部および東南アジア大陸部の数カ国に暮らすハニ族がいる。

中国のハニ族の大部分は、雲南省北部を流れる紅河上流と南部を流れる瀾滄江(メコン川上流)の間の山岳地帯に住んでいる。この山岳地帯の北部に住むハニ族は、昔から伝統的に棚田で農業を行ってきた。この地域の気候は、6月から10月までの雨季と、11月から5月までの乾季から成る。苗代で育てた苗を田に植えるのは、雨が期待できない乾季後半から雨季前半にかけての期間である。

「森は水の源、水は棚田の源、棚田はハニ族の源。ハニ族のことわざ より」Photo by Luohui Liang.

「森は水の源、水は棚田の源、棚田はハニ族の源。ハニ族のことわざ より」Photo by Luohui Liang.

ハニ族の人々は、自分たちの暮らす生態系が生み出す「モノとサービス」を利用し、何世代にも渡る暮らしを維持してきた。

ハニ族を初めとする様々な民族の村々を擁する哀牢山系の標高は、深い谷間のあるおよそ100メートルから、およそ3,000メートルの高さにまで及ぶ。このように壮大な起伏に富む地形によって、生態区域は縦方向の多様性を持つようになった。熱帯の谷間から亜熱帯、温帯と続き、山頂付近は高山帯となる。

「肉を獲るのは山の上、コメを育てるのは山の下、子供が生まれるのは山の中腹」というハニ族のことわざは、彼らが伝統的な暮らしを通じてどのように縦方向の多様性を受け入れてきたかを表している。

それぞれの気候帯

湿度が高く気温の低い山の頂上部付近は、森、草地、池から成っており、樹木、食用の野生植物や動物、薬草、家畜用飼料、さらに魚の養殖池、集水域など、様々な「モノとサービス」を提供している。この地帯ではあちこちに茶畑も作られており、茶の下にはカルダモンが栽培されている。

この森林帯の下には穏やかな気候が広がり、標高1,800から1,900メートルの辺りに村々が点在する。村のある中腹より下の、より温暖な地域は、耕作地帯である。標高800から1,800メートルのこの地帯では、山の斜面に広大な棚田が広がり、トウモロコシ、小麦、ジャガイモ、豆類、ソバ、野菜を育てるための畑地も作られている。さらに、木材を得るため、また水や土壌の保全のため、いたるところに天然林や人工林がある。

Photo by Luohui Liang.

Photo by Luohui Liang.

標高800から1,800メートルのこの地帯では、山の斜面に広大な棚田が広がり、トウモロコシ、小麦、ジャガイモ、豆類、ソバ、野菜を育てるための畑地も作られている。

気温の高い谷間には、集約的な稲作を行うタイ族が主に住んでいる。年に2回から3回の収穫を行い、余剰米が出ることも多い。タイ族は、お互いの強みを生かし、伝統的に自分たちの作ったコメをハニ族の薪(たきぎ)と交換している。また、ハニ族とタイ族は水牛を共有し、水牛の飼育に伴う負担を軽減させてもいる。

森は水の源

ハニ族のことわざには次のようなものもある。「森は水の源、水は棚田の源、棚田はハニ族の源」 ハニ族が森と土地を管理するために用いる複雑なシステムの鍵は、おそらく地域に根差したこの知恵にある。

山頂付近に広がる広大な天然林は、水の保全のために守られている。森は雨を遮り、また、土壌の保水力を高める。そのため、雨季のあいだに再び地下水が満たされる。雨がほとんど降らない乾季には、森は厚くたちこめる霧から水分を取り入れる役割を果たす。さらに、川沿いの森は保存され、植樹も行われる。棚田の中でも、木の生えた場所が数多く保存されている。

ハニ族の人々は、村の周囲の木々を守り、また植樹も行っている。村人の居住空間と「精霊」の住む場所を分け、強風や地滑りから村人たちを守る美しい森である。一方、哀牢山系にある他の森は、野生のキノコ、野菜、木の実、果物のような食用の植物や昆虫を何百種も擁し、これらが住民の生活に重要な役割を果たしている。

森は、コメの栽培だけではなく、ハニ族の人々の心の平安にとっても欠かせない存在だ。ハニ族の人々は、自分たちの村の神が森に住まうと信じており、どの村にも、厳格に守られた村の神のための天然の森がある。また、村同士で森を共有する場合もある。年に一度、村の神を讃える儀式が開かれ、どのように森を守っていくかということが若い世代に伝えられる。

コメと魚と生物多様性

ハニ族の人々は、主要な作物であるコメを育てるために、なだらかな斜面を選び、哀牢山中の水源から水を引き、広大な棚田を作り上げた。深い谷間を流れる紅河から水を引くのは非常に困難であったため、その代わりに、数世紀をかけて作物を収穫するための複雑な灌漑システムを作り上げ、泉の水や地面からの浸出水、小川の水などを、棚田へと引き込んだ。

水量を調節するために長い水路が作られ、そこから石や木を通して2段目、3段目の水路へ水が分配される。水路には、小さな水の出入口が開けられ、水量はこの出入口の大きさで決まるが、それは灌漑を必要とするコメの量に左右される。余分な水は、水門を通って高い棚田から低い棚田へと流される。水門には、大きな魚が逃げ出すのを防ぐために、竹製のふるいが取り付けられている。棚田は、人工の湿地帯としても機能し、水を溜め、土壌の浸食を防いでいる。乾季には、棚田に溜められた水は排出されず、次の収穫のために取っておかれる。

魚は人々の重要なタンパク源や収入減となるだけでなく、昆虫や雑草が増えるのを抑え、棚田の土壌を豊かにする役割も果たす。

ハニ族の人々は、配水に加え、腐葉土や家畜の肥やしなどの肥料を運ぶためにも、灌漑システムを利用している。これによって、時間とコストを節約することができる。このように灌漑システムを習慣的に管理することによって、確実に水資源が村人たちの間で共有され、灌漑システムがきちんと維持される。

ハニ族の人々は、気候や水、土壌の変化にうまく対処するために、哀牢山系で数百にも及ぶ品種のコメを栽培してきた。例えば、長い茎を持つ品種のコメを選び、伝統的なキノコ型の家の屋根をふく材料に用いたり、水牛に与える飼料として使ったりした。コメの中には、高緯度地帯の寒冷な気候に向く品種もあれば、低緯度地帯の温暖な気候に適した品種もある。

棚田はまた、様々な種の水生動物や植物を育て、採集するためにも利用されている。例えば、食料としては、コイ、ウナギ、ドジョウなど種々の魚やアヒル、カタツムリ、エビ、カニなど、また飼料としては、野生の植物などである。ダイズや、雲南省によくある薬草で「魚のような匂い」で知られるドクダミも栽培されている。

棚田で魚を養殖するため、村の家族はそれぞれ、集水域の小川沿いに作られた小さな池で魚を育てる。田植えが済んだ後、魚は繁殖のため棚田に移される。生まれた稚魚は、棚田で育つ。魚は人々の重要なタンパク源や収入減となるだけでなく、昆虫や雑草が増えるのを抑え、棚田の土壌を豊かにする役割も果たす。さらに、棚田にはもう1つ利点がある。水不足のときには、人々は稲作から乾地農法に切り替え、トウモロコシや野菜など他の作物を作ることができるのだ。

伝統的知識と研究の成果を結びつける

ハニ族の人々は、自分たちの様々な必要を満たすため、哀牢山系の森・コメ・魚からなる生物多様性と生態系サービスを受け入れてきた。彼らの農業システムは時の試練に耐え、世界が見習うべき優れた見本となっている。それにふさわしく、棚田は現在、国連食糧農業機関のGlobally Important Agriculture Heritage System(世界重要農業遺産)の1つとして登録されている

ハニ族の棚田の壮大な景観とハニ族独自の民族文化は、中国国内からも国外からも多くの観光客を引きつけている。しかし、将来起こりうる世界的な気候変動の影響に対して、伝統的なシステムでは対応しきれない可能性がある。

この問題に答えて、国連大学サステナビリティと平和研究所(UNU-ISP)は、University Network for Climate and Ecosystems Change Adaptation Research(気候変動および生態系の変化への適応に関する研究のための大学間ネットワーク) (UN-CECAR)の一部として、今後数年にわたる新たな研究に着手する。将来の課題に取り組むため、将来起こりうる気候変動の影響を評価し、生態系に基づく伝統的な取り組みを基礎とした適応戦略を定める予定だ。適応戦略では、森林や集水域の保護、気候変動への適応における作物の多様性などといった伝統的知識の役割に重点を置くこと、また、気候変動により引き起こされる洪水や干ばつのリスクを減らすための現場での手段を新たに提案することが期待されている。

伝統的知識と研究の成果を統合するために共に取り組むことで、ハニ族の人々が今後も続けて持続的な生活を送ることができるようになることを、私たちは願っている。

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紅河ハニ族イ族自治州ハニ族棚田管理局の張紅榛(チャン・ホンチェン)氏および張洪康(チャン・ホンカン)氏 、雲南師範大学の角媛梅(ジィアオ・ユアンメイ)博士 、雲南省社会科学院の王清華(ワン・チンホア)教授 、そして現地の担当機関の方々、農家の方々に、様々な知識と情報をお教えいただいたことに対して、また滞在中のお心遣いに対して、筆者から感謝の意を表します。

翻訳:山根麻子

Creative Commons License
ハニ族が守る生物多様性 by 梁 洛輝 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

国連大学サステナビリティ平和研究所(UNU-ISP)の学術研究員である。1998から2002年までは前職国連大学グローバルイニシアティブ People, Land Management and Environmental Change (PLEC)にてマネージングコーディネーターを担当、スコットランドアベルディン大学にて名誉研究職、 雲南国土運営事務局にて土地利用計画委員を務めていた。彼の主な研究は農業生物多様性である。