討論会2.0:エネルギー政策への警告

地震と津波が東北・関東地方を襲ってから、ちょうど1週間が経過した。天候が悪化したため、救出活動や支援活動に支障を来している。悲しいことに、福島の原子力発電所での悲惨な事故が世間の関心を支援活動から遠ざけ、事故現場の近くにいる人々はひどく不安な状況に置かれ多大な危険にさらされている。彼らの多くは避難所で見放されたような気持ちを感じているほどである。

避難者たちは力を合わせ、非常に困難な状況を乗り越えようとしている。幸いにも新たな供給ルートが開かれ、物資が行き届き始めている。

一方、報道機関やインターネットは福島で何が起こっているのかについて専門家たちの意見を一斉に流し始めた。福島の事故は史上最も深刻な原発事故の1つであり、専門家たちは想定される最悪のシナリオについて言及している。彼らの多様な見解が日本に住む多くの人々を混乱と恐怖に陥れており、東京周辺やその他の地域に住む外国人、そして編集部の私たちも同じ状況にある。

今は細かい分析や原因究明を行う時ではない。今回の災害をめぐる出来事を検証し、そこから学ぶための時間は、今後たっぷりあるだろう。

しかし、被災地から遠く離れた場所にいて災害を免れた人々には今回の出来事についてご一考いただき、意見をお寄せいただきたい。原子力発電所の事故をめぐる日本での出来事は、エネルギーに関するあなたの考え方やエネルギーと生活の関係、未来への展望を変えただろうか?

未来は今

Our World 2.0の読者ならご記憶にあると思うが、私たちは偶然にも1カ月ほど前、原子力エネルギーに関する記事を掲載した。コメントを寄せてくれたのは5人だけで、その反応の少なさに私たちは正直なところがっかりしたのだが、コメントを寄せてくれた読者の1人、Globalciti氏は次のような興味深い意見を寄せてくれた。

「今どれほど切実にエネルギーを必要だとしても、私たちは将来になって原子力エネルギーへ投資したことを悔やむ気がする。ウランが土壌から発掘された瞬間から、それが廃棄物となって再び地中深くに埋めざるを得なくなるまで、その過程のすべてが危険を及ぼす可能性をはらんでいるように思えるのだ」

Globalciti氏は、自身が語った将来がこれほど早くやって来るとは思ってもいなかったはずだ。その一方、私たちは多くの国々で原子力ルネサンス(原子力発電の見直し)が起こりつつあることも報告した。原子力発電は気候変動の要因にはならないため、温暖化ガスの排出量を抑えるエネルギー源の1つとして(良くも悪くも)考えられているのだ。

津波が日本を襲い、その結果、原発事故が起こってからちょうど1週間後の今日の印象としては、以前よりも多くの人々が原子力発電のメリットについて明確な意見を持つようになったようだ。しかし特定のエネルギー源について論じる場合、ある電力源に対抗する別の電力源の利権が絡み、バイアスのかかった議論になることが多い。あなたが原子力産業に従事していたり、関係があったりすれば、原子力以外の選択肢に対して心を閉じる傾向がある。同様に、あなたが再生可能エネルギーの熱心な推進派なら、他の選択肢をよりよい解決法だとは考えにくいものだ。

恐らく今こそ、こうした議論に心を開いて再び参加するチャンスなのだ。化石燃料への依存はもちろんのこと、原子力発電への依存から私たちは脱却すべきだろうか。そしてそれは可能だろうか。エネルギー不足を原子力以外の方法でどの程度埋められるのか。選択肢として他に何があるのか。例えば私たちは将来的にエネルギー生産量を減らし、今より少ない電力消費でやっていけるのだろうか。東京のように、とてつもない電力量を消費するメトロポリスが今日の危機的状況で電気を節約できるなら、通常の状況下でも電力やその他の限りある資源を節約することを習慣にできるのではないか。

本記事の狙いは、エネルギーが世界でどのように扱われるべきかについて、あなたの意見を読者の皆さんと共有する機会を持つことだ。あなたがエネルギー問題の専門家でなくても気にすることはない。私たちは現時点でのあなたの気持ちと、エネルギーを消費する世界の未来について意見を聞かせていただきたい。

自然は意見を表明した。今度はあなたの番だ。

翻訳:髙碕文子

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討論会2.0:エネルギー政策への警告 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

ブレンダン・バレットは1984年からイギリス原子力発電所の環境アセスメントに従事して以来、環境分野に従事してきました。環境スペシャリスト、都市設計者でもあり、コミュニケーションや教育をはじめ環境問題の研究のため、ITを駆使しています。

博士課程を終了後、1997年から国連大学に加わり、2002年に国連大学メディアスタジオを立ち上げました。

IUCN(国際自然保護連合)教育・コミュニケーション委員会のメンバーでもあり、オーストラリア環境研究ジャーナルやサービス・リサーチ・ジャーナルの国際編集顧問委員会のメンバーとして活躍。2002年から2005年には情報社会サミットで、国連大学の中心的役割を果たしました。

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  • Goat-cheese

     はじめてコメント致します。
     私はこの記事の内容に関する専門的勉強をしていない人間ですが宜しくお願いします。

     私は人間が人間の能力の限界に挑戦するのは良いと思いますが、実際使用する際にはその中で適した能力を選ぶことが必要と考えます。その為、エネルギーについては原子力に変わるものを探す必要があると思います。何故なら、それが未だ完全に制御できない力だからであり、加えて、研究や実験の際、大きな危険と犠牲が考えられるからです。原子力は人や自然の力を超えていると私は感じます。
     しかし、今の社会(私は日本に住んでおり外国のことは詳しくないので、ここでは日本の社会)はエネルギー供給も経済の一部である為、原子力ではないエネルギーを考える、並びにエネルギー量を減らすとなれば、経済低迷の危険があります。その為、同時に資本主義を考え直す必要があるのではと感じます。その為には、民一人一人がそれについて責任を持って考え、話し合わなくてはならないと考えます。それができなければ、またどこかで福島の様な事故が繰り返される気がします。

     後、少し話が逸れますが一つだけ書かせてください。
     >今は細かい分析や原因究明を行う時ではない
    とありますが、非被災者は自分の仕事をいつもの様に行わなければならないと考えます。その為、原子力関係も研究者はすぐさま分析、原因究明を行うべきです。問題はむしろ、それに偏った報道をするマスコミとマスコミに得るべき幅広い情報を要求しない大衆にあると考えます。

  • 渡部健司

    Goat-cheeseさん、貴重なコメントをありがとうございました。

    「今の社会はエネルギー供給も経済の一部である為、原子力ではないエネルギーを考える、並びにエネルギー量を減らすとなれば、経済低迷の危険があります。その為、同時に資本主義を考え直す必要があるのではと感じます。」とされたご意見に関しまして、私見を述べさせていただきたく思います。

    エネルギー供給量を減らすことが、経済成長に影響を与えると考えるのは、現在の日本社会において否定できない事実であると考えます。ここで、資本主義の再考の必要性が生じるとありますが、その一つの可能性として;現在の日本経済を、エネルギー需要の高い製造業中心の経済社会から、比較的エネルギー需要の少ないサービス業中心の社会へ移行させることが、今後エネルギー供給量が低減した社会に対応するための方向性であると考えることができるかもしれません。

    しかし、現在の日本社会において製造業からサービス業中心の社会への移行は、日本の主要産業への影響が小さくありません。さらに今後も技術立国として政策を推し進めていくためには、エネルギー需要の高い大量消費、大量生産の経済システムが、技術革新や経済成長にも有効であるため、経済産業界から今までの政策に基づいた資本主義経済を見直すことは困難であると考えられます。

    今何が必要なのか、ご意見にもあります通り、「国民一人一人がそれについて責任を持って考え、話し合わなくてはならない」のだと私も思います。今後本当に必要であるものを十分に見極め、その需要を満たすかたちで、持続的成長を期待できる経済社会を模索していくことがますます重要となると考えています。

    資本主義の再考とは、今何が必要なのかを問い続けることなのかもしれません。

  • Goat-cheese

     私が漠然としか捉えられていなかった資本主義の見直しに関して、渡部さんが一つの形を与えてくれたことで色々考えやすくなりました。どうもありがとうございます。考察の視野が広がりそうです。

     「国民一人一人がそれについて責任を持って考え、話し合わなくてはならない」、それができる人を増やす活動を私はしていきたいと考えています。経済の専門家でもエネルギーの専門家でもない私や多くの人達ができることは、専門家達が出した意見を自ら欲し、分析し、それに対する客観的意見を表明することです。