オッタビア・アンプエロ・ビリャグランは、UNU-GCMジュニア・リサーチ・フェロー。バルセロナ国際研究機関(Institut Barcelona d’Estudis Internacionals)で国際安全保障修士号、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で学士号を取得。人権、移民、民間警備、紛争を中心とする研究と実務の経験がある。
国連加盟国は2018年7月を目処に、安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクトを規定する交渉を行っている。このグローバル・コンパクトは「国際移住のあらゆる側面に関する加盟国間の原則、公約および理解」を定める予定だ。いくつかある重要な議題の1つとして、移民への社会福祉サービスの提供が挙げられる。この規定が盛り込まれれば、移民であるか否かに関係なく、すべての住民に尊厳と権利、必須となるサービスへのアクセスを確保する責任は国にあるということが正式に認められることになる。また、各国の福祉機関が、法的支援、教育、医療をはじめとする重要なサービスへのアクセスを移民に提供できるようにする、移民保護メカニズムも確立される。
4月に行われた国際保健記念行事(世界保健デー、世界マラリア・デー、世界予防接種週間)は、効果的な医療を通じ、いかに移民の健康を増進できるかを客観的に考える機会となった。世界保健機関(WHO)によると、移民の健康問題は種類においても、治療の可能性においても、他の人々が抱える問題と類似している。しかし、移民が直面する移住特有の課題(貧困やストレス、紛争、断続的な移動、食餌制限、劣悪な衛生状態など)は、一定の身体的・精神的疾患の発症率を高めている。
身体の健康については議論されているものの、精神衛生についてはほとんど議論が進んでいない。避難の動機となった暴力や迫害、経済的苦境から、移動それ自体に伴う身体的な危険、さらには、長期にわたる拘置、家族やコミュニティからの別離による不安に至るまで、移動の各段階において移民の精神的負担が相対的に大きいことを考えれば、これは深刻な見落としと言える。しかも、法的地位のない移民が見えない非合法の存在となっていること自体、ストレスや不安、差別の大きな原因となっている。
この問題を後回しにすることはできず、直ちに充足せねばならないという意味で、法的地位のない難民の心のケアを、国の待ったなしの義務とみなすべきだとしています。
国連大学グローバリゼーション・文化・モビリティ研究所(UNU-GCM)による新たな調査は、移民の健康に関する国の義務を分析することにより、継続中の議論に貢献している。また、睡眠障害や不安神経症からうつ、心身症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に至るまで、移民が経験する各種の精神衛生問題も詳述している。この調査によると、こうした症状は、治療しなければそのまま持続し、数十年にわたって個人の生活の質に悪影響を及ぼし続けるおそれがある。こうした悪影響は、移民の中でも最弱者層で最も大きくなる。事実、付添人のない未成年者は、うつや不安神経症を抱え、夜尿や攻撃性、自傷行為、薬物使用、さらには自殺など、心配を要する行動を示す。
調査報告書は、この問題を後回しにすることはできず、直ちに充足せねばならないという意味で、法的地位のない難民の心のケアを、国の待ったなしの義務とみなすべきだとしている。そして各国に対し、法的か、実践的かに関わらず、心のケアに対する全障壁の除去に向けて取り組むよう、強く促している。
アサイラム・インフォメーション・データベース(Asylum Information Database)によると、この取り組みに向けた意志または能力を示しているのは、ベルギー、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、セルビア、スペインなど、一部の国にすぎない。こうした国々は、実際上の障害(言語、文化的格差、行政上の問題、情報やサービスへのアクセス欠如など)を、無策による言い訳でなく、支持できる解決策を伴う具体的問題として捉えている。例えば、ドイツの「段階的心のケア」モデルは、仲間同士とネットベースのカウンセリングを統合し、以前に行われた評価と必要性に基づき、資金を集中治療に回すことによって、資金不足などの障壁を克服できることを証明している。
各国は、その他の国々で見られる優良事例を実践するため、まずWHOが開発した包括的ツールキットを用いて、自国の医療制度が大量の難民、難民申請者および移民の流入を管理する能力を査定できる。査定後の段階で、移民の保健ニーズへの対応に関与する主なステークホルダー(地域当局、内務・保健省、非政府組織、医療従事者を含む)と話し合い、改善すべき分野を特定するとともに、達成可能な目標を設定することができる。次の段階として、分野横断的な協業を奨励し、移民への医療提供に係る包括的緊急時対応策の草案を作成するとともに、移民の変化する医療ニーズを記録に残す監視メカニズムを構築するためのワーキンググループの設置を検討できる。
各国が現時点でこの問題に取り組む場合、常に、難民への医療提供に対するその倫理的責任を、安全で秩序ある正規移住に関するグローバル・コンパクトの内容に関する交渉の中心に据え続けなければいけない。そのためには、持続可能な開発目標に配慮したうえで、各国の倫理的義務の現状について一貫して調査を行うことと、グローバル・コンパクトの影響が必ず、今世紀のグローバルな移住パターンと数十億人の生活に及ぼす影響を認識する、良心的で前向きな観点を持つことの両方が必要となる。
17の持続可能な開発目標の達成を支援するためのUNUの活動について、さらに詳しくは、こちらをご覧ください。