1立方フィートの生物世界

地を這うもの、空を飛ぶ虫たち、小さなミミズやボウフラ、微小な寄生生物や線虫、ダニにササラダニ、さらには飛び回り、這い回り、足元で脈打つその他の無数の生き物たちよ、汝ら永遠なれ。これまで科学が彼らを顧みることはほとんどなかったが、生物学者たちは今、これらの生き物たち(そのほとんどは科学的に名称がついている)こそが、脈動する生物圏の心臓部を形成しており、すべての生き物の運命は、壊れやすい彼らの世界がどれほど安定し健全であるかにかかっている、と考えている。

写真家のデビッド・リトシュワガー氏のおかげで、高い雲霧林の林冠や、公園にいる私たちの足元、河川の沈殿物の中に、あるいは珊瑚礁の表面に住んでいるものの実際の姿が少しばかり見えてきた。リトシュワガー氏は、本来は肖像写真家であるが、1立方フィート(体積28.3リットルの立方体、1フィートは30.48cm)の金属のフレームを、生き物の生息地に設置し、一昼夜の間にそこを通って行った生物を記録するというアイデアを思い付いた。彼はこうやって、肉眼で見える生物の肖像写真を撮影した。

その結果、ごくありふれた場所で見つかったものさえ、実に驚異的だった。金属フレームをテネシー州のダック川に沈めたところ、1日で32種類の魚とその他100種類近くの生物を記録することができたのだ。「底の沈殿物を2、3度手でつかみだしてみると、川の重要性が分かってきます。手の中にあるものの半分は砂や小石ですが、残りの半分はイガイ、マキガイ、ザリガニの幼生、カワゲラやトンボの幼虫といった、生きている様々な種なのです。この地球の生命の原動力は実はとても小さなものなのに、私たちのほとんどはその複雑さが分かっていないということかもしれませんね」と、写真に文章を添えた、作家のアラン・ハフマン氏はコメントしている。

この立方体をコスタリカの熱帯雨林にある1本の木の枝からつりさげた時にも、まったく未知の世界が見つかった。ここでは鳥類、哺乳類、蘚類、アナナス類、気中植物など、145の種が記録されたのだ。

「ここは生物の最後の辺境で、いわば熱帯雨林という素晴らしいジグソーパズルを完成するために欠けていた最後のピースといえます。林冠に住む生物の集団がどのように確立され、増加し、他の場所へ拡散していったのかは今なおまったくわかっていません」と、林冠研究者であるナリニ・ナドカルニ氏は語る。

この1立方フィートの金属フレームを、太平洋のタヒチ近くのテマエ珊瑚礁の上にも沈めてみた。ここでは、1ミリメートルより大きい動植物が600個体(この場所に永住しているものもあれば、泳いだり浮遊したりして通り過ぎていくものもある)記録された。

「しかもこの数字には、毎時間、何千と浮遊していくもっと小さな生物は入っていないのです。このページの字ほどの大きさしかないベラ、ウミウシ、タコの子、小エビ、蠕虫、カニなど、すべてが記録されました」と、作家のエリザベス・コルバート氏は報告している。

南アフリカ環境観察ネットワークの研究者であるジャスパー・スリングビーは、南アフリカのテーブルマウンテン国立公園で、金属フレームの中に入った生物を記録した。「山中のフィンボスに設置した1立方フィートの金属フレームの中で、24時間の間に私たちが採取したものは、約30種類の植物とおよそ70種類の無脊椎動物だった。しかしフレームを固定していたので、フィンボスの多様性の最も驚異的といえる部分、すなわち、それが場所によって大きく変化する点をとらえることはできなかった。このフレームを10フィート先へ持って行って、そこで動植物を採取してみると、先の場所とはまったく違うものが半分ほども入っている。フレームをもっと山の上へ持っていけば、これらの種はひとつも見つからないかもしれない。そこには、今回見つけた最も小さなダニより数倍も小さい種が無数に生息している。この場所の1立方フィートの中に、どれほど多様な生物が生きているかを、ただ記録することさえ、一生かかってもできないだろう。ここはわずか1立方インチさえ、注意深く観察する価値のある世界なのだ」と、スリングビー氏は書いている。

生物多様性の科学的研究は、徐々にではあるが進展している。それは、米国の偉大な生物学者、E.O・ウィルソンのおかげでもある。ウィルソン博士はアリの研究とは別に、生命の相互関係メカニズムを非常にわかりやすく伝えた。「あなたが土壌にシャベルを突っ込んだり、珊瑚のかけらを切り取ったりするのは、神が、ひとつの世界をぱっくり切り開くのと同じことだ。あなたはごくわずかの人しか知らない、隠されていたフロンティアを目の当たりにしているのだ。地球の表面で最も未踏の部分が、あなたのすぐそばの手元にも足元にもある。それは人間が生存するうえで、地球上で最も重要な場所でもある」と、ウィルソンは序文で書いている。

「地上、林冠、あるいは水中のどんな生息地でも、まず目を引くのは鳥類、哺乳類、魚類、蝶などの大きな動物だ。しかしやがて、それより小さく、はるかに多数の居住者たちが目に入ってくるようになり、大動物は影が薄くなってしまう。雑草の間には無数の虫たちが這いまわり、飛び回り、植物を植えるために庭の土を掘り返すと、ミミズや名前もわからない生き物たちが、身を隠そうとしてのたうち、逃げ回る」

ウィルソン博士は自然の豊かさを示す最も良い例として、菌類を挙げている。「これまでに、キノコ、サビ菌、カビなどを含め、約6万種の菌類が発見され、研究されている。しかし専門家は、地球上には150万種以上の菌類が存在すると見ている。菌類とともに土中に繁殖しているのは、世界で最も数の多い動物、すなわち線虫である。回虫という名でも知られている。何万種類もの回虫が知られているが、実際には何百万種類もいる可能性がある。だが、菌類も回虫も、それよりさらに小さな微生物にはとうていかなわない。重さ約1グラムのひとつまみの庭土の中には、数千種類もの細菌が数百万も住み着いている。そのほとんどは科学的にも未知のものばかりなのだ」

「地表レベルの生命体は、ただ様々な種が秩序なく寄り集まったもの、菌類、細菌、ミミズ、アリ、その他いろいろな生き物が散在しているだけ、というようなものではない。それぞれの種の集団は、地中の深さによって厳密な層に分かれている。地表のすぐ上のところから地中深く行くにつれ、微細な環境変化の条件は徐々に、しかし劇的に変化する。1インチごとに、明るさや温度、空洞の大きさ、空気や土壌や水の化学的性質、手に入る食物の種類、微生物の種などが変わっていく。これらの特性を顕微鏡レベルで組み合わせたものが、地表の生態系を決定づける。それぞれの種は、ほかならぬその場所で最もよく生存し繁殖できるように特殊化しているのだ」

「こんな気持ち悪い連中やそれらが住む微小な世界は、人間の問題とは何の関係もないように思えるかもしれない。しかし科学者たちによって、実はその反対であることが明らかになっている。このような土壌の鉱物粒子の周りを浮遊し住み着いている細菌や、その他の目に見えない微生物とともに、地中の生物はこの地球の心臓部をなしている。彼らが生息している土地はたんに土と石でできた塊ではない。彼らの住む土地全体が生きているのだ。様々な生き物たちが、不活性粒子の周りを浮遊するほとんどすべての物質を生み出しているのである」

写真は生命の豊かさと複雑さを見事にとらえているが、そこには悲劇も語られている。リトシュワガー氏の写真は、生命の美しさ、不可思議さ、優雅さ、そしてこの世のものとも思えぬ素晴らしさを記録しているが、これらの生息地は、6度目の大量絶滅期と言われる今の時代に急速に消失しつつあると、本書のほとんどすべての解説者が指摘しているのだ。

専門家の証言は身がすくむほど恐ろしい。「コスタリカの保護林で林冠の生物の数を測定しているときでさえ、チェーンソーの音が聞こえた。カメルーンからコスタリカまでの地域では、伐採された木材の搬出、開発、気候変動、農地利用の変化などにより、熱帯雨林の消失と崩壊が驚くべき速度で進んでいる。われわれ林冠研究者は、樹上観察所を持っているが、いずれも伐区域がすぐそばに見える」と、ナドカルニ氏は書いている。

「(気候変動を起こす)二酸化炭素の排出削減について何の対策も講じなければ、今世紀半ばまでに、世界中のサンゴ礁がこれ以上持ちこたえられなくなり、徐々に消失していくでしょう。それとともに、サンゴ礁が支えていた多くの生き物たちも死滅するでしょう。この1立方フィートのフレームに入った生き物が証明したように、食物連鎖の上下方向における損失は計り知れないものがあります」とコルバート氏は述べている。

地球は、生物圏があることが知られている唯一の惑星だ、とウィルソン博士は言う。「私たちが生き続けるために必要とする完全な環境を維持できるのは地球だけです。もし、1立方フィートのどれか1つでも、その中のすべての生命体が消失するようなことになれば、その中の環境はまったく違う状態に変わってしまいます。土壌や川床の分子がもっと小さく単純なものになるでしょう。大気中の酸素、二酸化炭素、その他の気体の割合も変わります。新たな均衡状態になろうとするため、その立方体の空間は、どこか遠い不毛の惑星と同じようなものになってしまうでしょう」

小さな世界への探求が待ち望まれている、とリトシュワガー氏は言う。「人間の管理下にあるこの素晴らしい微細な生態系を、やがては十分に理解できるようになるでしょう」。もちろん、それを手遅れになるまで放置しなければの話だが。

写真家のデビッド・リトシュワガー氏の 「A World in One Cubic Foot(1立方フィートの世界)」の写真は、ガーディアン紙のサイトからご覧ください。

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この記事は2012年11月11日日曜日、 guardian.co.ukで公表したものです。

翻訳:ユニカルインターナショナル

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著者

ジョン・ヴィダル氏は英紙「ガーディアン」の環境部門の編集者である。フランス通信社(AFP)、ノースウェールズ新聞社、カンバーランド・ニュース新聞社を経て、1995年にガーディアンに入社。「マック名誉毀損:バーガー文化体験 (1998)」の著者であり、湾岸戦争、新たなヨーロッパ、開発などをテーマとする書籍に寄稿している。