ジェームズ・コケインは、国連大学政策研究センター(UNU-CPR)の非常勤リサーチ・フェローで、現代の奴隷制に関するプログラムを担当。また、「奴隷制と人身売買に対抗する金融(Finance Against Slavery and Trafficking:FAST)」プロジェクトを行うリヒテンシュタイン・イニシアチブ事務局の代表を務める。
信頼度の高い推計によると、現代の奴隷制または強制労働の被害者は、2016年の時点で4,000万人を超えている。各国は持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット8.7で、2030年までに強制労働や現代の奴隷制、人身取引を根絶するため、実質的な対応を約束した。政府が本気でこのターゲットを達成するためには、毎日およそ9,000人を隷属状態から解放しなければいけない。しかし、現在においても、この野心的な削減のペースにどれだけ近づいているのか、そのためにどのような対応が最も効果的なのかも分かってはいない。
1年前、英国の主な奴隷制対策がどれだけの効果を上げているのかに関する報告書を発表したエイミアス・モース英国会計検査院長は、「現代の奴隷制の対策を成功させるには…政府が犯人と被害者に関する情報と知識を強固にする必要がある」と指摘している。その後、これらの情報基盤が徐々に整備される中で、この分野でのデータの収集と共有の前進を阻む具体的な課題も明らかになってきた。
最近まで、こうした人権侵害に関するデータはあまり入手できなかった。現代の奴隷制や人身取引に対する国際的懸念が高まるにつれ、その原因に関する調査や分析も進んでいる。奴隷制の影響予測の信頼度や充実度を左右する要因への理解が深まる中で、政策やプログラム、介入の適切性や精度の改善も可能になった。政策立案者にとって、これは奴隷制対策の効果と効率がともに高まることを意味するため、奴隷制対策に投資する理由を裏づけることも簡単になってきた。
ジャクリーン・ジュード=ラーセンとパブロ・ディエゴ=ロッセルによる最近の論文は、奴隷制リスクのモデル化を大きく前進させた。しかし、2人も認めているとおり、現時点におけるリスクの理解度と、既存モデルの予測能力には限りがある。年齢、ジェンダー、雇用形態、家計所得や自分の生活に関する感覚など、個人的要因が奴隷制リスクの予測因子となりかねないからだ。上記やその他の要因が実際に予測因子となるのかについての確証を高めるためには、この分野での調査がさらに必要となる。現代の奴隷制に関するデータが充実するほど、予測モデルの精度も上がるというわけだ。
しかし、信頼できるデータが得られても、その共有を阻む実質的な障害はまだある。このような調査で用いられるデータや方法の主要部分が部外秘となっている。企業は、奴隷制リスク分析の重要な財源となっているだけでなく、各国が新たな報告義務や注意義務を課す中で、調査の大きな担い手となりうる。しかし、企業の壁に阻まれた断片的なエビデンスベースによって、奴隷制リスクに対する理解が進まなくなる危険もある。そうなれば、奴隷制対策への投資の効果と効率がともに低下してしまう。これでは誰の得にもならない。
より効果の高いやり方として、共通の方法論とオープン・データを整備し、データ共有と集団学習のためのシステムに投資するというアプローチがある。つまり、科学に投資するという考え方だ。このように明らかに正しい方向に進む動きがあることは心強い。強制労働、現代奴隷制および人身取引に終止符を打つための行動喚起には、データ共有に関する大事な約束が盛り込まれている。国際労働統計家会議(ICLS)が最近になって採択した新たな調査基準は今後、強制労働の広がりに関するデータの質と比較対照性を改善することになろう。また、アライアンス8.7の基本手引きにより、各国は新たな科学的知見を迅速に活用できるようになるだろう。
とはいえ、前進のペースは遅く、このままではターゲット8.7の達成は困難だ。ICLSが新たに定めた調査基準は、良質なデータを確保できるが、それには5年から10年がかかる。しかも、このアプローチと現行の「世界推計」の基盤をなす調査方法の導入には、数百万ドルを要する。各国政府が多システム推計(MSE)など、他の技法の試験的採用を開始した理由の1つもそこにある。しかし、MSEもまた、現時点においてどのデータが入手可能かという制約を受ける。
多くがコスト高で、遅い分析プロセスであるように、奴隷制の広がりに関する推計とリスク分析についても、デジタル革新を受ける時が来ている。これにより、この分野における知識の習得が加速され、政策として具体化できる可能性がある。現代の奴隷制終結のための世界基金はすでに、調査結果の拡散を目的に、ソーシャルメディアとモバイル技術を試験的に採用し、大幅なコスト削減を見込んでいる。デルタ8.7は、奴隷制対策に向けたODA拠出額の推計に機械学習を用いているほか、この分野での取り組みをさらに進めるため、パートナーと連携し、コンピュータ科学者や機械学習専門家の結集を図る予定だ。また、ジュード=ラーセンとディエゴ=ロッセルが採用したモデル化方式は、コンピュータ分析によって一気に加速するだろう。
人びとを現代の奴隷制に陥りやすくさせる要因を明らかにし、それに対するプログラムや政策を調整することにおいて、科学的に大きく前進しようとしている。一方で、このような前進を実現するために必要な方法論や技法については、さらなる議論が必要である。しかし、こうした議論は、最終的に共通の方法論を確立し、データ共有への信頼度を上げ、現代の奴隷制のリスクに関するエビデンスを明らかにするためのデジタル・ツールの活用を裏づけるものとなる。そのため、この議論の促進は欠かせない。ターゲット8.7の達成には、奴隷制対策における科学面の重視、また横断的思考やデジタル思考の積極的な展開が必要だ。
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この記事は始めに、Thomson Reuters Foundation Newsに掲載されました。