日本の伝統的農業システムへの高い評価

気候変動、生物多様性の損失、食料安全保障等の環境問題は、今日、地球規模レベルでの喫緊の課題である。一方、環境に配慮した持続可能な社会の実現が世界各地で広く求められている。そうした中、これまで見過ごされがちだった地域資源としての伝統的農業や文化・慣習、地域社会の取り組み等の中には、持続可能な社会の実現に向けた様々なヒントや教訓が見出される。

世界農業遺産(正式名称はGlobally Important Agricultural Heritage Systems: GIAHS [ジアス])は、グローバル化の影響によって衰退しつつある伝統的な農業、文化、土地景観などを保全し、その持続的な活用を図ることを目的とした、国連食糧農業機関(FAO、本部ローマ)のイニシアティブである。

GIAHSは、2002年に地球環境ファシリティ(GEF)のプロジェクトとして開始したため、認定サイトはこれまで途上国に限定されていた。2010年末までに、フィリピン・イフガオの棚田、中国ハニ族の棚田(Our World 2.0でも以前に取り上げている)、ペルー・アンデス山脈の農業など8か所のGIAHSパイロットシステムが認定された。

GIAHSは、次世代に継承すべき特徴的な農法や生物多様性、農業景観の保全活用を図る地域の取り組みを、FAOが認定する仕組みである。現在も営まれている伝統的農法や土地利用に加え、地域独自の生態系や土地景観、伝統文化、慣習など、農業を営む上で重要かつ不可欠な諸要素まで含め、一定の「システム」として捉えられている。

GIAHS認定に向けて

里山は、二次林、植林地、草地、耕作地、ため池、水路など、陸域・水域のモザイク状の社会生態学的生産ランドスケープの生態系である。里山では、人の手で管理しながら農産物や林産物の生産、持続的な生物資源の保全利用が行われてきた。

途上国対象に始まったGIAHSだが、何世紀にもわたり人々の生活にとって大切な生態系サービスを提供してきた日本の里山が、持続可能な農業システムの実践例として、また先進国のGIAHS候補として注目され、日本においても里山のGIAHS認定を実現する機運が高まってきた。こうした背景の下、国際生物多様性年の2010年、日本が議長国を務め、名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催された。COP10では里山イニシアティブが採択され、生物多様性の持続可能な利用に関し「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」が発足するなど、国際的に里山の認知度が高まる好機となった。

国連大学は、世界各地における農業多様性に関する研究活動を通じて長年、GIAHS候補サイトの発掘や政府、大学等とのコーディネーションなどGIAHSの推進に協力してきた。こうした研究経験及びFAOとのネットワークを基に、日本の里山のGIAHS認定を目指した支援が2009年、本格的に開始された。以来、農林水産省北陸農政局等と連携して、佐渡と能登の地域主体の取り組みについて調査・情報収集を行い、申請の準備を進めてきた。

2010年12月、佐渡のブランド米「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」に象徴される『トキと共生する佐渡の里山』が佐渡市より、ユネスコ無形文化遺産「あえのこと」など1300年以上続く伝統的な農村文化を育んできた『能登の里山・里海』が能登地域GIAHS推進協議会より、それぞれFAOのGIAHS事務局に申請された。そして、2011年6月11日、北京で開催されたGIAHS国際フォーラムにおいて、佐渡の里山と能登の里山・里海がGIAHSに正式に認定された。こうして佐渡と能登は、日本のみならず先進国で初めてのGIAHS認定サイトとなった。

トキと共生する佐渡の農業

佐渡は、新潟から約60キロ北に位置する日本海の離島である。佐渡に広がる里地里山では、豊かな農業・生物多様性が発展してきた。弥生時代から1700年の歴史を有する佐渡の米作りをはじめ、田畑では米、豆、野菜類、そば、果物、家畜が生産され、森では野草、きのこ類が収穫されている。また変化に富んだ地形や海岸線によって生み出された景観及び豊富な海洋資源を島の人々は享受してきた。

 トキ 写真: ©佐渡市

トキ 写真: ©佐渡市

“佐渡では、トキは自然再生のシンボル的存在である。島全体をあげてトキの採餌環境の再生と保全を図り、トキに餌生物を安定的に供給すべく環境再生に資する農業を推進してきた。”

佐渡のGIAHS認定理由は、この島の多様なランドスケープと、何世紀もわたり様々な農産物の生産維持を支えてきた地域共同体の取り組みである。農業だけでなく、農神事として受け継がれてきた能に代表される伝統芸能や文化を育んできた集落単位の活動も、こうした地域の取り組みに含まれている。

佐渡金銀山の歴史をひも解くと、金の採掘が盛んだった江戸時代(1603年~1868年)には食料の需要が増え、丘陵斜面を利用して棚田が開発された。視覚的に美しい棚田は、トキ(学名「ニッポニア・ニッポン」)の格好の餌場にもなった。トキは日本では文化的に貴重な鳥であり、水田を主たる餌場としている。トキと共生した棚田の農業という背景も手伝って、佐渡では近年までトキがある程度は生息していた。

しかし、かつて1934年には100羽程度生息していたと推定される佐渡のトキも、減少の一途をたどり、1981年にはわずか5羽になっていた。その間、1934年に天然記念物、1952年に特別天然記念物、また1960年には国際鳥類保護会議で国際保護鳥に、それぞれ指定されている。現在、佐渡では環境省と協力してトキ飼育プログラムが行われている。佐渡トキ保護センターでは、1000羽以上のトキが生息する中国の協力を得て、現在まで139羽を飼育、2008年から2011年の間に60羽が放鳥されている(2011年6月現在)。

佐渡では、トキは自然再生のシンボル的存在である。島全体をあげてトキの採餌環境の再生と保全を図り、トキに餌生物を安定的に供給すべく環境再生に資する農業を推進してきた。トキの餌場となり得る水田の生物を育む「生きものを育む農法」、低農薬の米作り、エコファーマーの認定などはいずれも、佐渡独自の生きもとの共生を目指した取り組みである。今や、「トキと共生する農法」を付加価値として開発された佐渡特産の米「朱鷺と暮らす郷づくり米」は、佐渡の低農薬による持続可能な農法の代名詞にもなっている。

このような環境保全とトキの野生復帰を目指しつつ、生きものとの共生をはかる農法の取り組みも、GIAHS認定の評価対象となった。GIAHS認定に貢献したこの「佐渡モデル」は、農業・生物多様性の保全システムとトキと共生する農法システムを統合したもので、今後は日本の各地、そして海外に向けて効果的に発信、適用されていくことが期待される。

能登の里山・里海

能登は弥生時代以来、2100年におよぶ豊かな歴史と文化を誇る。考古学的調査によると1300年以上前の奈良時代には、既に農業システムが確立していたと推測される。能登の特徴は里山・里海である。里海は里山の海洋版ともいえ、里海岸、岩礁海岸、干潟、海草・アマモ場などが見られる海洋・沿岸生態系を指す。

Noto traditional sea salt making. Photo by Shimako Takahashi.

能登の伝統的な塩作り。写真:写真: 高橋志麻子

今日、能登では、昔からのアニミズムや封建時代から世襲された資源の利用権や慣習と、西洋的思想に影響を受けた現代的な法や規則の両方が共存しており、どちらも能登の自然資源の利用権と慣習の捉え方に影響を与えている。以前Our World 2.0で取り上げた海女も、その好例である。

能登の揚げ浜製塩法は、約400年前から存続する伝統的塩づくり方式である。能登の塩づくりは鎌倉時代に始まり、江戸時代に加賀藩に奨励され能登全域に広がった。塩田が発達した背景には、塩が加賀藩の重要な財源であったことが挙げられる。また、能登半島が日本海に突出した地形であることと、付近に大きな河川がないため海水の塩分濃度が高いこと、さらに製塩用の燃料(塩木)が入手しやすい等の理由もある。とくに揚げ浜製塩法では、塩の結晶をつくる最後の段階として塩釜で焚く際に「塩木」(しおぎ)と呼ぶ燃料が不可欠で、この塩木は海岸近くの森林から採取されてきた。このように、里山と里海が相まって能登の経済、生活、文化を支えてきた能登の歴史が窺える。なお、GIAHS認定の評価対象にもなった揚げ浜製塩法は、2008年に国の重要無形民俗文化財に指定されている。

能登は、日本固有の神道と仏教の伝統に基づいた様々な慣習でも知られている。たとえば、海の生き物や沿岸の人々の生活の無事を祈る種まきや収穫の祭りなどだ。また、能登特有の農耕儀礼「奥能登あえのこと」は既にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載されている。このように国内外の評価を受けた経験と歴史があったからこそ、能登の4市4町(珠洲市、輪島市、七尾市、羽咋市、能登町、穴水町、志賀町、中能登町)はGIAHS申請に向けて堅く結束したのであろう。

農業セクターを越えた協力

持続的な農業生産システムや農業を支えてきた伝統など文化的側面の重要性が再発見、認識されることで、伝統知識と文化的慣習等の地域資源が再評価されるようになった。

過疎・高齢化や地方経済の衰退等もまた、日本の農村地域が共通して抱える課題であり、そのまま佐渡と能登の直面する現実でもある。かかる日本の農村地域の経済を活性化させるには、里山の管理のほか、ランドスケープ、農業生態系に関する伝統知識を最大限に活用し、より多くの人々や組織の参画を促すためのより良いコベネフィット(相乗便益)スキームに向けた動きが必要になる。そのためには、セクター間や一セクターの枠を越えた協力が効果的であろう。例えば、グリーンツーリズムを組み合わせた新たな農業といった、農業以外のセクターと協力した形での収入創出など、GIAHS認定を機にもたらされる様々な機会や相乗効果に大きな期待が寄せられている。

Sado original Ibis brand rice. Photo by Shimako Takahashi.

佐渡特産のトキの名を冠した米 写真: 高橋志麻子

“「トキと共生する農法」を付加価値として開発された佐渡特産の米「朱鷺と暮らす郷づくり米」は、佐渡の低農薬による持続可能な農法の代名詞にもなっている。”

今後、日本のGIAHSパイオニアとして、佐渡と能登の取り組みがモデル事例として他の地域の活性化に資するよう、両地域が情報や事例の発信源となることが見込まれる。また、GIAHSブランド化により、観光業に加え他の農村や地域でも適用できるような農業、水産業の枠を超えた新たなビジネスモデルの展開へ向けた意欲的な取り組みが想定される。佐渡や能登をはじめ日本の伝統的農業システムの国際的な認知度が一層高まり、経済効果や村おこしの活路が見出されるなど様々な可能性が考えられる。

さらに、GIAHSの姉妹サイトとして、ともに日本海に面する佐渡と能登には「トキ」という共通項がある。佐渡はトキをシンボルに「生きものを育む農法」を実践してきたが、能登にもトキの生息環境の再生に向けた強い期待と構想がみられる。農業、歴史、伝統、文化など昔からその土地にあり続けた地域資源の最大限の利用を図る動きは、持続可能な社会へ向けた確かな一歩とみることができる。今後、両地域の活性化に向けてこのGIAHS認定を入口とし、日本の他サイトとの協力及び世界各地のGIAHS認定地との交流等が推進され、長期的には様々な取り組みの実施と成果が期待されている。

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謝辞

日本初のGIAHS 認定の実現のためにご尽力いただいたすべての関係者の皆様に、この場を借りて心から謝意を表します。特に、高野宏一郎佐渡市長、能登地域GIAHS推進協議会(珠洲市、輪島市、七尾市、羽咋市、能登町、穴水町、志賀町、中能登町で構成)長の武元文平七尾市長、北陸農政局の角田豊局長、中河原正英氏はじめ北陸農政局の職員の皆様、並びに農林水産省の永田明氏には、力強いご支援とご協力をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。

Creative Commons License
日本の伝統的農業システムへの高い評価 by 梁 洛輝, あん・まくどなるど and 高橋 志麻子 is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

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著者

国連大学サステナビリティ平和研究所(UNU-ISP)の学術研究員である。1998から2002年までは前職国連大学グローバルイニシアティブ People, Land Management and Environmental Change (PLEC)にてマネージングコーディネーターを担当、スコットランドアベルディン大学にて名誉研究職、 雲南国土運営事務局にて土地利用計画委員を務めていた。彼の主な研究は農業生物多様性である。

国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長。1980年代後半から日本の農山漁村のフィールド調査に携わる。

現在、国際協力機構(JICA)本部に勤務。2004年~2011年、国連大学で農業多様性研究プロジェクト、GIAHS イニシアティブ(インド、日本)、気候・生態系変動適応研究大学ネットワーク(UN-CECAR)に注力してきた。国立遺伝学研究所、国連開発計画ベトナム事務所、国連食糧農業機関を経て、国連大学サステナビリティと平和研究所(UNU-ISP)の客員研究員。

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